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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
33/61

天罰。銀砂の星空。柔らかな温もり。その2(御山翠花視点)

「それは世界の宝だ。傷つけることは絶対に許さない」


 空耳かと思った。

 

 不意に勇登の低調な声が牢屋内に響いて、翠花は強く閉じていた目を開く。

 

 と、その瞬間、まるでしなる鞭のように放たれていた蹴りが純の側頭部を打ち抜いた。純はそのままスローモーションのように横へと倒れ、どうやら気絶したらしく目を開けたまま動かなくなる。

 

 目の前で起きたその一連の出来事を、翠花は呆然と眺めた。だが、不意に両腕をつり上げていた拘束が解かれた瞬間、ハッと傍に立っている人物を見上げる。すると、それはやはり、


「勇登くん……!」

 

 であった。


 初めて出会った時と同じく長い黒髪のカツラを被り、だがそのベージュのコートの下には学校の詰め襟制服をそのまま身につけている勇登が、まるで幻のようにそこに立っていたのだった。

 

 勇登は、どこからかくすねてきたらしい鍵で拘束具を解くとそれを投げ捨て、厳しい表情を保ったままそのコートと、その下の制服をいっぺんに脱ぎ、翠花の肩にかける。


「申し訳ありませんでした、翠花さん。僕の不注意のせいで、こんなことに」

「勇登くん……」

 

 優しく真摯な勇登の目に見つめられ、翠花の中で凍りついていた感情が急速に溶け始めた。湧き出してくる様々な感情が胸を締め、目からは涙が止めどなく溢れ出した。


「いえ、こちらこそ、ごめんなさい……。私には今、やるべきことがある。あなたが、りんごが私を必要としてくれている。私は、ここで死ぬわけにはいかない。ちゃんと帰らなくてはいけないのよね……」

「当然です。あなたがいなければ、世界は変わらない」

 

 勇登はそう言いつつ、こちらの腕を取って勇登の制服とコートを着させ、胸についてしまっていたらしいひっかき傷に顔をしかめながらコートのボタンを閉め、立ち上がる。


「さっさとこんな場所から出ましょう。ここの空気は腐っている。あなたはこんな所にいるべき人間ではない」

 

 手を掴まれ、力強く引き上げられる。しかし、どうしても足に力が入らず、その上まだ頭が重く、目眩がする。


「ご、ごめんなさい。まだ、身体が……」

「そうですか。では、僕の背中に乗ってください」


 そう言って、勇登はこちらに背を向けて屈み込む。


「でも、そんな……」

「いいえ、いいんです。それに、人に背負われることは乳にもよいのです」

「乳にもよい……?」

「はい。人に背負われて歩くと、乳を人の背中に押しつけ、解放し、という動きが繰り返されることになり、それによってヴァイスが増幅されるという研究結果が出ています。これは『π(パイ)圧効果』と呼ばれていて、女性は赤ちゃんの頃から――。

 いいえ、こんな説明は今はどうでもいいでしょう。さあ、早く背中に」

「は、はい、では……」

 

 と、翠花はその背中に覆い被さる。

 

 力の入らない両腕をどうにか勇登の両肩へ引っかけると、勇登はこちらの太ももを掴んで軽々と立ち上がった。

 

 スタスタと力強い足取りで地下牢の廊下を歩き、その突き当たりの鉄扉を少し膝を屈めながらノブを捻って開き、その先にあった細く長いコンクリートの階段を息切れもせず上っていく。

 

 が、その中ほどを少し過ぎたあたりで足を止め、


「御山さん、少し耳を塞いでいてもらえますか」

「耳を?」

 

 はい、と頷く勇登に従い、翠花は自らの両耳を押さえる。すると、勇登はやや後ろを振り返りながら翠花の右太ももを掴んでいた手を少し前へと出し、いつの間にかその手に握っていたらしい何か――金色に輝く小さな球体を薄暗い階段の下へと投げた。

 

 カン、カン、とそれは軽快な金属音を鳴らしながら最下段まで弾んで落ちると、


 ドン!

 

 と、唐突、白光を散らして炸裂した。砂埃の混じった熱い風が下からここまで巻き上げてきて、翠花はそれに目を眇めつつ驚くが、勇登はこともなげに再び階段を上り出す。


「ゆ、勇登くん? 今のは……?」

「今、彼女に再び襲撃されるわけにはいきません。彼女には度々申し訳ないですが、少しの間、地下牢に閉じ込めさせてもらいました」


 答えつつ、勇登はカツラの長い髪の毛が肌に張りつくほどの汗を首筋に滲ませながら、最後の一段を上り終える。

 

 今度は翠花が慌てて手を伸ばして、その突き当たりにあった木の扉を開けると、そこには物置らしき、埃っぽい窓のない部屋があった。その狭い部屋を横切った先にあった鉄扉を続けざまに開けると、突然、目の覚めるような清澄な風が頬を撫でた。


 パッと視界の開けた驚きに上を見ると、そこには突き抜けるように澄んだ、銀砂を散りばめたような星空が一面に広がっている。


「綺麗……」

 

 思わず、口からそんな言葉が漏れた。

 

 ここが乳キャッスルの裏手、外灯の一つもない場所であるせいか、空一面に散らばった星々はいつになくキラキラと鮮明に輝いている。吸い込むと鼻の奥が痛くなるほどの冷気の中で、歌い踊るように白く瞬いている。


 まるで十数年ぶりに星空を見上げたような感動さえ覚えながら、翠花は自分の吐く白い吐息越しにその満天の星空を見上げたが、勇登はただ黙々と俯きがちに歩き続ける。乳キャッスルの手前へと回り、その玄関正面にある階段を少し窮屈そうに降りていく。

 

 すると、その階段の下に、一人の警備員が立っているのが見えた。


 まさか自分たちを捕らえようとしているのでは? 翠花はそう恐れたが、勇登が階段を下り終えると、その警備員は何を言うでもなく勇登を先導するように歩き始めた。


 今日は特に冷え込んでいるためか、乳パラダイス内には全くひと気がない。背後の乳キャッスルには煌々と明かりが灯されているが、それ以外はまるで深夜のようにひっそりとした景色が広がっている。

 

 そんな中を、勇登はまるで肺を震わすように荒い呼吸をしながら、警備員の後について歩いて行く。

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