神の選択 5
「がはっ!?」
痛い……ものすごく痛い。
想像していたよりもずっと痛かった。痛すぎて他のことが考えられない。
俺はそのまま座り込む。周りの人間が驚いているのがわかる。
「なっ……何をしているんですか……」
さすがのタルペイアも動揺しているようだった。俺はニヤリと微笑んでやった。
「……お前は聖女なんだろ……だったら、この大勢の人間がいる前で、俺の事、助けてくれよ」
そう言われてタルペイアは周りを見る。確かに周りにはタルペイアの信者も多いだろう。しかし、それ以上に騒ぎを聞きつけてやってきた大勢の街の人達がいた。
タルペイアは困り顔で周囲を見回す。
「……できないのか?」
俺がそう言うとタルペイアは悔しそうに唇を噛む。
「……だったら、イリアにやらせてくれ」
「……え?」
タルペイアは信じられないという顔で俺を見る。俺は木に縛り付けられたままのイリアを見る。
「……イリアなら、きっと、俺を助けられる」
「は……ははっ……何を言っているんですか……聖女イリアにはそのようなこと……」
「いいから! イリアにやらせろ!」
俺が叫ぶと、タルペイアはビクッと反応して周りの男たちを見る。
男たちは慌ててイリアを束縛から開放する。
イリアは気絶しているらしく、目を瞑ったままだった。
「おい! イリア!」
俺が叫ぶと、イリアは瞼を反応させた。そして、ゆっくりと目を開ける。
「ん……あ、あれ? ニト……な、なんでそれは!?」
イリアは目を丸くして俺を見る。
「へ……へへへ……怪我、しちゃったんだよ……」
イリアは慌てて俺の近くへ駆け寄ってくる。
「な、なんでこんな……今すぐ医者を呼んでこないと……」
俺はそう言うイリアの手を強く握る。イリアの白い手に紅い血が付く。
「いや……いいんだ……お前に直してもらいたい……」
「な……何を言っているんだ!? 私にはそんなことは……」
俺はさらに強くイリアの手を握る。
「……できなくてもいい。ただ……俺のために祈ってくれ」
俺はそう言うと、イリアは泣きそうになりながら頷いた。
正直、ここで死んでしまうのは構わなかった。転生した人間がさらに死んでしまうとどうなるかわからなかったが……
イリアはタルペイアにランタンを持ってくるように言う。しばらくすると、男たちがランタンを持ってきた。
イリアは俺の近くにランタンを置くと、俺の手を握った。
「ニト……しっかりしろ。女神ウェスタは決してお前を死なせたりしない」
「あ、あはは……そうだな。アイツなら、なんとかできるかもしれないな」
段々と痛みが強くなってきた。イリアは不安そうな顔で俺を見る。
「な、なぁ、ニト……お、お前が死んだら私はどうすればいいんだ?」
「……はは。何言ってんだ……これで巡礼地は終わりだ……後はアムリウスの街に戻って、聖女としての認定を受ける……それでお前の受難は終わりなんだろう?」
「そうじゃない! お前がいなくなったら……私はまた1人じゃないか!」
イリアは目の端に涙を貯めてそう言った。
その時、俺は初めて気がついた。
イリアは、俺を必要としてくれている。いや、イリアにはまだ俺が必要なのだ。
もし、俺が神ならば……この聖女の巡礼を最後まで見届けるのは義務なんじゃないのか?
まだウェスタが何をしようとしているのかはっきりとしていない部分がある……だとすれば、俺はまだイリアに付いていなければいけない。
「……そうか。そうだよな……俺は、まだ、イリアと……生きたい……」
「ああ! そうだろう!? だから、死ぬな!」
イリアがそう言ったその時だった。いきなり、ランタンのガラスが割れた。
そして、中から勢い良く炎が吹き出したのだ。
俺は意識が飛びそうになりながらも、確かに見た。
ランタンの炎は俺の体を包んだ。
熱くは……なかった。それこそ、体全体が癒やされているような感覚……それが俺の身体全体に行き渡っていく。
「やれやれ……まだ君には死んでもらっちゃ困るんだよね」
耳元でそんな声が聞こえた後だった。
「……あれ?」
痛みは収まっていた。俺は辺りを見回す。目の前にはイリアだけが涙でグチャグチャになった顔で俺を見ていた。
「……ニト?」
「あ……イリア。なんか……大丈夫みたいだ」
俺がそう言うと、イリアは俺に思いっきり抱きついてきた。