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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
24/61

女神の仮面。その3(りんご視点)

 広々とした浴槽に張られた赤ワインのような色の湯の中へと浸かって、りんごはゆったりと足を伸ばす。全身が溶けていくようなその心地よさに、思わず天井を仰ぎながら深く息をつく。


 湯気が立ちこめ、それがオレンジ色がかった明かりに照らされて、まるで夢の中の光景のように視界はぼんやりとしている。


――今日も色々あったな……。


 このまま眠ってしまいそうなほどに何を見るでも考えるでもなく湯に浸かっていると、突然、扉がカチャリと静かに開けられた。


「私も、一緒に入ってもいいかしら……?」

「す、翠花さん!?」


 あまりの驚きで、身を起こそうとした手が滑ってドボンと湯の中に顔まで浸かってしまってから、りんごは風呂場の中に大声を反響させる。


 風呂に入るのだから当然なのだが、まさに一糸も纏わず湯気の中に現れた翠花は、こちらの声を聞いて驚いたように目を丸くして、


「ご、ごめんなさい。イヤだった? イヤだったのなら、私は――」

「い、いえ、別にイヤなんかじゃありません! イヤなんかじゃありませんけど、でも、その……やっぱり恥ずかしいです。翠花さんの身体に比べたら、わたしのはとても情けなくて……」

「そんなことはないわ。あなたはとても美しい。だから、彼だってあなたを選んだのでしょう?」

「そう、なのかもしれませんけど……」


 それでもやはり、恥ずかしい。


 勇登が言うのだから、確かに自分は貧乳の中では美しい部類の身体をしているのかもしれない。でも、それはあくまで『貧乳の中では』であって、巨乳と比べるならまるで話が違うのだ。否、そうではない。そうではないのだった。


 色っぽく纏め上げられた漆黒の髪。それとはまるで対称的であるがゆえに輝いてさえ見える白い柔肌。病弱そうに見えるほど細く、しかし女性的な柔らかな曲線のみによって作られたその身体の輪郭。


 そして何よりも、その乳である。それはまさに二つの山そのものだ。だがどういうわけか、その重々しい山は重力を無視したように上を向きながら、翠花が少しでも動く度にぷるぷると踊るように揺れるのだった。


 この肉体が、自分と同じ性別の肉体とは思えない。暖色の湯気の中であるせいか、その肢体からはむせ返るほどに色気が漂い、見ていると思わずクラクラしてくる。


 すると翠花が、芳醇な果実のようなその肉体を腕で隠すようにしながら小さく言った。


「あ、あの……? そんなに見られたら、ちょっと恥ずかしいのだけど……」

「あ、す、すみません!」


 りんごは慌てて身体を前へ向け直し、見慣れた自分の貧しい胸を見下ろす。


「でも、本当に翠花さんは綺麗で……勇登が見惚れていたのも無理ないと思います」

「あなただって美しいわ。私にはないあなたの美しさが、私はとても好きよ」


 と、翠花はノズルを捻って、降り注ぐシャワーの中へとその身体を晒し、それから布のタオルを使って丹念に全身を洗い始める。


 まるで映画のワンシーンを見るように、りんごが固唾を呑んでその様を見つめ続けてしまっていると、やがて翠花がほんのりと顔を朱くしながら、躊躇いがちにその目をこちらへ向けた。


「そんなに……私のおっぱいが気になる?」

「え? いや……えーと……はい。気にならないって言ったら、嘘になります。だって、わたしにはない美しさですから……」

「そう」


 先ほどの自分の言葉が自分へ返ってきたことがおかしかったのか、翠花は笑みを漏らしながら全身の泡を流し、それからシャワーを止めると、


「ちょっと、後ろを空けてもらってもいいかしら?」


 そう言いながら、ほとんど無理やりに、そのつるつると輝く肢体をりんごの背後へと滑り込ませた。りんごは慌てて体育座りをしながら前へ詰めるが、翠花はりんごの肩に柔らかく手を置く。


