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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
39/61

VS須芹純。その3(りんご視点)

 いや、正しくは立っていたのだった。りんごがその見慣れた姿を目で捉えた瞬間、そこに立ち尽くしていた勇登は、ふらりと前へ倒れた。顔を守ることもせず石畳に顔を打った音が、離れたこの場所まで聞こえてきた。


「勇登っ!」

 

 頭が真っ白になった。りんごは半ば悲鳴を上げながら翠花の後を追い、石畳の上で動かなくなっている勇登の傍に屈み込む。


「嘘……」

 

 勇登の身体を仰向けにさせた翠花が、その胸に手をそっと載せながら、消え入るような声で囁いた。


 その凍りついた表情にハッとして、りんごは勇登の首筋に手を当てる。


 と、汗に濡れたその肌はまだ熱く、今負ったらしい右頬の擦り傷は生々しかったが、まるで蝋人形のように脈がない。薄目を開けたその目は空虚を見つめ、半開きの口は単なる暗い穴だった。


「あなた、まさか……」 

 

 ひょっとして自分が先ほど、吹き飛ぶ寸前に目にした輝きは、勇登の『ゴールデンボム』だったのではないか。そう気づいて、りんごは声を失う。


『俺が人生で使える『ゴールデンボム』は、この二発だけのような気がするんだ。いや、違う。おそらくこの二発を爆発させてしまえば、俺の命は……』


 勇登の言葉が、耳に蘇る。りんごは全身の汗が引いていくのを感じながら、勇登の肩を両手で揺すぶった。


「ちょっと、勇登、起きてよ! 起きてってば! ねえ!」

「勇登……」

 

 と、不意に勇登の顔に影が落ちた。その影の落ちてくるほう、勇登の頭のすぐ上に立った人物を見上げると、同じくその人物を見上げていた翠花が呆然と言う。


「副委員長……」

「副委員長? え? じゃあ、勇登のお母さん……?」


 そこに現れた人物――髪が乱れ、ストッキングも破れ、スーツも皺だらけの、まるで浮浪者のような姿をした勇登の母は、がくりとその場に崩れ落ちる。


「私がこの子を利用したから、こんなことに……。自分の地位のことばかり考えて、この子をちゃんと止めなかったから……」


 憔悴しきり、焦点も危ういその目をじっと勇登の顔へと注いでそう呟くと、震える両手でゆっくりと自らの顔を覆う。その指の間からは涙の雫が伝い落ち、微かなすすり泣きの声がその口から漏れ始める。

 

 が、その時だった。す、と微かに勇登の口から音がし、その胸が微かに膨らんだ。


「勇登!?」

 

 と、りんごはすぐさま声をかけるが、


「勇登では……ない。勇登の命は、今まさに尽きようとしている。同じく、私の命も」

 

 返ってきたのは、勇登であって勇登ではない声だった。


「もしかして、あなた……?」

「そうだ」

 

 と、勇登の唇が微かに動き、まるで腹話術の人形のごとく無生物的に、そこから少し掠れたような声が発せられる。勇登ではなく、宗良は言う。


「最早私たちに残された時間はない。だから、勇登が君たちに伝えられなかったメッセージを……残しておく」

「メッセージ?」

 

 と、翠花。勇登の父――宗良は冷静な口調ながらどこか急いで言う。


「乳聖石の像を……破壊しろ。諸悪の根源はあれといっても過言ではない。ここにいる女性たちの中には、好んであの噴水の水を口にする者がいるが……あの水には、乳聖石が宿した澱んだ意志が……ヴァイスが滲み出している可能性が高い。

 つまり、あれを飲むと、権力欲が異常に増大するなどというような、精神異常が引き起こされる危険が……」


 蝋燭の火が音もなく消えるように、声がふと途絶え、それきり勇登の唇は動かなくなった。


「ね、ねぇ……それだけじゃないでしょ!? まだ言うことはあるでしょ!? ねえ、教えて!パイモニーはどうやってやるのよ! それが解らなきゃ、何も……!」

 

 と、りんごは汗に冷たく濡れている勇登のシャツを掴むが、その胸に触れた瞬間から、最早なんの言葉も返ってきはしないことが解ってしまった。

 

 ――何もできない……。わたしには、何も……。

 

 目の前が暗くなるような喪失感、絶望感に身体を押し潰され、りんごはその重みに耐えかねて勇登の胸板に額をつける。と、先ほどからざわつきつつあった観客の声が、一際大きくなった。


「富士岡っ……富士岡勇登ぉぉっ!」

 

 と、ざわつきを吹き飛ばすような勢いで、純の怒声が乳パラダイスに響き渡る。


「無能で役立たずの男の分際で、二度もこの私の邪魔をっ……! 許さない、今度こそは絶対に許さないわよっ!」

 

 まるで波が割れるように、乳技場を囲んでいた人垣が左右へと分かれて、ステージ上から憤然とこちらを見下ろす純の姿が見える。

 

 その血走った目を見て、りんごは宗良が残した言葉を思い出す。

 

 聖像の噴水を口にすると、権力欲が異常に増大するなどという精神異常が引き起こされる危険がある。

 

 ――まさか、純、あんたもそれで……!

