巨乳の女神。その3
五秒、十秒、二十秒……。それよりもずっと長く感じられる重たい静寂が、ただ無為に過ぎていく。
勇登にも、どう答えるべきかなど解らない。助言の出しようもなく、うっすらと汗の滲んだりんごの横顔をじっと見守ることしかできずにいたが、やがてりんごが意を決したようにその顔を上げた。
「正直に言って……引きちぎってやりたいです!」
「お、おいっ! お前、御山さんに向かってなんてことを!」
「いや、でも、正直に言ってほしいって言うから……」
「ふふっ」
と、不意に鈴の鳴るような笑い声が耳をくすぐる。その口元に手を当てながら、御山がにこりと表情を崩しているのだった。
「いいえ、いいのです。私は、お世辞を言わない正直な人が好きなの。新原さんがちゃんとそういう人なのかどうか、私は見極めたかった。まさか、妹と同じことを言われるとは思わなかったけれど……」
りんごが暴言を吐いた時は驚いたが、どうやら御山はそのような答えをむしろ待っていたらしい。勇登はそう安堵しながら、
「では、こちらの提案を受けていただけるのですか?」
「いえ、でも、やっぱり……」
と、御山はその目を再び悲しげにして伏せる。
「私としても、あなた方にはぜひ協力をしたいのだけど……でも、協力してあげたいからこそ、そうしないほうがいいと思うの」
「な、なぜですか?」
「私みたいな役立たずが仲間になったって、きっと何もできないから……。それどころか、むしろ足を引っ張ってしまうかもしれない。あなた方の手を患わせて、それでも結局エアパイツを取り戻せなかったら、私はどう謝ればよいのか……」
「ああもう!」
御山の消え入るような声を断ち切るようにして、りんごが苛立たしげに声を上げた。唖然とする勇登を置き去りにして、りんごは握り拳を見せつけるようにして御山に詰め寄る。
「いつまでモゴモゴ言ってるんですか! 結局、あなたはどうしたいんですか!? このまま、今のままでいいんですか!? それともイヤなんですか!? どっちなんですか!? やるにしろやらないにしろ、ハッキリしてください!」
「そ、それは、もちろんイヤだけれど……」
「それなら戦うしかないでしょう! あたしだって、確かに迷いましたよ。でもそれは、あたしには戦う力がなかったからです。戦いたくても、戦えなかったからです。
でもあたしはこのとおり自分のエアパイツを手に入れて……それでもまた確かに迷いましたけど、勇登に『力がある人間は戦うのが義務なんだ』って言われて、それであたしは決意したんですよ。怖いけど、自分がどうなるのか解らないけど、戦おうって!」
りんごはその本心を整理も何もせずそのまま叩きつけるように言い、御山はその熱量に圧倒されたかのように息を呑んでいる。りんごはそのか細い手で、同じくか細い御山の手を熱く握り締める。
「だから、世界を変えたいと思ってるなら、あなたも戦わなきゃいけないんです。言わせてもらいますけど、悲しいからって部屋に一人でこもってたって、なんにもいいことなんてありませんよ。結局は自分から動かなきゃ、世界を変えることなんてできませんよ! そうですよね!?」
「は、はい……」
恫喝するように問いかけられて、御山は肩をビクリとさせて返事をする。それを見て、勇登もようやくハッとなり、りんごの肩に手を置く。
「おい、りんご。そのあたりにしておけ」
「え……? あ――す、すみません! あたしなんかが偉そうに……!」
そうりんごはバタバタと退くが、御山は寂しげに微笑みながら顔を横へ振る。
「いいえ、全てあなたの言うとおりです。……解りました。ならば、むしろこちらからあなた方ににお願いをさせてください。私はあなた方二人の力を借りて、私のエアパイツを取り戻したい。そして、もし本当に可能なのであれば……世界を変えたい。誰も自分のおっぱいの大きさで泣くことのない……そんな世界に」
その目は憂いげに伏せられていたが、そこには確かに小さな火種が灯っていた。その火を灯した張本人のりんごは、「はあ」と困惑したような顔をしているが、ともかく、
「御山さんがそう仰ってくださって、大変嬉しく思います。しかし、やはり最後は僕の目で確かめさせてください。あなたの乳の美しさを」
「……解りました。仲間になると決めたのですし、邪な理由で触りたいのではないという、あなたのその言葉と、その目を信じます」
御山はそう重々しく言うと、少し躊躇った様子で、その手を背中の制服の中へと持っていった。頬がほんのりと紅く染まった顔を俯けるようにしながら背中でもぞもぞと手を動かすと、やがてたぷんと微かに胸が揺れ、手を前へと戻す。
それから、その様子を思わず生唾を飲みながら見入ってしまっていたこちらを長い睫毛越しに一瞥し、その紺のセーラー服と真っ白なブラジャーを、両手でゆっくりと鎖骨あたりまでたくし上げた。
「すごい、綺麗……!」
目を皿のようにしながら感嘆の声を漏らしたりんごに、勇登は深く同意した。
女神派計画を成功させるべく、これまで数えられないほどの乳房を観察し研究してきた勇登でさえ、御山の乳を前にして思わず言葉を失った。
――次元が違う。
その大きさにおいても形においても、御山の乳はまさに女神の乳――全ての人を等しくその前に跪かせ、心の解放と救いを与える奇跡そのものであった。
