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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
14/61

乳(にゅう)パラダイスへ。その2

「で、どこに行くのよ?」


 夕陽を受けてなお黄色く映えるイチョウの木々が立ち並び、足元もまたその黄色に埋め尽くされた歩道を歩いていると、甘酸っぱいような落ち葉のニオイで鼻がムズムズしたような顔をしながら、りんごが尋ねてきた。


りんごに放り投げられて床に頭を打ったせいか、説明を後回しにしていたことをつい忘れてしまっていた。これ以上、りんごの機嫌を悪くさせるわけにはいかないと、勇登は軽く謝ってから行き先を教える。


「女の女による女のための園、女にしか入ることの許されない楽園――(にゆう)パラダイスだ」

「乳パラダイス……? どうしてそんな場所に?」

「そこに乳があるから、もとい女神がいるからに決まっている」

「女神って……。ねえ、そろそろ教えなさいよ。その、あたしともう一人の女神って誰なのよ?」

「別に、お前に今更名前を教える必要もない。お前も既に知っているだろう? この地区で、否、この全世界で最も『女神』という称号のふさわしい女性の一人――御山翠花(みやま すいか)、その人だ」

「み、御山、翠花……?」


 と、一瞬、その足を止めてしまいながら、りんごが震える声で反芻する。それから、目をまん丸く見開きながら早口にまくし立てる。


「じょ、冗談でしょ? あんた、知らないの? 御山翠花さんって、この地区の次期委員長候補の一人とも言われてる人なのよ。あたしも一回だけ遠くから見たことがあるけど、あの人はその噂どおりの超――超超超、超ーーっ美人よ。

 あたしとかあんたが近づいていいような人じゃない、昔で言う貴族、そう、貴族みたいな人なのよ、ホントに!」


 まるで憧れの芸能人でも見たかのようにオロオロとし始めたりんごに、勇登は深く共感しながら首肯する。


「まさにその通りだ。しかし、だからこそ俺は彼女を女神に選んだんだ」

「で、でも、そんな人があたしたちに協力してくれるわけなんて……」

「いや、彼女は俺たちに賛同し、協力してくれる。間違いなく、な」

「どうして? まさか、あんた……彼女の弱みでも握ってるの?」


 弱み? と、勇登は傍らで子犬のように怯えた目をしているりんごを見下ろし、苦笑する。


「弱み……か。確かに、そうかもしれないな。だが、別に彼女を脅したりするつもりなどないから安心してくれ。俺のような人間が彼女を脅すなど、そんな畏れ多いことができるはずもない」

「そ、そう……。じゃあ、それはいいとして、どうしてわざわざ乳パラダイスに行くのよ?

 知ってるでしょ。乳パラダイスは巨乳派の集まってる、巨乳派のための楽園よ。だから当然、乳安だってたくさんいるわ。そんな所にわざわざ飛び込まなくたって、会う方法なんていくらでもあるじゃない。

 御山さんは確か、ここから割と近くにある進学校に通ってたはずだし、そこに会いに行くほうがずっと楽よ」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」


 巨乳派のハイ・クラスに会うことがそんなに緊張するのか、やけに多弁なりんごを制して勇登は言う。


「確かに、乳パラダイスで彼女に会うことは簡単なことではない。だが、あえてその苦難を乗り越えることで、俺たちの持っている力、信念を彼女に見せつけることができるはずだ。俺はそう思っている」

「それはそうかもだけど、あんたはどうするのよ? あそこは『乳聖石』っていう、巨乳派の母乳から作り出した結晶――それから造られた聖像があって、その結界で外の世界から守られているのよ。

 ヴァイスを持たない人は入り口なんて見つけられないし、立ち入ることなんて絶対できないわよ」

「絶対? この世に絶対などない。大抵の場合はな」

「大抵って……何よ? じゃあ、あんたは……」

「ちょうどいい機会だ。お前に教えておこう。俺の秘密を」


 こっちへ来い。と、勇登は通りかかっていた住宅街の公園にある、個室一つしかない小さな公衆トイレへ足を向けた。


 が、戸惑った様子で後についてきていたりんごは、その手前でつと足を止める。


「ちょ、ちょっと待ってよ。どこに行くの?」

「俺が男でありながら乳パラダイスに入ることができる、その理由を知りたくないのか?知りたくないのなら、別に俺はそれでも構わないが」

「な、何よ。あんた、あたしを試してるの?」


 りんごは怯えるような目でこちらを見上げてくる。しかし、試す気など全くないので、知りたいのか知りたくないのか、その答えだけを待ってじっとその視線と向き合っていると、


