嫉妬する聖女 4
そのまま何も言わずに俺とイリアはただタルペイアの後を付いて行った。
すると、今度は大きく開けた場所がその先に見えてきた。
そして、それが出口だとわかると、俺とイリアは外に出ることができた。
見ると、そこは……かつてイリアがいた街、つまりアムリウスの街にあったのと同じ大聖堂……エンピレオ大聖堂とほぼ同じような作りの大聖堂の中心部に出たようだった。
「な、なんだここは……」
イリアは驚愕していた。ほぼ同じ……というか、全く一緒なのだ。
ここはニト教が主流の地域のはず……それなのに、一体これはどういうことなのか?
「驚きましたか? ここがアルクスの街のタティウス大聖堂……ワタクシの家であり、我らが主、ニトの家なのです」
タルペイアはそういって中心部の祭壇に向かっていく。すると、大聖堂の長椅子にはそれぞれ、少なくない人々が座っているのが見えた。
「タルペイア様! どうか我等に救いを!」
1人が大聖堂に響く大きな声でそう言った。
「救い? タルペイア……彼女が救いを?」
イリアは不審そうな顔でそう言う。確かに、今までの流れだと……ウェスタ教の教義では救いは神から与えられるものであったはずだ。
それならば、タルペイアは一体何をしようとしているのだろうか?
祭壇に立ったタルペイアは優しく微笑んで、大聖堂の中の人々を眺める。
「さぁ……皆様。私が救いを差し上げます。順番に1人ずつ、私の前に来てください」
タルペイアがそう言うと、人々は一斉にタルペイアの前に集まってきた。
「……何が始まるんだ?」
イリアは不思議そうな顔で群集が集まっている中心部を見ている。
すると、群衆の1人がタルペイアの近くに歩み寄ってきた。
それはかなり高齢そうな老人であり、右足を引きずって歩いている。
「聖女様……どうか、この足を治してくださいませ」
そして、ゆっくりとタルペイアの前に跪き、老人はひれ伏す。
その老人に対して、タルペイアは笑みを向ける。
「大丈夫です。創造神ニトの加護によって、アナタには癒やしが与えられます」
そういってタルペイアは優しく老人の肩に触る。
「……お、おお! 痛くない! 痛くないぞ!」
と、次の瞬間何が起こったのか、老人は今までとは打って変わって軽快に歩き出した。
それを見てイリアだけでなく、多くの群衆が驚きの声をあげた。
そして、涙を流しながら老人はタルペイアにひれ伏す。
「ありがとうございます! さすがニトの聖女様!」
「ふふっ……いいえ。これはアナタの行いが良かったからです。アナタの行いが創造神ニトに認められたのですよ」
そう言うと、タルペイアは壇上に達、群衆に向かって叫ぶ。
「皆さん! 創造神ニトのご加護はあまねく与えられます! それは皆さんの行いが全てなのです! さぁ! 創造神ニトへの感謝を現し、健やかな生活を送りましょう!」
すると、今まで大聖堂の端に控えていた男たちが群集の中に入っていく。その手には袋が握られており、群衆はその袋の中に金を入れていく。
「……なるほど。そういうことね」
これはさすがの世間知らずの俺でも分かった。
というか、むしろ、引きこもりニート生活が役に立った瞬間だった。
こういう悪徳な行いが俺が転生する前の世界でも存在したことは、ネット上の知識で能く知っている。
「み、見たか、ニト!? 彼女は私より聖女らしい聖女のようだな……!」
しかし、純粋な人たち……つまり、イリアのような純粋な人たちはそれに簡単に騙されてしまうようだった。
「あー……イリア。アイツは聖女じゃないかもしれないぞ?」
「何を言っているんだ? あの老人の足を一瞬で治したんだぞ? 私にもああいう力があれば……」
本気で悔しそうにそう言うイリア。どうにもこの世界は……神とその信仰心によって、かなり歪んでしまったようである。
それから後もタルペイアは、懇願する人たちの悩める悩みを一瞬にして解決していった。
しかし、どうにも俺には最初からそんな悩みはなく、悩みがあるフリをしているようにしか見えなかった。
「うう……同じ聖女として恥ずかしい思いだ……」
もっとも、純粋なイリアは完全にタルペイアを聖女と思っていた。
この方法なら聖女としてこの街で権威を持つことは確かに簡単だ……俺はしみじみとそう思ったのだった。