「こっちへいらっしゃい」

「え……?」

「身体の力を抜いて、私に寄りかかるの」


 翠花はりんごの肩をゆっくりと自らへと引き寄せる。


 すると、ただ肩に手を添えられているだけなのに、まるでりんごの身体は吸い込まれるように後ろへと倒れていき、やがて背中をお湯よりも少しぬるい温かさが包み込んだ。腰を翠花のほっそりとした太ももにそっと挟まれ、右の耳を翠花の微かな吐息がくすぐる。


 ごくりと生唾を飲むほど緊張しながら、だがりんごは妙な懐かしさを感じていた。遠い昔、自分はこうしてお風呂に浸かっていたことがあった気がする。


「ひっ!?」


不思議な心地よさの中で、身じろぎ一つせずりんごが翠花の『母性』に身を委ねていると、卒然、身体に快感の電流が流れた。気づくと、翠花の長い指が自らの乳を包み込み、全体を撫でるように揉んでいるのだった。


「す、翠花さん? 何を……?」

「マッサージをしてあげるわ。私がいつも自分でやっている、おっぱいをケアするマッサージ……。あなたのおっぱいも、もっと美しくなるように……」

「い、いやっ、そんな触り方……!」


 翠花は乳を寄せるように持ち上げるようにマッサージしつつ、時折その繊細な指先でりんごの乳首を撫でる。羽毛でくすぐられるようなその感覚に、りんごは思わず背を弓なりにしならせるが、


 ――あれ?


 と目を丸くする。


 すると、りんごの反応に何か違和感を覚えたのか、翠花が手を止めて尋ねてくる。


「どうしたの? ひょっとして、痛かった?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

「……? 正直に言っていいのよ。私たちは仲間なんだから、遠慮なんて必要ないわ」

「え、遠慮っていうか、その……あいつ――じゃなくて勇登に、わたしも翠花さんみたいにおっぱいを揉まれたことがあるんですけど、なんていうか……」

「その時のほうが、私に揉まれるよりも気持ちよかった?」

「…………」


 そうかもしれない。というより、『気持ちよさの種類』が違うのかもしれない。


 単純な気持ちよさで言えば、翠花の優しく包み込むようなマッサージのほうが上なのだが、勇登に揉まれた時の気持ちよさは単純な気持ちよさとは別の、それこそ快感という名の電流が身体の中を走り続けるような気持ちよさだった――ような気がする。


「確かに、彼のおっぱいを触るテクニックは並外れたものだった。私も、この身でそれを実感したわ」


 その手をりんごの背後へと戻しながら、翠花はぼんやりと言った。


「でも、おっぱいを触るテクニックで言えば、やはり男性よりもおっぱいというものを知り尽くしている私のほうが上のはずよ。なのに、どうしてりんごは私よりも勇登君におっぱいを揉まれた時のほうが気持ちよかったのか……それは、やっぱりアレなのかしら……」

「アレ?」

「ええ、聞いた話によると……女の子は、好きな男の子に身体を触られるのが、他の何より気持ちいいそうよ」

「はぁ!? な、なんでんすか、それ!? 別にあたしはあいつのことなんてなんとも思ってません! 好きでもなんでもないですから、ホントに!」

「そうなの? 私はてっきり、あなたはもう彼のことが好きなのかと……」

「全然違います。あいつは――あの人はデリカシーも何もない男だし、それに彼が興味あるのはあくまでわたしの身体だけ、わたしは彼にとって計画のための道具でしかないんです。わたしにとっての彼も、それと同じですし」


 そう、と翠花は湯気に染み渡るような柔らかい声で囁き、その身体を心持ち硬くした。


「私は……勇登くんに道具みたいに扱われるの、イヤじゃなかった……かもしれないわ」

「え?」

「私、ようやく自分のことが解ったかもしれない。私はどんな男の子が好きなのか……これまで一度も好きな人ができたことがなかったから、解らなかった。もしかしたら女の子が好きな人間なのかもしれないと思っていたけれど……それとは少し違うみたい」

