闇よりも黒い炎。(須芹勝美視点)
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「純、待ちなさい。ちゃんと一度、落ち着いて考えなさい。ね?」
靴を蹴飛ばすように脱いで自宅へと上がり、真っ暗な廊下を壁に身体を打ちながら歩いて、前へと転んでしまいながら扉を開けてリビングへ入る。
床に強く顎を打ち、しかしそんな痛みも忘れるほど慄然としながら須芹勝美は背後を振り向く。凍りついたような無表情でそこに立っている我が娘――純を見上げ、
「ま、まだその時ではないのよ。確かに、あなたは私よりもおっぱいが大きくなった。けれど、あなたはまだ高校生なのよ? そう焦らなくても大丈夫よ。私はいつか必ず、ちゃんとあなたに委員長の位を譲り渡すつもりだった。だから、こんなこと――」
「お母様」
と、純が暗がりの中で明るく微笑する。
「あ、間違っちゃった。そうじゃなくて――『あんた』さ、誰に向かってそんな偉そうな口を利いてるの?」
「え……?」
「あんた、今自分でも認めていたでしょう? 私はもう、あんたよりおっぱいが大きいのよ? つまり、あんたは私よりも下の人間なの。解るわよね?」
「し、下の人間……? 純、あなた、何を……?」
呼吸ができない。喉が痛いほどに渇いて、上手く声が出ない。テーブルや椅子に肘や背中を打ちながら、どうにか純から距離を取ろうとするが、身体が震えて腕に力が入らない。
純はそんなこちらをせせら笑うように見下ろしながら、
「何を疑問に思うことがあるの? 今の私はもうあんたよりおっぱいが大きいし、それにあんたを越えたことで、私は力を、エアパイツを手に入れたのよ。あんたよりも間違いなく強いエアパイツをね」
そう言って乳拝みをすると、その背後に『何か』が現れる。
だが、それがなんなのかは全く理解ができない。輪郭が漠然として、輝きもない。まるで黒い炎のように揺らめきながら、それは街灯の青白い光がわずかに入ってくるだけの部屋の中で、闇よりも暗い色で音もなくたゆたっている。
おとぎの世界を夢見る幼女のように、純はその丸々とした身体の前で指を組み合わせて目を輝かせる。むふぅ、と牛のような鼻息を鳴らして、
「ああ、解る。私には解るのよ! このエアパイツがなんなのか、このエアパイツを使えば何ができるのか! でも、ね。やっぱり実際に試してみないことには始まらないわよね。だから、ちょっとあんたで試させてもらおうと思うの」
「や、やめなさい、純! 親に対して、そんな……!」
「はぁ?『やめなさい』? だからあんた、誰に向かってそんな口を――」
「や、やめっ……やめてください! やめてください、お願いします! お願いします、純様! お願いだから――」
解らない。唐突、顔へとを『黒い何か』が迫ってきた。勝美は本能的に『プリズム』を――両手指の全てに指輪型エアパイツを顕現させ、そこに嵌められた宝石から熱光線を闇へと放つ。
が、その熱光線は何に衝突するでもなくただ虚無へ吸い込まれていき、勝美の両手はその『何か』、まるで手のような感触がする『何か』に掴まれた。瞬間、全身から力が抜ける。顎にさえ力が入らなくなる。
急激に遠のいていく意識の中で、薄く光る純の歯が微かに見えたような気がした。
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