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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
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VSシエロ。その4(りんご視点)

 気づくと、胸に熱い炎が宿っていた。戦いたい。ぶん殴りたい。そんな言葉さえ口から出そうになるのをどうにか抑えつつ、りんごはシエロを見定める。


「ねぇ、あんた、殴られたくなかったら、さっさとここから消えたほうがいいよ。たぶん今ならあたし、あんたのことマジでぶん殴っちゃうから……」

「何を言うかと思えば、貧乳のクセに生意気なことを」


 シエロは肩をすくめて、ナイフ――『ファレーナ』というらしい彼女のエアパイツを、その大きな胸の前に据えるようにして構える。


「いいでしょう。相手になってあげますよ。乳安の闇を担うこの私の手で、あなたを死の世界へいざなって差し上げます」

「『乳安の闇』? 何それ? 自分でそんなこと言うなんて、バッカみたい。あんた、あんまり頭はよくなさそうね」

「貴様、貧乳の分際で……! あまり調子に乗ると――」

「全く、いつまでベラベラ喋る気なのよ」


 と、ほとんどテレポートしたような速度で、りんごはシエロの右側面に立っていた。シエロは目を見開いてこちらを向くが、逃がさない、りんごは既に腰だめに据えていた右の拳を、真下からファレーナへ叩き込んだ。


 瞬間、パリン! と硝子細工が割れるような繊細な音を立てながら、ファレーナは光の粒となって空中へ砕け散り、消える。


「バ、バカなっ……!」


 続けざまにもう一撃、左の拳をシエロの顔面へ叩き込もうと構えたが、


「もういい! 充分だ、りんご!」


という勇登の叫びを聞き、さらにシエロの膝から既に力が抜けていることに気づき、その拳を止めて退く。


「エアパイツは意志の象徴だ。もしそれが破壊されれば、それだけで最早立っていることもできない。だから、もう充分だ」


 こちらの肩に手を置きながら、勇登が隣に並ぶ。


 膝を折って土に手をつき、だらりとうなだれたシエロのショートヘアが、川面を流れてくるそよ風に揺れる。そんなシエロの姿を見て心なしか罪悪感を抱いていると、唐突、鉄橋の上からよく通る女性の声が響いた。


江口(えぐち)、もういいです。帰りなさい」

「い、委員、長……?」


 シエロは虚ろな目をしながら、その目を上へと向ける。その視線の先には、黒塗りの車の脇に立ってこちらを見下ろしている、グレーのレディーススーツ姿の女性がいた。


 スーツもシャツも、全てのボタンが弾け飛びそうなほど大きな胸と腹を誇らしげに張りながら、厳然とした眼差しでシエロを見下ろしているその女性を見て、勇登はどこかぎこちなく微笑む。


「これは驚いた……。乳安の委員長が、なぜこんな所へ?」


りんごも、その顔はよく知っていた。乳安の委員長としても、親友の母としても。


りんごはその鋭い拳を握り締め、自らの倒すべき敵を睨み上げるが、乳安委員会の委員長――須芹勝美すぜり かつみの眼中に、りんごなど入ってはいなかった。


 優美なパーマがかけられたその長い髪をきらきらと風に揺らしながら、勝美はパッと仮面を着け変えて艶然と勇登に微笑みける。


「あらあら。あなたは副委員長の息子さんではありませんか。

 江口の持っているGPSがやけに慌ただしく動いていたから暇潰しに来てみたのだけど、来て正解だったようですわね。まさか副委員長のご家族にご迷惑をおかけしていたなんて……」

「委員長……? 私は、あなたの許可を得て――」

「黙りなさい」


 勝美が、その右手を軽く握りながらこちらへ向けた。直後、速すぎて見ることもできない何かがシエロ――江口が地面についている両手の間へ突き刺さり、微かに砂塵を巻き上げた。


――え? 何?


