受難の終わり
そして、今一度気付くと、俺達は元の世界に戻っていた。
周囲を見回すと、そこはアルクスの街から少し離れた場所のようであった。
「……戻ってきたのか?」
「うん。戻したからね」
ギョッとして目を遣ると、そこにはウェスタが何事もなかったかのように立っていた。
「なんだい? 僕がいてがっくりしたかい?」
「……ははっ。いや。そんなことはないよ」
いつものように悪戯っぽい笑顔でそう言うウェスタ。
「二人共!」
と、そこへイリアの声も聞こえて来た。イリアも、先程と変わらずに俺達の前に姿を表した。
「イリア……その……色々とすまなかった」
俺は思わず頭を下げてしまった。
「え……あ、ああ。もういいんだ。顔をあげてくれ。ニトがいてくれれば、私はそれでいい」
俺はゆっくりと顔を上げる。イリアは本気でそう言ってくれているようだった。俺は救われた気分になってしまう。
「……僕は謝らないからね」
と、ウェスタはまるで不機嫌な子供のようにそう言った。
イリアと俺は思わず顔を見合わせてしまう。
「あー……えっと。女神ウェスタ。貴女は私達を作ってくれた存在だ。感謝することはあれど……貴女のことを恨むことはない」
イリアは心底そう思っているようで、その緑色の美しい瞳でそう言った。
ウェスタはチラリとイリアのことを見る。そして、大きくため息をつく。
「やれやれ……イリア。そんなに純粋だとまた騙されたり、酷い目に逢うよ? 例えば、君の隣にいるその人。案外、君のことを騙そうと考えているかもしれないからね」
「え……そ、そうなのか? ニト」
不安げな顔でそう言うイリア。今度は俺が思わず大きくため息を付いてしまった。
「……ウェスタ。お前なぁ……」
俺がそう言うと、嬉しそうにウェスタは笑う。そして、その後でフッと真面目な顔になって俺とイリアを見る。
「……本当に、いいんだね? 僕は神様をやめるだけで……この世界から、消えなくてもいいんだね?」
ウェスタは不安そうにそう訊ねて来た。
その表情を見れば、彼女は今まで、ずっと寂しい思いをしてきたというイリアの主張は、間違ってはいなかったのだと確信することができた。
「……俺には何も言う資格はない。イリア、お前がどう思うかだ」
俺はそう言ってイリアのことを見る。イリアは答えなどわかりきっていると言わんばかりに、自信に満ちた表情でウェスタを見た。
「ああ。女神ウェスタ。我々は貴女を歓迎する。共に来てくれ」
イリアがそう言うと、ウェスタは安堵した様子で微笑んだ。
「……あ。でも、もう女神じゃないから……ウェスタ、でいいよ」
少し恥ずかしそうにしながら、ウェスタはそう言ったのだった。
「あ! ちょっと待って! やめる前に1つだけ! イリア……僕、女神ウェスタは、創造神の名を持って、君を聖女として認める……よし。ほら。ニト君もやって」
と、いきなり振られたので俺は慌ててしまう。
イリアもキョトンとして俺とイリアを交互に見ている。
「え、えっと……創造神ニトとして、俺はイリアを聖女として認める……え? これ、やる意味あるの?」
「けじめだよ。けじめ。これでイリアは聖女だ。とりあえず……これからどうするの?」
ウェスタは困り顔でイリアを見る。
「あー……とりあえず、アムリウスの街に戻るか」
イリアのその提案に、俺とウェスタは同時に頷いた。
しかし、とにもかくにも、こうして、聖女イリアの受難の旅は、2人の神の認定を以て、終わりを告げたのであった。