女神覚醒。その1(りんご視点)
「ふふっ。やっぱり、あなたもそうなのね……」
光に驚いて瞑っていた瞼の向こうで、穏やかな翠花の声がする。
おずおずと目を開くと、そこには裸体の翠花がいた。
まるで天の光の中にいるかのような純白の輝きと温もりの中、翠花の黒々とした長い髪がふわふわとそよ風を抱いてなびいている。それを見て驚くが、気づくといつの間にか、こちらもまた一糸まとわぬ裸になっている。
自分たちの他には何もない。地面さえもない、ただ広大に広がる温かな純白の世界で、りんごは咄嗟に翠花の手を掴む。この手を離せば、この真っ白な宇宙のどこかへ自分一人だけ漂っていってしまう。そう怖くなってしまったのだった。
だが、翠花はまさに全てを悟った女神のように、どこまでも優しく穏やかに微笑んでいる。りんごはその翠花に問う。
「わたしもって……何がですか?」
「そんなの、決まっているでしょう? あなたも、勇登くんを愛してしまっているのね。あなたの気持ちが、今の私には手に取るように解るの」
翠花は長い睫毛を伏せ、心を澄ますようにしながらそう囁く。
その唐突な言葉に、りんごは思わずドキリとする。だが、不思議と否定しようとは思わなかった。ごく自然に、自分自身の想いを認めるように微笑むことができた。
「はい。わたしも、勇登が好きです」
「ええ……私もよ、私もあなたに負けないくらい、彼のことが好き。でも、今はあなたに任せるわ。彼や彼のお父さんだけでなく、純さんを救ってあげて? それはきっと、あなたにしかできないことだから……」
「……はい、翠花さん」
噛み締めるように頷くと、翠花はにこりと微笑んだ。
直後、肌を締めつけるような冷たい夜気が全身を包んだ。目の前に残り続けていた白光も緩やかに収束を始め、やがてあたりには静寂に包まれた乳パラダイスの風景が戻る。
「え……?」
りんごは驚くが、それは先程の白昼夢のような光景や、唐突に戻った周囲の景色に対してではなかった。
「これって……」
りんごはギョッとしながら自らの顔の下へ目を向け、そこに現れた重く巨大な乳房、その深い谷間を見つめる。
やけに胸元が開いているが、セーラー服の形は辛うじて残しているその純白の衣、その上から『それ』を指でふにふにと突っついてみると、確かに『それ』が自分自身のモノであるらしい感触がある。
が、肉体に表れた変化はそれだけではなかった。巨大な乳房の出現よりも、さらにりんごを愕然とさせたものがあった。
「な……り、りんご? あんた、りんごなの……?」
純も同様に、何よりこれを目にして驚いたらしい。こちらへと勇んで進めていたその足を止め、りんごの背後を見るようにしながら一歩、二歩と退く。
と、バサリと重たげな音を立てて、りんごの背後で白い両翼が大きく開いた。りんごの背中に生え出ているそれは、確かにりんごの意思に従って動いている。
純だけではない、りんご自身もまた信じられぬこの光景に唖然としたが、
『りんご、落ち着いて……まずは勇登くんを』
胸に響いたその翠花の声にハッとして、自らの役目を理解し、また本能的に自分に何ができるのかを理解した。
「二人が、一つに……まさか、そんな……そんなわけがないでしょう!」
震える怒声を上げながら、純が『プリンセス・プリンセス』を鞭のようにこちらへ放つ。
しかし、それはりんごの肌に触れることさえできずに無へと消えていった。まるで太陽へ近づこうとしたヴァンパイアのように、りんごの全身から放たれている淡い白い輝きの中へ音もなく溶け消えていく。
「バ、バ、バカな……!?」
と、純がその場に尻餅をつくのを横目に見つつ、りんごは勇登の亡骸をその膝の上へと抱える。それから衣服の裾をたくし上げて豊かな乳房を出すと、勇登の口へ自らの乳首を含ませた。軽く乳房を搾ると、乳首からミルクがしみ出し、それはぽたりぽたりと勇登の口の中へと流れ落ちでいく。と、
「っ……かはっ」
咽せたように、勇登が顔をしかめながら軽く咳き込んだ。
女神――
と呟く声が、観衆の中からぽつりと起こる。と、瞬く間にその言葉は反響し合い、大きく広がり始める。
女神、女神様、女神様――
女神を崇め、女神の出現に感謝を叫ぶ声が、乳パラダイスにさざ波のように広がっていく。
だが、りんごは息を吹き返した勇登を見下ろしてただ微笑みながら、ミルクを与え続けた。
これまで感じたことのない満たされた感覚の中で、勇登の唇に自らの乳首をあてがい続け、それからもうしばしミルクを飲ませてから、その身体を勇登の母へと返す。
「こんな……こんなこと……」
純が、ぼそりと言った。その怯えるように見開いていた目をキッと鋭くし、
「こんなことは許さない! この世で一番美しいのは私! 私なのよっ!」
何を言っているのかも半ば聞き取れないような勢いでそう怒鳴り、その背後から『プリンセス・プリンセス』を噴火させるように四方へ打ち放った。
それは周囲を取り囲んでいた観衆の身体を次々と捕らえ、無理やりに『乳拝み』を行いエアパイツを出させ、さらにそれへも絡みつく。
束の間、広がっていた歓びの声は瞬く間に消え、炸裂するような悲鳴が夜空を突く。
その喧噪の中で純は腹を抱えて笑いながら、続々と新たな黒い腕をその背後から飛び出させ、まるで蜘蛛の糸に獲物を絡め取っていくように、逃げ惑う観衆を一人一人と捕らえていく。
「純、もうやめて! わたしはあなたを傷つけたくなんて――」
「黙れッ!」
まるで戦場のように、周りには倒れ伏す無数の人の姿がある。かろうじて逃げ延びた人の姿もちらほらとあるが、そのほとんどもすぐに黒い手に捕まれ、地面へと崩れ落ちる。
「これで……これで、どう?」
痙攣したように頬を引きつらせる純の背後に、数えきれぬ本数の黒い腕が現れる。それはまるで巨大な黒アゲハの羽のごとくぶわりと広がり、星の見えない夜空をさらなる漆黒へと覆い隠した。




