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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
27/61

パイモニー。その1

「ここで待っていてください」


 と、二人をリビングのソファに座らせて、勇登は一人そこを出て風呂の脱衣場へと向かった。そこで服を脱ぎ、腰にバスタオルを巻き、手にもう一枚のバスタオルを持ってリビングへと戻る。


「な、なんでいきなり脱いでんのよ!」

「パイモニーの説明をするために決まっているだろう」


 がなり立てるりんごと、目をまん丸にしている翠花が座っているソファの斜め向かいにある、もう一つのソファに勇登が腰かけると、翠花が目のやり場に困っている様子でちらちらとこちらを見る。


「パイモニー、『ワンステーの上のエアパイツ』……勇登くんがそれを見せてくれるの?」

「そうです。とにかく、百聞は一見に如かずです。説明は後にして、早速、パイモニーの一端をお見せしましょう。二人とも、よそ見をせずに見ていてください」


 勇登がそう告げると、それから一瞬の間も置かないうちに、リビングを純白の光が満たす。まるで何かが爆発したように勇登の視界もまた閃光に包まれるが、それはほんの二秒ほどのことである。


 その二秒の輝きの中で、勇登は左隣の人間にバスタオルを手渡し、それを身につけさせる。りんごと翠花が身を守るように目を隠していた手を下げてこちらを見た時には既に、勇登の隣には一人の中年の男が腰にバスタオルを巻いて座っている。


「誰!?」


 りんごはビクリと翠花に抱きつくが、どうやら翠花はすぐに気がついたらしい。


「あの、どういうことかは解りませんが、ひょっとして……」


 勇登と、勇登の隣に座っている、心なしか勇登よりも腫れぼったいような目をした男の顔とを交互に見る翠花に、勇登は頷く。


「はい。これは僕の父です。ちなみに、おっぱいという意味の『チチ』ではありません。ファザーという意味の『チチ』です」

「どうも」


 と、勇登の父は両膝に細い手をつきながら、所々白い髪の混ざった頭を下げる。


「私としては、いつも勇登と共にお二人のことは見てきたのですが、こうして会うのは初めてですね。勇登の父の、宗良(むねよし)です。改めまして、どうぞよろしく」


頭を下げる宗良に、りんごと翠花も慌てたように頭を下げ返す。一人、皆の頭頂部を見回しながら勇登は言う。


「父よ、パイモニーの説明を二人に頼む」


 うむ、と宗良は何もかも心得たという顔で頷き、口を開く。


「私は乳房を専門に扱う外科医だ。そのためにだいぶ以前から、女性たちが男性たちとは別の世界――つまり乳ワールドで生きているということを知っていた。まあ、正確に言うと知らされたのだが……ところで、御山さん、君はエアパイツの起源を知っているかね」

「は、はい。確か、中世ドイツの魔女が使っていた秘技であると……」

「そうだ。しかし、その力があまりに危険であるため、ドイツ国家の、日本で言う乳安委員会にあたる組織――それよりもずっと古い組織が、それを厳重に秘密にしていたのだ。

 そんな重大な世界の秘密を、その組織へと入り込んで探し出し、日本へと帰国した後に巨乳派の時代を作り上げた女性の一人が私の妻であり、こいつの母だ」

「え? ゆ、勇登のお母さんが、エアパイツを……?」


 愕然と目を見開くりんごに対して、翠花はあくまで平然と、凛とした背筋を崩さずに頷く。


「はい、それは知っていましたが……それとパイモニーの間には、どのような関係が?」

「パイモニーは、エアパイツというそれ自体が秘技と呼ばれるものの中でもさらに秘技と呼ばれるべきもので、今これを知っているのは私と勇登、それから私の妻を含めて、世界に十人もいないだろう」


 君らを入れれば話は別だが。と、宗良はその眠たげにも鋭くも見える双眸でりんごと翠花を見て、


「しかし、私はその秘密を知った。私はおっぱいを専門に扱う医者でね。妻とドイツで知り合ったのも、まあ彼女が私のもとへ診断に訪れたのがきっかけ――」

「父よ、そんなことはどうでもいい」


 話の脱線を、勇登はすぐさま睨んで引き止める。宗良はやや不服そうに嘆息し、


「すまない。ともかく、自分で言うのもなんなのだが、わたしはおっぱいの世界的権威でね。だが、それは無論変な意味ではない。医学的な意味でだ。ちなみに、エアパイツ強化装置を開発したのも、ほかならぬ私だ」

