嫉妬する聖女 6
タルペイアはそう言って大聖堂から外に出た。
「あ! 聖女様だ!」
しばらく歩いていると、道行く母親に連れられた小さな少女が、タルペイアを指さして叫ぶ。
タルペイアは笑顔で少女に手を振る。母親もう笑顔でタルペイアを見た。
「……素晴らしい。聖女として皆に尊敬されているのだな」
イリアは完全にタルペイアを聖女として尊敬してしまっているらしく、本気で羨ましそうに言った。
「ええ。街の人は皆、私のことを聖女として慕ってくれます。名実ともに、私は自分のことを聖女だと思っています」
「それに加えて奇跡を起こせる……タルペイア殿。貴女は一体神に何を祈ったのだ?」
イリアは興味津々でタルペイアに訊ねる。タルペイアは少し考えるような素振りを見せてから、ニッコリと微笑む。
「人々を救済したい……それだけです」
イリアは何も言えず、なんだか少し悲しそうに俯いてしまった。
おそらく、巡礼の旅を始めたばかりのイリアならば、こんな風に落ち込んだりしなかっただろう……だが、旅がイリアを変えた。
人の役に立ちたい。自分で人々に手を差し伸べたい……イリアはそんなことを考えるようになったのだ。
だから、イリアにとってタルペイアは今現在、理想の聖女であると同時に、自分にはできないことができる、羨ましい存在なのである。
それからもタルペイアは街のいたるところで歓迎された。老若男女、街の全住民がタルペイアのことを知っており、聖女として認識しているようだった。
「……なんだか、恥ずかしいな」
一通り街を見て、大聖堂へ戻る道中、イリアは俺にだけ聞こえるように小さな声で言った。
「え……なんだよ、急に」
「……私は自分のことを聖女と言ってきたが……全然違う。タルペイア殿のような人こそ、真の聖女なのだ」
イリアは自嘲気味にそう言った。俺は、イリアが完全に自信をなくしてしまったかのように見えて少し不安になった。
そして、思わずタルペイアに訊ねる。
「なぁ、タルペイア。お前は、ずっとこの街にいるのか?」
俺がそう訊ねると、タルペイアは不思議そうな顔で俺のことを見る。
「ええ。私はこの街の聖女です。この街を出たことはありません」
「聖女ならば、この世界全体のことを考えて行動する……そういうものじゃないのか?」
俺の言葉にイリアは反応したようだった。
確かにタルペイアは立派だ。しかし、俺はどうにも信じ切れない。
何より、間抜けでおっちょこちょいであっても、あんなにも巡礼の旅で苦しんできたイリアの方が、俺にはよっぽど聖女にはふさわしく思えたのだ。
「……我らが創造神ニト。それは思い上がりです。私はこの街の住民全員も救えないのに、世界全体を救うのは思い上がりだと思います」
タルペイアは少し不機嫌そうな顔で俺にそう言った。
「じゃあ、何か? お前はこの街の住民だけが救われればいいと思うのか? 俺の知っている聖女は世界全体の救済のために巡礼の旅をしているぞ?」
「お、おい、ニト……」
イリアの制止も構わずに、俺はタルペイアにはっきりとそう言った。すると、タルペイアはニヤリと口の端を釣り上げて微笑む。
「なるほど。では、創造神ニト。この世界のことについて、ゆっくりとお話致しましょう」
すると、タルペイアがパチンと指を鳴らす。たちまち、どこからともなく、大勢の男たちが現れた。
「もちろん、私と貴方だけです。聖女イリアには牢獄に戻ってもらいます」
「なっ……イリア……」
イリアの方を見るとイリアは苦笑いしながら俺の方を見る。
「私なら大丈夫だ。タルペイア殿とゆっくり話してくるといい」
そういってイリアは男たちに連れて行かれてしまった。残されたのは俺とタルペイアだけである。
「さて……やっと二人きり……いえ、三人になれましたね、創造神ニト」
「三人? どういうことだ?」
「僕も含めて三人、ってことだよ」
と、俺の隣にはいつのまにか、白髪黒衣の小さな女神が邪悪な笑顔で立っていたのだった。