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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
1/61

決意の朝。

「貧乳派? 巨乳派? なんだよ、それ? なんの冗談だ?」


 と、富士岡勇登(ふじおか ゆうと)は狼狽える。


「冗談なんかじゃないよ」


 放課後の教室。ドラマチックなほど赤く澄んだ夕焼け空が広がる窓の前に立ちながら、少女は寂しげに微笑む。肩に少しかかるほどの黒髪を揺らすそよ風に呼ばれたように窓の外へと顔を向け、その平らかな胸に手を当てる。


「だから、ごめんね。告白をしてくれたのは嬉しいけど……わたしじゃ、ダメなんだよ。わたしなんて……欠陥品なんだから」

「欠陥品? バカなこと言わないでくれ。巨乳だとか、貧乳だとか、そんなのがなんだって言うんだよ! 胸の大きさなんて、どうだっていいじゃないか!」


 じゃあ、と、少女はつとこちらを向き、怖いほど真っ直ぐな、人形のような瞳で勇登を見据えた。


「あなたはわたしを守ってくれるの? わたしのために、命を懸けて戦ってくれるの?」

「命を……懸けて?」


その物々しい言葉にギクリとして、勇登は思わず息を呑んだ。すると、少女は勇登の動揺を見て取ったように、悲しい笑みを浮かべながら再び夕空へ顔を向け、


「そうだよね。やっぱり、どうせみんな口だけなの。だから、もう……いや。もう、生きていてもしょうがない……」


 そよ風に消え入るような声で、少女は囁いた。そして、まるでただ机の上に腰かけるかのように淡々と、どこか気怠げにさえ見える動きで窓枠に腰かけると、こちらへ一瞥をくれることもなく、その細身を宙へと投げ出したのだった。


「っ!」


 勇登は息を呑みながら、その手を懸命に伸ばす。


 が、そこにあるのは、ただの白い天井である。


 真上へと伸ばした右腕には、カーテンの隙間から差し入った朝陽が、刀の切り口のようにスッパリと横切っている。


 マラソンを終えた直後のように上がった息に深く溜息を混ぜながら、勇登はその右腕を自らの額に載せた。


 ――何度見ても慣れないな、この夢は……。


 だが、よりにもよって今日という日の朝にこの夢を見るとは。いや、今日だからこそこの夢を見たのだろう。今日は、自分にとって待ちに待った日――運命が動き出す日と言っても過言ではないのだから。


 勇登は額の汗を拭いベッドを抜け出すと、シャツとジャージ姿のまま部屋を出る。階段を下りてキッチンへ行くと、そこには既に母――優子(ゆうこ)の姿があった。


 穏やかに波打った長い髪は綺麗に整えられ、グレーのスーツをピシリと着こなした姿で和風朝食の並べられたテーブルに着き、楚々と味噌汁を啜っている。


「おはよう、勇登」

「……おはようございます」


 挨拶を交わしつつ、自らのぶんも既に用意されている朝食の席に腰を下ろし、それに箸をつける。と、優子が食べ終えて空になった食器を重ねてから、こちらを見た。


「ついに今日からね」

「……そうですね」

「『女神派計画』……。あなたの悲願が成就してくれることを、私も願っているわよ」

「ありがとうございます。協力してもらえて、とても感謝しています」


優子は食器を持って流し台へ向かい、そこに置いてあったポットからティーカップへとコーヒーを注ぐ。二人ぶんのカップを持ってテーブルへ戻ってくると、


「感謝している……。それはこちらの台詞よ、勇登」


その一つを勇登の前へ置き、再び椅子へ腰かける。


「乳安委員会は、もう取り返しのつかないほど機能不全に陥ってしまっている。ずいぶん短いものだったけれど……巨乳派の時代にも終わりが来てしまったのよ」

「……はい」

「だから、私は潔く身を退き、これからは一人の母として、あなたの応援をするわ。乳安委員会の副委員長である私は、本来ならばその職責としてあなたのクーデターを引き止めなければならない。

 だから、そうしなくても済むように、私は今日からひと月ほどドイツへ出張に行ってくるわ」

「今日から行くんですか? 明日という話ではありませんでしたか?」

「少しでも早いほうがいいと思って、そうしてもらったの。息子のお荷物にはなりたくないから」


 コーヒーカップから立ち上る湯気の向こうで、優子は優しく微笑む。勇登はそれに微笑を返しつつ朝食を掻き込み、優子の淹れてくれたコーヒーには口をつけないまま、ごちそうさまとキッチンを後にした。


 ――ついに今日から始まる、俺の計画が。


 武者震いする手にグッと力を込め、その手を胸の前で解く。と、そこにはゴルフボール大の金色の球体が出現している。その手をもう一度握り締めると、その球体は勇登の掌の中へと魔法のように姿を消した。


――必ず、世界を変えてみせる。


「……いや、それは違うか」


 着古したシャツとジャージ。寝癖のついた頭に、気分はすっかり目覚めているというのに眠たげな目。そんな、洗面台の鏡に映る気の抜けた自分の姿と向き合って、勇登は思わず苦笑した。


――世界を変えるのは俺ではなく、女神だ。自分の役目は……そうだ。


「女神を……必ず守り抜いてみせる」


 それが俺の仕事だ。勇登は自らの言葉を、静かに、深く噛み締めたのだった。

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