だが、自分は今その感動に浸っているわけにはいかない。御山の肌から香る、石鹸のような甘い匂いのせいもあって遠のきかけていた意識を強く持ち、勇登はおずおずとその奇跡の双丘へと手を伸ばした。
「あ、あの……触るなんて、一言も……!」
御山はそう言ってわずかに身をよじるが、勇登はどうにか気力で正気を保ちながら、その白いふくらみの頂上を桜色に彩る乳首に指を触れ、そのままそのふくらみ全体を掌でさする。
「申し訳ありません。触らなければ解らないことも……あるのです」
血管さえ透けて見えるほど真っ白に張り詰めたその肌は、熱いほどに温かい。ふくらみは脇の高さあたりからなだらかに始まり、重たげに、しかしあくまで優雅な曲線を描きながら膨らみ続け、遙かな頂へと続く。
その丸みを帯びた頂は、まるで舌を這わせれば桜の味がしそうな淡い桃色に染まり、そのあたりは周囲の白い肌よりもわずかにふわりと膨らんでいる。触れていると、その柔らかさの中から芽が出るように乳首の中央がそっと上向きに膨らんだ。
――Lカップ……いや、やはりMカップか。
その頂からさらに下へと指を這わせると、そのなだらかだった曲線はほぼ真円を描いて身体のほうへと帰って行く。そして、その曲線の最終点を見て、勇登はさらに愕然とする。
これだけ大きな乳なのだから、当然、その七、八キログラムはあるかと思われる重みで乳全体が垂れ下がっているはずなのだが、指の行き着いた先には『谷間』がほぼないのだった。あたかも重力を無視したかのように、持ち上げればずしりと重いそのふくらみ全体が浮くようにして上を向いているのだった。
信じられない。
いつしか勇登は無我夢中に、その乳全体をなで回し、持ち上げ、乳首の柔らかさと固さを確かめ、そのまっさらな柔肌に指を埋め込ませていた。遙かな雪山の遭難者となっていた。
「や、やめてください……! 私のおっぱいを、そんな道具みたいに……!」
その御山の声で勇登はハッと気を取り戻し、ようやくその乳から手を放す。
「も、申し訳ありません。あまりの美しさで、つい夢中に……」
「あんた、やっぱり巨乳が大好きなんじゃない」
というりんごの冷めた視線と言葉は流しつつ、勇登は御山がブラジャーをつけ直し制服を整えるまで待ってから、再び御山の前に膝をついて頭を垂れた。
「ありがとうございました。噂に違わぬ極上の乳、確かに拝見させていただきました。やはり、あなたを選んだことに間違いはなかった。あなたはりんごと共に頂点に立つべき人間。つまり、女神です」
「そ、そうですか……」
と、なんと答えるべきか戸惑ったように御山は返し、
「それで、教えてもらえるのでしょうか? あなたが先ほど言っていた、『ワンステージ上のエアパイツ』について……」
「それは、『調和』です」
「「調和?」」
と、りんごと御山の声が耳に心地よく重なる。
「はい。常に調和こそが、さらなる力を生み出すものです。異質なもの同士が調和した時、それは今までのそれとは全く異なる存在になりながら、ワンステージ上の存在へと昇華するのです」
「異なる存在……?」
御山の目に不安に似た色が差す。勇登は決然とその目に頷いて見せ、
「僕の尊敬する詩人は、かつてこんな詩を詠みました。『Alone……人はみんな一人。だからわかり合いたい、触れ合いたい。So……つながれば、人は強くなれる。TsumiとBatsu。Nightmareみたいな世界の中で、Not・Alone・Forever……愛の光が私たちを包――」
「うわああああああああああああああっ!? だ、な、なな、な……!」
上ずった叫び声を上げながら、りんごが不意に勇登の口を両手で覆った。それから、顔を赤信号のようにしながら、言葉になっていない声をあわあわと漏らすが、勇登は自らの口からその手をどかして続ける。
「つまり……ヴァイスとヴァイス、意志と意志。互いが極めて高いレベルまで高め合ったそれらの完全なる調和によって、エアパイツはこれまでの常識を破る進化を遂げる。それこそがつまり、『パイモニー』です」
「完全なる調和……パイモニー……?」
まだ顔を真っ赤にしながら、りんごは困惑したように目をパチクリするが、今はそうとしか説明ができない。
「もっと詳しく説明できる時が来たら、二人にもしっかりとお教えします。しかしそれは、少なくとも御山さんがエアパイツを取り戻してからになるでしょう」
「それは……嘘ではないのよね?」
御山が慎重な眼差しをこちらへ注ぐ。勇登は自らの胸に手を当てて言う。
「当然です。僕は、あなたたちと共に世界を変えたいと本気で願っています。もう二度と、あの時のようなことが起こらないようにするために……!」
夕日に染まる放課後の教室。こちらへ背を向けて窓の前に立つ少女。そよ風に揺れるその黒い髪。夕焼け空へと向かって、ただ無意味に伸ばされた自分の手――
今でも鮮明に思い出すことのできるその光景が、自ずと頭に浮かび上がる。それが胸へと残す大きな喪失感と無力感に、勇登はその場に佇むことしかできなくなる。
「痛みから逃げない。苦しむことを恐れない。なぜなら、その先にしか希望も救いもないから……そう、僕は信じています」
「……そうですか」
勇登の悲痛を分かち合ったように、御山が暗く俯く。
が、自分は別に傷の舐め合いをするためにここへ来たのではない。勇登は自らを覆い尽くそうとする虚無感を払うように顔を上げ、
「それで、御山さんに協力していただけるということになって、早速ですが、また一つお願いがあります」




