黄金色の陽射しの中で。(須芹純視点)
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白目を剥いて、女は膝から崩れ落ちる。
純は掴んでいたその女の襟から手を放し、ヴァイスを吸えば吸うほど数が増え、さらにその色合いも濃くなっている気のする、自らの背後から生え出ている無数の黒い手を見上げる。
――もっと……もっと、私は美しくなれる。
美しい黒炎のような自らのエアパイツ、『プリンセス・プリンセス』と名づけた自らのエアパイツを、そっと自らの頬へと引き寄せて愛撫する。その手の甲に陶然と口づけをしながら、『ゴミ』を踏みつけ蹴飛ばして窓脇へと向かえば、視界には乳パラダイスのほぼ全景が広がっている。
午後の三時頃にもなると、秋の陽は早くも傾き始める。女性の乳房を模して左右に噴水が置かれたシンメトリーの庭園は、黄金色の陽射しに満遍なく照らされて、まるで天国のように美しい。ここが自分の庭なのだと思うと、それだけで身の震えるような感動が込み上げてくる。
「し、失礼します、委員長」
扉をノックする音が聞こえてから、微かに震えた声が後ろから聞こえる。純は肩越しに背後を振り向き、先ほど呼びつけておいたその人物――自らが通う高校の教師である鈴谷恵を見やる。
「な、なんのご用でしょうか、委員長……」
鈴谷は縁なし眼鏡の奥の瞳を情けないほどに泳がせながら、床で重なるように倒れている女たち――ヴァイスを吸い尽くした『ゴミ』を見回して、まるでドアへ抱きつくようにそのノブを強く握り締める。
そんな鈴谷に、純はにこりと柔らかく微笑んで見せる。
「安心しなさい。私は別に、あなたのヴァイスを吸うためにあなたをここへ呼びつけたわけじゃないのよ。あなたに、一つお願いがあるの」
「お、お願い?」
普段は知的な雰囲気を醸し出している眼鏡を軽くずり落としながら、鈴谷は繰り返す。ええ、と純は微笑を浮かべつつ頷き、厳然と言い下す。
「御山翠花を拉致して、地下牢へ入れなさい」
「え? み、御山さんを、ですか……? 私が……?」
御山は強力なエアパイツを所持していることは周知の事実である。エアパイツも持たない自分がどうやって? という困惑の表情が鈴谷の顔にはありありと浮かぶが、純は執務机の革張りの椅子に腰を埋めつつ頷く。
「そうです。確かに、あなた程度の人間では、まともに戦えば彼女には敵わないでしょう。しかし、あなたは教師でしょう? だから、きっと彼女もあなたには油断すると思うのです」
「で、ですが、私は彼女の学校の教師ではありませんし……」
「そこは色々とやりようがあるでしょう。それとも何? あなた、私の命令に従えないと言うの? それなら、そこに転がってる役立たずたちと同じように、私の栄養分になってもらっても構わないのだけど」
「い、いえ、できます! 私にお任せください!」
鈴谷は声を裏返らせながら張り上げて、まるで新人警察官のように綺麗なお辞儀をして部屋を出て行った。その、過剰なほど怯えた様子に思わずおかしみを感じてしまいながら、純は椅子から立ち上がって窓の前に立つ。
『女神派計画』
母のヴァイスと意志を吸った時、おそらくは母の記憶だろうが、どこからともなくこの言葉が思い浮かんだ。母はどうやら、これについて微かな恐怖さえ抱いていたらしい。この言葉を思い浮かべると、少しの不安と共に、富士岡勇登、新原りんご、御山翠花の三人の名前が鬱陶しく頭に纏わりつく。
女神派計画が一体どのような計画であるのか、それはよく解らない。しかし、所詮は無能である男と手を組んでいる時点で計画の質はたかが知れている。深刻に悩む必要などないだろう。
ただ少し気懸かりなのは、おそらくは計画の核となる御山の存在である。あの巨大な乳から察するに、御山は相当に強力なエアパイツを有しているのだろう。
だから、事前に排除しておく必要がある。りんごとの決闘という、心が焼けただれてしまいそうなほどに待ち焦がれていた舞台を台無しにさせないために。
「決闘が楽しみね。ねぇ、りんご……?」
思わず顔がニヤけるのが止められない。
この決闘によって、やっと自分はりんごに勝利できる。衆目の前でいたぶり、辱め、誰もが自分の勝利を目にする。りんごよりも自分が美しいということを、その場にいる全員が深く認めるのだ。
――誰にも邪魔はさせない。私とりんごの決闘を……。
まるで神が微笑みかけてくれているかのように、黄金色の陽射しが自分を包んでいる。
しかし、神は自ら何もしない者には祝福を与えない。自分には、まだやるべき仕事がある。全てはりんごに勝利するため、念には念を入れなければならない。
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今日はもう一話、投稿します。