「そ、そうなんですか!?」


 今日もそれを身につけているのかは定かでないが、その使用者であるりんごはどこか目を輝かせながら前のめりになる。宗良はどこか誇らしげに頷く。


「うむ。私は極秘情報であるエアパイツについても、妻からではなくドイツ国家から知らされ、様々な研究を行ってきた。エアパイツ強化装置は、その成果の一つとして言ってよかろう」


 早くパイモニーの話をしてくれ。という勇登の思いを冷たい視線で感じたのか、宗良は満足げな微笑を慌てたようにしまう。


「まあ、そんなわけで、私は長年行ってきたエアパイツの研究の一環として、今から十五年前、妻と共に再びドイツへと渡った。そうして開始した研究というのが――」

「パイモニー……ですか?」


 翠花が、細い喉をゴクリと鳴らしながら囁く。


「そうだ。しかし、思ったような成果は得られなかった。合同研究は失敗に終わり、今から三年前に私たちは日本へ帰国した。そして、それからすぐに……勇登に悲しい出来事が起こってしまった」

「悲しい出来事……?」


 りんごは眉を顰め、しかしすぐに何か勘づいた様子で傍らの翠花を見る。翠花もまたすぐに解ったように、沈痛な面持ちで目を伏せている。宗良は淡々と語る。


「勇登は十二歳までずっとムンヒェンの日本人学校に通っていたから、こちらの学校に通うことになって戸惑うことも多くあったようだ。だが、そんな勇登の心の支えになってくださったのが、御山さんの妹さんだったようだ」

「…………」


翠花はやや俯いたまま、その薄い唇をぎゅっと引き絞る。宗良は嘆息しながらその顔を見ていた目を伏せ、


「だが、彼女があのようなことになって……勇登は、一体何が起きたのかと混乱してしまっていた。その姿を見て……私は耐えられなかった。私は勇登に全てを話した。世界の秘密を打ち明けたのだ。妻は最後までそうすることに反対していたが、私は――」

「父よ、それは俺がエアパイツを知ったきっかけだ。パイモニーの説明を」


 勇登は半ばうんざりしながら宗良を睨むが、りんごは心なしか表情を輝かせて言う。


「でも、興味あったわ。勇登がどうして乳ワールドのことにこんなに詳しいのか、ずっと不思議だったし」

「ええ。お父様から教えていただいていたのね。私はてっきり、副委員長からだと思っていたけれど……」


 うむ、と宗良は顔をしかめながら頷き、


「勇登は、私たち両親の手によって深く傷つけられたようなものでもあったのだし……しっかりと説明をしておく責務が私にはあった。

 その思いは今でも変わりはないが、しかし世界の現実を知ってしまった以上、勇登はもう普通の男と同じようには生きられなくなってしまった。果たして、私が私の責務を果たすことが勇登にとってよいことであったのか……それは未だに解らない」

「勝手に人を憐れまないでくれ」


 と、いっこうにパイモニーの説明をしようとしないどころか余計な話ばかりをする宗良に、勇登は痺れを切らす。


「説明する気がないのなら、俺がパイモニーの説明をする。――あれは、クリスマスの日のことだった」


 クリスマス? と不思議そうな顔をするりんごに頷き、


「忘年会があったのか何かは知らないが、その日の夜、父はずいぶんと酔っ払って家に帰ってきた。そうして、全く意味が解らないのだが、俺が風呂に入っていたところに、『俺も一緒に入る』などと言って入ってきたのだ。

 だが、父は歩くことも覚束ないほど酔っ払っていて、濡れた床に足を滑らせて、俺の入っていた湯船に突っ込んできた。その瞬間だった」

「うむ。ちなみに私は、『父の乳とπ(パイ)結合』という一発ネタをやろうとしたんだ。そうしーー」

「父よ、そんな誰も理解できないギャグの説明はいらない」


 勇登は、割って入ってきた宗良を斬り捨て、ポカンと宗良を見つめている二人に咳払いしてがら言う。


「ともかく、そうしてパイモニーは起こった。いや、起こってしまったと言うべきか」

「じゃあ、何? パイモニーって、二人の身体が一つに融合してしまうことってわけ?」

「そうだ。しかし、そう単純なことではない」


信じられないと言いたげに尋ねてくるりんごに、宗良が口を開く。


「パイモニーとは、深い絆と意志の繋がりを持った者同士が、その乳首を合わせることで起こすことができる、言わば合体技だ。二人の肉体が一つになることで身体能力の向上が起こることはもちろんのこと、ヴァイスの向上という点においては計り知れないものがある。

