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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
23/61

女神の仮面。その2(りんご視点)

「ごちそうさまでした」


 空の食器を前に、りんごは手を合わせた。


「翠花さんって、とっても料理が上手いんですね。ボルシチって初めて食べましたけど、凄く美味しかったです」

「間に合わせで作ったものなのだけど……でも、私もいつもより美味しく感じたわ。こうして誰かと一緒にご飯を食べるのは、本当に久しぶりだから……」

「それは、わたしもです。わたしも、食事はいつも一人でしたけど……やっぱり、誰かと一緒に食べるほうが美味しいですよね」


 温かい料理で身体も温まったせいか、心までぽかぽかとして心地がいい。久しぶりに味わう気がする感覚にりんごは表情を綻ばせ、気分そのまま、翠花と並んで洗い物をした。


 洗い物をしながら、


「わたしの好きな食べ物ですか?」

「ええ。何が好きなの?」

「好きなのは……翠花さん、笑いませんか?」

「笑う? どうして笑うの? 笑ったりなんてしないわ」

「じゃあ、言いますけど、私の一番好きな食べ物って……りんご、なんです」

「りんご? りんごが、りんごを……? ぷっ……」

「あっ! やっぱり笑った! 笑わないって言ったのに……」

「ご、ごめんなさい」

「じゃあ、翠花さんは何が好きなんですか?」

「私? 私は、ええと……笑わない?」

「はい、もちろん笑いません」

「私はね……冷凍ハンバーグ、かな?」

「れ、冷凍ハンバーグ……? あははっ、なんですかそれ?」

「あっ。人のこと言って、りんごも……!」

「いや、だって翠花さん、笑わないでって言うから、『私も西瓜が好き』って言うのかと思ったのに、急に変なこと言うから、おかしくて」

「へ、変なことって……別に何も変なことは……!」


 と、お互いの一番好きな食べ物や、好きな服、好きな季節、苦手な季節など、お互いについての話をした。

 

 まだどこか当たり障りのないものだったとしても、その話は途切れることがなく、だがそれは決して沈黙を恐れての空虚な会話などではなかった。ただひたすら楽しくて、笑った拍子に手から皿を落としそうになってしまったほどだった。


「りんごは、テレビゲームは好き?」

「ゲームですか? いえ、ほとんどやったことがないですけど……翠花さんはゲームも好きなんですか?」


 食器をしまい終えて、棚の戸を閉じつつ訊き返すと、翠花はエプロンを外しながら少し恥ずかしそうに言う。


「え、ええ、まあ……。私はこのおっぱいと、それから乳ワールドでの地位のせいであまり友達がいないから、あまり外へ遊びに行くこともないし……」

「そう……なんですか。まあ、そうですよね」


 乳が貧しいことばかりが苦しみではない。乳が豊かであれば、豊かであるがゆえの苦しみもまたあるのだ。巨乳派もまた、翠花もまた人間なのだ。


 こうして翠花と色々な話をし、悩みも知ったことで、りんごはそんな当然のことを深く心の底で理解したのだった。それは当然のことだったが、きっと大きな一歩だった。


「はい。じゃあ、わたしなんかでよければ、いくらでも相手になりますよ。でも、言っときますけど、わたしは凄く下手ですからね。わたし、ゲームってほとんどしたことないですから」

「ふふっ。大丈夫よ、私もそんなに上手くないから」


 と、そうにこやかに遊び始めたはずのテレビゲームだったのだが……、


「あ、あの……翠花さん?」

「ち、違うの! 今はちょっと失敗しただけだから……! 今度はいつも通り、ちゃんと一位になるから! 私の得意なことなんて、ゲームくらい……! なのにゲームも下手になったら、本当に何も生きている価値が……!」

「お、落ち着いてください、翠花さん! それはなんか色々おかしいです!」


凛と背を伸ばして床に正座し、まるで華道の先生のように綺麗な姿勢でゲームのコントローラーを握り締める翠花に、りんごは困惑する。


 出会った時は悲しげに伏せられてばかりいたその目は半ば血走りながらテレビ画面を凝視し、まるで画面の中に入り込んだように、その口からは時折、「このっ!」とか、「絶対許さない!」とかいう刺々しい言葉が飛び出す。


 そんな人が変わったような翠花の姿に唖然となって、既にゲームも何もなくなっていたりんごは、リビングの壁時計を見上げて言う。


「でも、翠花さん、もう十一時ですよ。そろそろお風呂に入って寝ないと……」


 え? と、翠花はコントローラーは握り締めたままながらもハッとした様子でこちらを見て、それから時計を見上げ、


「あら、大変。もうこんな時間。でも、まだ……い、いえ、やっぱりダメよね。明日は休みだけれど、あなたまで睡眠不足にさせるわけにはいかないし……」

「そ、そうですね。じゃあ、わたしがお風呂を入れてきますね」

「いえ、いいのよ。あなたはゆっくりしていて? お風呂を入れるのは私の仕事。これは昔から決まっていることだから」


 昔? そう訝りつつも、でもとりんごが腰を上げようとすると、翠花はその肩を押さえながら立ち上がり、


「私がやりたいの。やらなきゃいけないの。あなたにはやらせないわ。これは姉の――」


 と、やけに深く冷たい目をしながら翠花は言い、しかし不意に言葉を途切らせると、思い出したように柔らかな笑みを顔に広げる。


「あなたよりも年上である私のすべき仕事だから、気にしないで?」


 そう言って、翠花は風呂場のほうへ楚々と歩いて行った。


 テレビゲームのBGMが、しんと静まり返ったリビングに空疎に流れ続けていた。


翠花は優しくていい人で、尊敬できる。そう感じているはずなのに、なぜだろう、翠花が理解できない瞬間がある気がする。りんごはその感覚に戸惑い、呆然とするしかないのだった。

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