「へ、へえ……じゃあ、翠花さんはどういう人が好きなんですか?」


 女の子が好き、という言葉に思わず驚き、暑さのためではない汗が噴き出すのを感じつつ翠花の顔を振り返ると、翠花はその硝子細工のような顔を色っぽく染めながら、一瞬だけ恥ずかしそうにりんごの目を見てから言った。


「私はね、私のことをなんとも思ってない人が好き……なんだと思うの」

「なんとも思ってない……?」

「新鮮だった……。私は小学生だった時から、自分で言うのもなんだけれど……まるで女神のように扱われてきたわ。

 それは今でも同じで、女子からは勿論、乳ワールドのことを全く知らない男の子たちでさえ、わたしの前では皆、その声が上ずっていた。いやらしい目で見られることもたくさんあるけれど……でも、誰ひとりとしてこの乳に触れようとしてくる人はいなかった。

 なのに、彼は違ったわ。私のおっぱいを、まるで単なる道具みたいに容赦なく触って……」

「それはただ勇登がおかしいだけですよ。彼、わたしの時はもっと酷かったんですから。ほとんど何も言わずにいきなり服を脱がしてきて、無理矢理おっぱい揉んできたんですよ」

「あなたがあまりに美しくて、我慢できなかったのかも」

「そ、そんなわけありません。こんなおっぱい、翠花さんのに比べたらホントに情けなくて――」

「そんなふうに言うのはやめて」


 と、不意に翠花の声が尖る。


「お願いだから、そういうことは言わないで。私も、悲しくなるから……」

「……すみません」


 深い悲しみの色を湛えた翠花の声に、りんごは開いていた口を閉じて悄然と俯く。


 翠花の妹は翠花と違って貧乳で、それを心に病んでしまったせいで、ここではない遠くへと行ってしまった。なのに、自分はなんて無神経なことを口走ったのだろう。勇登のことを『デリカシーがない』などと言う資格は自分にはない。


 そう恥じ入りながらりんごが沈黙していると、


「ねえ、りんご。あなたはどんな人が好きなの?」



 氷水のように冷め切ってしまった雰囲気に翠花もまた気まずさを感じた様子で、明るく尋ねてきた。りんごもまた努めて明るく答える。


「わ、わたしですか? わたしは、うーん……翠花さんとは全く逆かもしれません。わたしは、わたしのことを世界で一番好きな人が好きだと思います、たぶん」

「そう……。ふふっ。お互い、苦労しそうね」


 確かにそうかもしれない。りんごも思わず苦笑し、それから先に上がらせてもらうという挨拶をして立ち上がり、風呂場を後にした。


 脱衣場で濡れた肌を拭いていると、洗面台の鏡の中にいる自分の身体がふと目に入る。


 ――やっぱり、敵わないなぁ……。


 風呂場の湯気の中で見た翠花の裸体――究極とも言える柔らかな女性の曲線美が、まるで写真にでも撮ったようにハッキリと記憶に焼きついて、その映像と鏡に映る光景との差に、りんごは思わずガックリと肩を落とす。


 しかし、こんな貧相な身体でも翠花や勇登が『美しい』と言ってくれたのは事実で、これはこれでまた別のよさもあるのかなとも思えてくる。というか何より、あの勇登が自分を女神として選んでくれたことについて、もっと自分は真剣に受け止めるべきなんじゃないだろうか。


『君は美しい』


 その言葉を真に受けることを、これまで自分は避けてきた。斜に構えて、あるいは後々傷つくことを恐れて、自分はそれを半分笑って受け流してきていた。


 でも、それは間違っているのではないだろうか。自分を信じないことには、戦いなど始まらない。自分を信じることこそ、覚悟を決めるということなのではないだろうか。自分自身に胸を誇るということなのではないだろうか。


「…………」


 鏡の中に立つ裸の自分と対峙しながら、りんごは濡れた髪もそのままに自らと問答し、そして心に湧き起こる熱い感覚に衝き動かされたように、腰へ手を当ててモデルのようなポージングを取ってみた。


 が、直後、翠花が風呂場から出て来て、りんごはこれまでの人生で一番の恥ずかしさを味わったのだった。

今日はもう一話、投稿します。

次の話で『女神の仮面』は終了し、話が進みます。

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