 男である我々でもエアパイツを持つことができるほどに」

「エアパイツを……!? 勇登くん、エアパイツを持っているの!?」

「すみません。言い忘れていたでしょうか。僕はエアパイツを持っています。今はパイモニーを解いているので出すことはできませんが……」

「っていうか、『合体技』なんて、そんなのあるわけ……!」


 と、りんごがその顔に驚きの色を広げてこちらを見つめるが、勇登はその目を平然と見返す。


「今、お前もその目で見たはずだ。俺と父が確かに分離をしたのを」


 りんごと翠花は目を丸くして沈黙し、その静けさの中で宗良が説明を再開する。


「私たちは男同士で、無論、持ち合わせているヴァイスは非常に微弱だった。だから、パイモニーを起こした後でも、男にしては強いヴァイスを持っているという程度だった。しかし、君たちがこれを行えばどうなる? 

 君たちのように良質かつ豊富なヴァイスを持つ者同士がパイモニーを成功させられたならば、パイモニーによって起こされる相乗効果によって、君たちは地球に存在する全ヴァイスの総量を遥かに凌駕するそれを持つ可能性がある」

「それが、勇登の言う『女神』ってこと……?」


 微かに震える声で言うりんごに、勇登は頷く。


「そうだ。りんごと、翠花さん。二人がパイモニーを成功させることができれば、間違いなく世界は変わる。世界がまだ見たこともないエアパイツを持ち、さらには神々しいまでの美貌を備えた女神の降臨によって、乳ワールドは新たな秩序に支配される」

「で、でも、ちょっと待ってよ」


 と、りんご。


「二人はこれまでずっと、パイモニーをしてたんだよね? でも、二人は合体してたっていうより、勇登が勇登のお父さんを取り込んでるっていう感じじゃなかった?」

「これは長い訓練の成果だよ」


 宗良は腕を組んで微笑む。


「私たちは訓練によって、パイモニーの『深度』とでも言うのだろうか、その度合いをコントロールできるようになったのだ。しかし、これは簡単なことではなかったし、制御せねばならないヴァイスの量が私たちよりも段違いに多い君たちとなると、さらに難しくなるかもしれない。

 だが、それはやってみなければ解らない」

「私からも質問があります」


 と、今度は翠花が口を開く。


「私たちがパイモニーを成功させたとして、先ほどのお二人のように、ちゃんと自分たちの意志で分離はできるのでしょうか? もしも、二度と離れられなくなったら……」

「その心配はない。これまでの経験からも思うに、パイモニーとはまさに意志の統合だ。一つの意志の下に、互いの肉体とヴァイスが溶け合うものだ。よって、分離をしたいという意志を持ったならば、その瞬間にパイモニーは解除される。

 だが、それこそがパイモニーの難しさ、繊細さを表していると言えるだろう」


 宗良はただ教科書の朗読をするように淡々と言い、緊張と不安で身を硬くしている二人を交互に見て、これ以上の問いがないらしいことを確認すると、


「パイモニーの説明はこれで終わりだ。では、私は元いた場所に戻ろう。皆の足を引っ張らないためにも、私は今自由に出歩くべきではないからな」


そう言い、その身体を、乳首をこちらへと向ける。再びパイモニーをするべく、勇登のその乳首へと自らの乳首を近づけるが、それを引き止めるように翠花が口を開く。


「す、すみません。最後に一つだけ訊かせてください。どうしてお父さんは、自らの全てを捧げることまでして勇登くんに力を貸しているのですか? 

 お父さんは先ほど、パイモニーは『深い絆と意志の繋がり』によって可能だと仰いました。それはつまり、お父さんもまた、勇登くんと同じ意志を持っているということ……。なぜ、自分と直接の関係はないのに、そこまでの意志を……?」


 ふむ、と唸るような声を出してから、宗良は言った。


「君はコオイムシという虫を知っているかね」

「コオイムシ?」


 と小首を傾げるりんごに宗良は頷き、


「コオイムシとはカメムシの一種で、産卵期になると、そのメスはオスの背中に大量に卵を産みつける。すると、オスはその背中の卵が孵るまで、羽を広げて飛ぶこともできなくなる……。

 父とは憐れな存在だ、などと言いたいのではない。おそらく男という生き物は生まれつきそういう宿命にあるのではないだろうか? 私はそう思うのだ。これが、私が全てを勇登に捧げている理由だ」


 思いついたままテキトーに口にしたような答えを言って、それから宗良は勇登とのパイモニーを行った。乳首に微かな温かみが触れた直後、視界は再び白い閃光に包まれ、その光の消えた後には勇登ただ一人が残っている。

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