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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
2/61

貧乳の女神。その1

「富士岡勇登です。市内の東高から転校してきました。今日から、よろしくお願いします」


 どこぞの若手俳優に似ているわけでもない、平凡な容貌をした男子転校生の挨拶になど、いったい誰が興味を持つというのか。


 勇登は初めて着る詰め襟の制服に窮屈さを感じながら、転校生が言うべき紋切り型の挨拶を済ませると、鈴谷恵(すずたに めぐみ)という担任の女教師に指示された自らの席へと向かった。


 向かいつつ、窓際の列の中ほどに座っている女子生徒を横目に見る。


その女子生徒――新原(にいはら)りんごは、燃えるような紅に染まる木々の葉に埋め尽くされた窓の外を、凡庸な転校生を見るのと同じくらいに興味なさげな眼差しで見つめている。


形のよい唇に小指を当てるようにしながら顎に手を当て、少しつり上がり気味の大きな目の長い睫毛を重たげに瞬かせている。


赤いヘアゴムでツーサイドアップにされた、栗色がかった長い髪は、シルクのように輝きながらほっそりとした背中を流れ、机の下で組んでいるスリムな足のふくらはぎは、雪のように白い。


 ――やはり美しい。


 紺色と白の典型的なセーラー服があまり似合わなく見えてしまうほど、絵画に描かれた妖精のように美しいその少女の横顔に、勇登は目を奪われた。すると、少女の猫のような目がちらとこちらを向く。


「……何?」


 いえ、と思わず止めてしまっていた足を動かして、自らの席へと着く。


少女――りんごの美しさは、計画を始めるための綿密な調査により知り尽くしている。しかし、教室という狭い空間の中で一緒にいてみると、それはまるで一国の王女が教室にいるかのような圧倒的な美しさなのだった。


 授業の内容など耳に入らないのも当然である。当然である証拠に、りんごの横顔、後ろ姿に陶然と見惚れるように、そちらばかり見つめている男子生徒が、勇登を含めて少なくとも十人近くはいる。


「では、富士岡くん、この問題を前に出て解いてみなさい」


このクラスの担任であり、また数学担当の教師らしい鈴谷が、縁なし眼鏡の奥の鋭い瞳で壇上から勇登を見やる。


 全く授業など聞いていなかったが、勇登は黒板に書かれている期待値の問題を一瞥して、


「七十二点です」


 即答すると、またすぐに、見れば見るほど芸術的に美しいりんごの横顔へと視線を戻す。


 どういうわけかクラス中からちらほらと視線がこちらを向くが、りんごは相変わらず物憂げな眼差しを窓外へと向け続けているだけである。真っ直ぐな髪から覗く小さな耳が可愛らしい。


「聞こえなかったのですか? 前に出て書きなさいと言ったのですよ」


と、セミロングの髪を左耳へとかけつつ、鈴谷がややムッとしたようにこちらを睥睨する。


「何をですか?」

「式と答えを、です」


 途中式など書かなくとも、問題を見れば一目で答えが解るだろう。そう言いたくもあったが、転校初日から悪目立ちをするものではない。


 勇登は重い腰を上げて、教科書のやり方に則ったお手本どおりの途中式を書いて解答をしてみせた。寝ていても解けるような問題なのだから、間違うはずもない。


 授業はそれから滞りなく進み、やがて休み時間となった。


――さて。


 勇登は早速、『仕事』に取りかかるべく、チャイムが鳴り止んでほどなく、りんごが席を立ってどこへも行かない様子を確認してから席を立つ。


 と、右隣の席で、何やら顔を寄せ合いながら話し合っていた男子生徒たちの一人、ゴリラのような体格をした丸刈りの巨漢が、その猪のような首をぐいともたげてこちらを睨み、


「なあ、転校生。お前、貧乳と巨乳のどっちが好きだ?」


そう言うと、水着姿をした女性の画像が映し出されているスマートフォンをこちらへ向け、グフフと卑猥に笑う。


 何を訊いてくるかと思えば……。勇登は心底呆れながら、冷やかすような顔でこちらを見上げてくるその面々から目を逸らす。


「……くだらないな」

「なんだと?」


 ゴリラの顔からさっと笑みが消え、目つきに険呑な輝きが宿る。勇登はその目を真っ向から睨み下ろし、


「貧乳と巨乳? それは優劣をつけられるものなのか? そうじゃないだろう。俺は、巨乳でも貧乳でもない、美しい乳が好きだ。美しいか、美しくないか、それが問題だ。お前たちはそうではないのか? お前たちは、乳のサイズ以外には興味がないのか? それで、本当に乳を愛していると言えるのか?」


