乳(にゅう)パラダイスへ。その1
ピンポンピンポンピンポンピンポン!
と、唐突に部屋の呼び鈴が連打された。
紫色のパーカーとジーンズというラフな服装にちょうど着替えたところだった勇登は、借金取りでも来たようなその呼び鈴の音に思わずギョッとしたが、扉の覗き穴から外を見ると、そこには一人のか弱き少女がセーラー服姿で立っているだけであった。
「来たか」
扉を開けて、りんごを部屋の中へ通そうとするが、なぜかりんごはその場から一歩も足を動かさない。アパート前の狭い路地に腕組みして立ったまま、アイスピックのように鋭い眼差しでこちらを凝視し続けている。
「どうした?」
「別に」
拗ねたように言って、りんごはようやく中へ入ってくる。玄関を入り、キッチンのある短い廊下の突き当たりにある扉を開いてリビングへ入るなり、勇登は尋ねる。
「りんご。エアパイツ強化装置はちゃんと着けてきたか?」
「え? 着けてきてないけど……今日も着けるの?」
「ああ。でも、どうしてわざわざ脱いだんだ? 今朝、お前は純を相手にエアパイツを出していただろう。ということは、エアパイツ強化装置を着けて学校に来ていたんじゃないのか?」
「あんた……あれ、見てたの?」
「当然だ。お前に何かがあっては困るからな」
「……そう。でも、今は着けてないわよ。当たり前だけど、あれからすぐ普通のに着け替えたから」
「そうか。なら……」
勇登はクローゼットを開き、そこに置いておいたボストンバッグからエアパイツ強化装置を取り出して、りんごに手渡す。
「これを使ってくれ。お前のために、いくらでも用意してある」
りんごのことだから、『どうしてこんな大量に持ってんのよ。バカじゃないの?』と、人をゴミのような目で見てくるに違いないのだろうと思っていた。
だが予想に反して、りんごはやけに大人しく勇登の手からエアパイツ強化装置を受け取ると、じっと真剣な顔で勇登の目を覗き込むのだった。
「『もう一人の女神に会いに行く』って……あんた、言ってたわよね?」
「ああ」
「これを着けるってことは、あたしはその人と戦わなきゃいけないの?」
「彼女の性格からして、そうなる可能性は極めて考えにくい。だが、念のためだ。計画は常にあらゆる可能性を想定しなければならない」
「それはそうなんだろうけど……ねえ、『彼女』って、誰なのよ? あんたは、あたしが女神だって――」
「まあ、落ち着け。説明は目的地へ向かいながらする。だから、まずはそれを装備するんだ」
「……解ったわよ。でも、覗くんじゃないわよ」
自分以外に女神がいるということが気にくわないのか、りんごは不機嫌も露わに冷め切った目で勇登を睨む。
が、こちらにはさらさら覗くつもりなどない。ああ、と勇登が苦笑しながら頷くと、りんごはあまりの美しさゆえに病的にも見えるその瞳をギロリとさせ、
「『ああ』じゃないでしょ。早く出て行きなさいよ」
「なぜだ。お前が着替え終われば、一緒に出ていく」
「覗く気満々ってこと?」
「『覗く』とは、陰から密かにそれを見ることだろう。俺はただここから見ているだけだ。それは覗きとは言わないはず――」
「さっさと出てけ! このド変態!」
襟首を掴まれ、まるで相撲取りに投げられたような勢いで勇登は部屋の外へと追い出された。しかしこの美しさと強さこそ、勇登が見込んだりんごの魅力なのだった。