嫉妬の最期
「良かった……ニト……」
「イリア……苦しいから離してくれ」
「あ……す、すまない」
イリアは恥ずかしそうに俺から離れた。
俺は今一度剣を差したはずの腹を見てみる。
傷どころか、剣さえそもそもそこには見当たらなかった。まるで俺が剣を差したという事実さえなくなってしまったかのように。
「お、おお……聖女様だ」
と、近くにいた老人が1人、イリアを見てそう言った。
「ああ……見たぞ。今のはまさしく奇跡の業だ」
そして、いつのまにか大勢の人がイリアの周りに集まり、跪いている。
「え……いや、私は……」
「違います! その人は聖女ではありません!」
と、イリアが困っていると、タルペイアの声が聞こえて来た。
見ると、タルペイアは、先程までイリアが縛られていた場所に、松明を持って立っている。
「お……おい! タルペイア! お前……」
「ふふふ……聖女というのは、神に自らを差し出すこともできる人のことを言うのです……神の供物になることを拒んだ聖女イリアは聖女ではありません!」
そう言うとタルペイアは俺を見てニンマリと微笑む。それは、聖女の表情とは思えないほどに邪悪な笑顔だった。
「創造神ニト……私は、ニトの聖女として、自らの身をアナタに捧げます! どうか、お受け取り下さい!」
そう言うと、タルペイアは手に持っていた松明をそのまま、自分の周りに置かれていた干し草に投げた。
「あ……ああ……」
イリアが呆然として声を漏らす。
火はあっという間に広がり、タルペイアは炎に包まれる。
「ふふふ……見ていますか! 女神ウェスタ! 私は聖女になりました! 私こそが聖女なのです! 貴女の見立ては間違っていた! 私が……聖女なのです!」
狂ったようにそう言いながら、タルペイアは炎に包まれた。そして、その声もいつしか炎に焼かれて聞こえなくなってしまった。
「やれやれ。そんなにも聖女になりたかったのか。見苦しいねぇ」
と、俺の隣からウェスタの声が聞こえて来た。
「……ウェスタ」
「やぁ。良かったねぇ。死ななくて。なにせ、これからイリアが本物の聖女になる瞬間が見られるんだ。それを見ないで死ぬなんてもったいないからね」
「……お前、わかっているのか?」
俺は思わず訊ねてしまった。しかし、ウェスタはキョトンとした顔で俺を見る。
「ん? 何を?」
「タルペイアは……お前の気まぐれであんなになったんだぞ……それなのに、負い目を感じないのか?」
「負い目を感じる? 神様である僕が? 冗談よしてよ……さて、皆が驚いている間に他の場所に移動しようか」
そういってウェスタはパチンと指を鳴らしたのだった。