 呆然とし、りんごは傍らの勇登を見る。が、勇登は唇を引き絞って、恐怖の色さえ見て取れるような厳しい眼差しでただ委員長を見上げていた。


そんな勇登の表情を見て悦に浸るように、委員長はその手を下ろしながら、にやりと真っ赤な唇を歪める。


 と、その傲慢な微笑を目にした瞬間、りんごの胸でまだ燃え続けていた炎が、バッと爆発するように再び燃えさかった。りんごは橋上の委員長を指差して声を上げる。


「ちょっと、あんた! 偉そうに人を見下してんじゃないわよ! そんな余裕な顔してられんのも、今のうちよ! あたしはあんたに決闘を申し込むわ! あたしがあんたを倒して、この世界を全部変えてやるんだから!」

「お、おい、りんご!」


 と、勇登が情けなくオロオロとりんごの指を下げさせるが、


「決闘? そうですか」


 委員長はその丸い顔に柔和な笑みを広げる。


「よろしいですよ。その申し出、受けて差し上げましょう。では、いつに致しましょう?」

「え?」


 ――あれ? ひょっとしてあたし、なんかバカなことしてない?


 そう気づき、血の気が引くとはかくのごとく、エアパイツもすぅっと跡形も残らず消えてしまうほどりんごは慄然とするが、もう手遅れである。


「ちょ、ちょっと待ってください、委員長。りんごは今始めてエアパイツを出したばかりで――」

「あなたは男性です。副委員長のご家族とは言え、男性はこの件になんの関係もありませんわ。なので、少々お静かにしていていただけません?」


 と、勝美は勇登を斬り捨て、


「決闘は申し込みの日から一週間以内に行われねばなりません。あなたも色々準備が必要でしょうし、その猶予を最大に使った一週間後としましょう。それで構いませんわよね?

 時間は、そうですわねぇ……。職務時間後の、午後六時としましょうか。では、その時を楽しみにしていますね、新原さん」


 まくし立てるようにそう言い、背後に止まっている車のほうへと振り向いたが、忘れ物をしたというようにこちらを振り向き、


「江口、あなたには明日から別の部署で仕事をしてもらうよう、私が直々に手配しておきます。総務から連絡があるまで、自宅で休んでいなさい」

「そ、そんな……」


江口は縋るように委員長へ手を伸ばすが、委員長はさっさと車に乗り込み、どこかへと去っていってしまった。


 すると、まるで鬼から身を隠すようにどこかに潜んでいた乳安調査官二人が河川敷の坂の上から下りてきて、江口に駆け寄った。


「……俺たちも行こう」


それを見た勇登が、重く溜息をついてから、沈痛な面持ちで身を翻す。あまりの申し訳なさから、りんごはただ肩を窄めてそれに続くことしかできない。しかしそれにしても、


「あたし、なんであんなこと言っちゃったんだろう……?」


 自分で自分が不思議で、思わず首を捻る。


 住宅街の路地を歩きつつ、エアパイツが消えて元通りになっている自らの手を見下ろしていると、勇登が通りかかった自販機の前で足を止め、そこで購入したスポーツドリンクのペットボトルを、


「いや、お前は悪くないさ」


と、半ば押しつけるようにこちらへ手渡し、再び歩き出す。


「エアパイツを使うと、ヴァイスで全身が包まれる影響で身体能力が爆発的に向上する上に、その精神状態も攻撃的になってしまうんだ。それをちゃんと説明しておかなかった俺が悪い」

「そ、そんな、あんたは――勇登は別に……!」

「いや、お前が謝る必要はない。むしろ感謝したいくらいだ。お前は何より俺を助けるために戻ってきてくれたんだし、それに、こんなにも早く委員長との決闘を取りつけてくれた。

 一週間……確かに短いかもしれないが、充分な時間だ。一週間あれば、おそらく問題ないだろう」

「でも、さっきの委員長のエアパイツ……あれ、なんなの? あたし、何も見えなかったんだけど、あんなのにホントに勝てるの?」

「勝てるか勝てないかじゃない。勝たなきゃいけないんだ」

「でも、どうやって……?」

「まあ、そう焦るな。今日はとりあえず、家に帰ってゆっくり休むんだ。疲労は美容にとって最大の敵だ。敵に打ち勝つには、まずはしっかり休まなければならない」


 勇登はそう言って、自分を家まで送り届けてくれたが、ゆっくり休めるはずなどないのだった。


突如、手に入れてしまったエアパイツ、一週間後に開かれる乳安委員会委員長との決闘……。


 なぜこんなことに? とさえ思ってしまうような様々の不安が頭で渦巻き、りんごは一人きりの家でじっと毛布にくるまった。


 だが、どうにも目が冴えて眠れないのは、ただ単純に不安のせいばかりではないような気もしていたのだった……。

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