 

 純は元々、優しい女の子だった。人の上下関係に執着して、顔を真っ赤にさせ激怒するという人間なんかではなかった。思えば、その肉体的な変化以上に、精神的な変化のほうが凄まじいと言っても過言ではなかった。


 もしその原因が、『乳の大きさこそ全て』という乳ワールドの現実を知ったことによるものだけではなかったとしたら……。


 全てを投げ出したくなるような暗澹たる気持ちに微かな光明が差す。けれど、だからと言ってどうすればよいのか。混乱するりんごに追い打ちをかけるように、純は動揺する観衆を煽る。


「というか、もう皆さんの中にはお気づきの方もおいででしょう!? 男です、今まさに、男がこの乳パラダイスに立ち入っているのです! そしてその男をここへ招き入れたのは、ほかならぬあの二人の反逆者――新原りんごと、御山翠花なのです! 

 男などと言う汚れた生物を、女の聖域であるこの乳パラダイスへ招き入れるなど、許しようのない重罪ではありませんか! 死罪が、死罪が彼女たちには妥当なのではありませんか!?」

 

 男が、本当に? どうやって入ったの? あの二人が招き入れたって……。と、ざわめきがいっそう膨れあがる。しかし、それを純が自ら遮る。


「大丈夫、大丈夫です。安心してください、皆さん。乳安委員会の委員長であるこの私が、自らこの手で、責任を持って、乳ワールドの危険分子を排除致しましょう!」

 

 街中にまで響き渡りそうな声を轟かせて、純はステージ上から真っ直ぐにこちらへと向かって歩き出す。


「翠花さん……」

 

 どうすればいいの? と、りんごはすがるように翠花を見やる。が、涙の溢れ出る翠花の目は、ただ勇登の顔だけを見つめて動かない。


「っ!」

 

 このままじゃ、自分も翠花も殺されてしまう。りんごは自らを奮い立たせて立ち上がる。すると、


「『パイモニー』……?」

 

 と、勇登の母がか細く呟く。


「あなたたち、『女神派計画』の女神なのに、パイモニーの方法を教えてもらっていないの?」

「いえ……私たちはちゃんと教えてもらいました」

 

 翠花が震える声で答える。


「パイモニーは、絆で結ばれた者同士が、互いの乳首を合わせることで行えるものだと。しかし……どうやっても成功しないのです」

「待って」

 

 と、まるで不意に正気を取り戻したかのように、勇登の母は目を見開いて翠花を見る。


「私が、勇登とあの人にされた説明はそれだけじゃないわ。最初にパイモニーを成功させた時は、確か、『乳首を合わせるのと同時にキスをした』と聞いたような……」

「キ、キス!?」

 

 勇登と勇登のお父さんが!? と、りんごは愕然として、


「な、なんですか、それ? わたしたち、そんな話、一回も聞かされてませんよ!? 聞かされてないですよね? ね、翠花さん?」

「え、ええ、全く……」

「恥ずかしくて言えなかったのか、それとも不必要な条件だと判断したのか、それは私にもよく解らないけれど……」

 

 勇登の母は、どこか自分が責められているような表情で目を伏せる。しかし、勇登の母に罪などない。悪いのは全て、


「ちょっと、勇登っ! あんた、こんな大切なことを恥ずかしいからって……! このバカ! 大事なことはちゃんと全部言いなさいよっ!」

 

 思わず頭に来て、その母親の面前で勇登の胸ぐらを掴んでしまうが、翠花がそんなりんごの手を押さえる。


「落ち着いて、りんご! とにかく今は時間がないわ! もう一度、試しましょう、パイモニーを!」

「は、はい!」

 

 純は、既に柵を越えてこちらと向かってきている。その背後には『プリンセス・プリンセス』の黒い腕を立ち上らせて、もう間もなくこちらを皆殺しにできる喜びに打ち震えているような狂暴な笑みをその顔に浮かべている。

 

 時間がない。迷っている暇などない。


 りんごはセーラー服とエアパイツ強化装置をたくし上げて自らの乳房を露わにし、翠花も同様にセーラー服をたくし上げ、それから大きなブラジャーを上へとずらしてその巨大な乳房を晒す。


「りんご」

「翠花さん……」

 

 目を見つめ合いながら、互いにやや腕を強張らせながら腰を抱き合う。


 乳首を翠花の乳首へと恐る恐る近づけると、例のごとく放電に似た現象が早くも感じられ始める。が、自らの乳首が翠花の乳首へと触れてしまう前に、りんごはその目を瞑り――翠花に口づけをした。

 

 すると、その唇の柔らかさを感じる暇もなく、まるで磁石と磁石が引かれ合うように、乳首が翠花の乳首へと引き寄せられ始めた。


 そして、乳首の先が翠花の体温に包まれた瞬間――目の前に、真っ白な光が炸裂した。

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