嫉妬する聖女 8
「選ばれなかった……聖女?」
俺が聞き返すと、タルペイアは貼り付けたような笑顔のままでニッコリと微笑む。
「ええ。私は元々、ウェスタ教の信者でした。無垢なる私は、聖女として選定され、女神の聖女になるべく、教会の教えに従っていました」
タルペイアは遠い昔を思い出すかのように目を細めている。
「しかし……それは突然のことでした。女神は私を……裏切ったのです」
タルペイアは振り返ってウェスタの事を見る。その瞳はまさしく怒りに燃えていた。
「裏切った……どういうことだ?」
「簡単です。私には女神の声が聞こえなくなりました……女神の声が聞こえなくなった聖女は教会にとっては不要な存在……私はまるでいらなくなったモノのように捨てられました」
「なっ……お前……ウェスタ!」
俺は思わずウェスタを怒鳴ってしまった。しかし、ウェスタは例のごとく全く悪びれる様子もない。それどころか、ヘラヘラと笑っている。
「いやぁ……裏切るつもりはなかったんだよ。ただ……ねぇ? そんな簡単に聖女を選んじゃうのも、どうなのかなぁ、って」
そういってウェスタは俺のことを見る。その紅い瞳は、まるで俺を飲み込もうとするかのように、どこか危険な色に思えた。
「大体、こんな世界にしたのはニト君の注文あってこそのことだ。だから、責任を全部僕に押し付けないでほしいな」
「なっ……お前……タルペイアを聖女にしなかったのはなぜだ?」
「言ったじゃないか。簡単に聖女を選んじゃ面白くないって。それに……イリアのように幸せに聖女になれる存在とは反対の存在を作ってみたかったんだよね」
ウェスタは心底本気でそう言っているようだった。それでいて、まったく悪びれている様子はない。
「つまり……私は神の気まぐれで聖女になれなかった……そういうわけですね」
「なっ……おい、ウェスタ! お前……そんな奴になんで今更……」
俺がまたしても怒り気味に訊ねると、ウェスタはニッコリと微笑む。
「う~ん……まぁ、聖女になれなかった存在としてそこらへんで野垂れ死んじゃうかなぁ、って思ったんだけど、案外タルペイアは根性があったんだよね」
「ええ。それはもちろん、悔しかったからです。意味もわからず聖女として選定され、意味もわからず捨てられる……そんなの許せませんでした」
そういってタルペイアは俺のことを見る。その表情にはタルペイア自身の深い悔しさがにじみ出ていた。
「ですから私は……自分の力で聖女になろうと思いました。幸いたどり着いた街の人々は純粋で……騙しやすい存在でした。ですから私は何人かを味方につけ、聖女になることに成功しました」
「何人かを味方……じゃあ、やはりあの信者たちは……」
「ええ、もちろん、怪我が治ったといった信者はすべて、私の配下のものです」
タルペイアもウェスタと同じだった。まるで自分がやっていたことを悪いと思っていないようだった。
しかし、実際タルペイアにとっては、そうでもしなければこの世界では生きていけなかったのだろう。
だとすればそんな存在を生み出したのは……
「こんな世界を創りだしたニト君のせい……だね」
耳元でウェスタは嬉しそうにつぶやいた。俺はキッとウェスタを見返す。
「うるさい! ウェスタ! お前は……!」
「怒っているの? フフッ。なんでだい? 僕は君の言う通りにしただろう?」
「ふ……ふざけるな! 俺はこんな……」
……ダメだ。ウェスタなんかと関わっていてもロクなことはない。
タルペイアの正体は分かった。こんな所にいても何も進まない。
「……おい、タルペイア。イリアは大聖堂にいるんだよな? 俺達はさっさとこんな街を出る。イリアの所へ案内しろ!」
「創造神ニト。残念ですが、それはできません」
「はぁ? なんでだ?」
すると、タルペイアはニンマリと邪悪な笑みを浮かべる。
「この街に……いえ、この世界に聖女は2人必要ありません。聖女イリアには、この街で殉教して頂きます」