「いいわよ、解ったわよ。その中に入れば、教えてくれるんでしょ?」


 苦々しい顔をしながらもそう頷いたので、勇登は周りに人がいないうちに素早くりんごを個室へ連れ込んだ。


 それから、公衆トイレ特有のアンモニア臭立ちこめるその狭い空間で、躊躇なく上着のパーカーを脱いで上半身を裸にする。


「なっ!?」


 と声を漏らして見開かれたりんごの視線が、勇登の胸に留まる。そこには、今りんごが身に着けている物と全く同じ物、エアパイツ強化装置がある。


 叫ぶのをどうにか堪えたという様子で口を押さえながら壁にピタリと背をつけたりんごが、まさにりんごのように顔を真っ赤にして目をつり上げながら、その小さな拳を構えた。


「冗談なら冗談って言いなさいよ……。あたし、今ならきっと正当防衛であんたをぶん殴ってやれるから」

「待て。俺は別に変質者などではない。エアパイツ強化装置ではなく、これを見ろ」


 と勇登は冷静に語りかけ、自らの乳首を指差す。りんごはそれへ目を向けて、しかしすぐに目を逸らしてオドオドと言う。


「そ、それがなんなのよ……?」

「男にも乳首はあるんだ」

「そんなことくらい知ってるわよ。わ、わざわざ見せんな、そんなもん」

「男にも乳首はある。つまりだ、男であっても微弱ながらも乳気――ヴァイスは持っているんだ。

 よって、ヴァイスを体外へと出やすくさせるエアパイツ強化装置を身につけていれば、男でも結界を誤魔化して乳パラダイスに入ることが可能となる――はずだ。

 まあ試したことはないが、弱小ながらエアパイツを持てるほどのヴァイスは持てているのだから、心配はないだろう」

「エアパイツを? あんた、エアパイツ持ってるの?」


 寝耳に水の顔で食いついてくるりんごに、勇登はその掌にエアパイツを――黄金の輝きを放つ、二つの球体を出現して見せてやる。


「え? な、何よ、これ?」

「これはゴールデンボ――」

「ちょ、ちょっとやめてよ。これってセクハラよ、セクハラ!」

「何を言っている? これは、『ゴールデンボム』。つまり爆弾のエアパイツだ」

「ボ、ボム? 爆弾? その……ただのボールじゃなくて?」

「ああ。任意の時間に爆発させられる、リモコン爆弾のようなものだ。と言っても、一度も使ったことはないのだが……お前も『エルガー』を持った時、それをどう使えばいいか、瞬時に解っただろう?

 俺もそれと同じで、解ったんだ。これは『爆弾』なのだと」

「爆弾……。でも、待ってよ。あんた、言ったわよね? 『エアパイツは意志の象徴だ。もしそれが破壊されれば、もはや立っていることもできない』って。なのに、あんたはそれを爆発させて平気なの?」

「……おそらく、平気では済まないだろう。というか、これは俺の勘なのだが、俺が人生で使える『ゴールデンボム』は、この二発だけのような気がするんだ。いや、違う。おそらくこの二発を爆発させてしまえば、俺の命は……」

「そ……そう。なんか解らないけど、あたしもそんな気がするわ」


 なぜかりんごはまた顔を赤くしながら目を泳がす。あまり『ゴールデンボム』を見たくないらしいりんごの視界からそれを消しつつ、勇登はドアの荷物かけに引っかけていた上着を取って身につけ、


「まあ、こういうわけだ。だから、俺もおそらく乳パラダイスに入ることができる」

「でも、これってよく考えたら、めちゃくちゃヤバくない? 男がエアパイツを持って、しかも乳パラダイスに入れるなんて、前代未聞よ、大事件じゃない」

「組織が腐敗し迷走するとこうなるという、いい見本かもしれないな」


 ドアの隙間からそっと外の様子を窺い、ひと気がないことを確認してから、勇登は秋の清涼な空気の中へと出る。


「あんた……ホントにこれから御山さんに会うつもりなのね」


 小走りで隣に並んだりんごが、早くも沈みかける夕陽に目を細めながら囁く。


「ああ。ちなみに俺の調べによると、彼女は他人と群れることを嫌い、与えられた私室で一人きりで過ごしていることが多いらしい。

 よって、つまり俺たちのファースト・ミッションは、騒ぎを起こすことなくそこへ辿り着くことだ」

「あたしは乳パラダイスには、『おっぱい検定』の時の一回だけしか行ったことがないけど……あそこ、いつでも割と人がいるらしいわよ。警備員だって何人もいるし……ホントにそんなことできるの?」

「できるかできないか、ではない。やらねばならないんだ。……がしかし、俺が乳パラダイスに入るのは今日が生まれて初めてで、解らないことも山ほどある。

 だから、乳パラダイスの中ではお前に道案内を頼むかもしれないが、いいだろうか?」

「それは構わないけど、まずそこに入れるのかが一番の問題よ。

 結界の入り口を通った先にはちゃんとした門があって、そこには門番が――警備の人がいるわ。そこはあたしにはどうにもできないわよ。あたしみたいな貧乳じゃ顔パスなんてできないし」

「門番の存在は知っている。だが、そこに関してはなんの問題もない。りんご、俺の顔を見てみろ」


 と、勇登は足を止めて、じっとりんごの顔を見下ろす。りんごは猫のような目をパチパチさせながらこちらを見上げ、怪訝そうにちょっと首を傾げる。


「何よ?」

「どうだ」

「だから、何が?」

「女の子に見えなくもないだろう」

「は?」

「俺の親によると、俺は昔はよく、『女の子のように可愛い』と言われたそうだ。だから、まあ今でも女の子に見えなくもないはずよ」

「キモいからやめて」


本能的嫌悪感でも覚えたようにりんごはその顔を歪めるが、おそらくそれは、こちらが男であるということを既に解り切っているからだろう。


「まあ、任せろ。俺を信じて、ついてきてくれ」

「ホントに……あんたのその自信って、どこから湧いてきてんの?」


 溜息混じりにりんごは言い、次第に紺色に染まり始めた空に向かって囁いたのだった。


「まあ、自信がなくてフラフラされるよりはずっとマシなんだけどさ」


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