 ゴリラは目を見張って黙り込んだ。否、教室にいた生徒全員が黙り込んだ。まるで世界全てに興味がないような顔をしていたりんごでさえ、ギョッとしたようにこちらを見ていた。


 自分はどうやら悪目立ちをしてしまったらしい。つい熱くなってしまったことを悔やんで額を押さえた勇登に、ゴリラがわずかに声を震わせながら尋ねてきた。


「お前、いったい何者だよ」

「知らないほうが幸せなこともある。何事にもな……」


そうとだけ答えて、勇登は席を離れる。ズボンのポケットに手を突っ込みながら窓際へと向かい、りんごの座っている二つ前の席、今は空席になっている場所に腕を組んで佇む。


 そうして、輝いて見えるほど真っ赤な木々の葉をじっと見つめる――フリをしつつ、ポケットから手を出した時にわざと通路にハンカチを落とした。


 それに全く気づかないふうを装いながら、勇登が銅像のように動かず腕を組んで外を眺めていると、やがてりんごが言った。


「ちょっと、あんた。ハンカチ落としたけど」

「…………」

「ねぇ、ちょっと。聞いてんの?」

「…………」


その繊細な容貌とは不釣り合いな、少し乱暴な口調のりんごの言葉をひたすら無視しながら、ただじっと『その時』を待つ。


 すると、やがてりんごが痺れを切らしたように小さく「チッ」と舌打ちをしながら席から腰を上げ、通路に落ちていた勇登のハンカチを屈み込んで拾い上げた。瞬間、


 ――『神眼』発動!


勇登はその目を限界まで剥き、前へ屈み込んだために覗き見えた、りんごの胸元を凝視する。


『神眼』は、決して特殊な能力などではない。男ならば誰しもが持っている、ある一瞬を捉える本能的な能力である。それは女性の胸の谷間が見えた瞬間、あるいはスカートがめくれた瞬間にだけ発動され、その時に目にした光景を男は生涯忘れることがない。


 ただでさえ驚異的なその眼力を、勇登はたゆまぬ鍛錬によって常人離れした領域にまで高めている。常人では薄暗くて見ることができないブラジャーの隙間さえ、勇登の目は赤外線カメラのごとく明瞭に見ることができるのだった。


 胸とブラジャーの間に隙間ができてしまうくらいの、いわゆる貧乳。しかしその肌は白磁のように白く滑らかで、綺麗な円形をした乳輪と、その乳輪に最適な大きさをした乳首は、清純な薄桃色をした一輪の桜花だった。


 勇登はりんごの視線がこちらを向く前のほんの一瞬でそれを視認すると、再び頑固オヤジのごとき厳然とした眼差しを窓外へ向け直す。


「ねぇってば、これ落としたって。ちょっと、何無視してんのよ」


 ん? と、勇登はようやく気づいたフリをして、すぐ傍に立っているりんごの顔、それからその手に握られているハンカチを見て、


「ああ、すまない。ありがとう」 


 それを受け取ると、自らの席へと戻った。


 間近から見ても、やはり至高の乳であった。少し口は悪いものの、他人の落としたハンカチを拾ってやるというような優しさはちゃんと持っている。


 ――これで最終確認は済んだ。あとはタイミングを見計らって交渉を行うのみ。


 それが一番、難しいのだが……。と、やはり緊張をしてしまいながら、飽きもせずりんごの横顔に見惚れているうちに、二時限目の授業は終わっていた。


 すると、その休み時間に入ってほどなく、このクラスの生徒である割合胸の大きな女子二人が廊下から入って来て、りんごの机の前に立った。


 その二人組の女子生徒のうち一人――ロングヘアの女子生徒が、隣のボブカットの少女と目配せをしてから、


「新原さん、ちょっと来てもらえる?」


 何やら薄笑いを浮かべながら高圧的にそう言った。りんごは頬杖を突きながらじっとその二人を見つめて、しかしやがて観念したように立ち上がると、二人について教室を出て行く。

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