嫉妬する聖女 3
「……え? ちょ……アンタ、今なんて?」
俺は思わず鉄格子から身を乗り出し、銀髪の女性に近づこうとしてしまう。
「ふふっ。申し上げたとおりですわ。ワタクシはニトの聖女タルペイアと申します」
「ニトの聖女……貴女が?」
信じられないという様子でイリアはそう訊ねる。
「はい。そうです。ウェスタの聖女」
「そ、そうか……随分と……聖女らしいのだな」
「ありがとうございます」
イリアはなんだか少し自信を無くしてしまったようだった。確かに、タルペイアと名乗った聖女はいかにも聖女といった感じでとても神秘的に見えた。
「創造神様は、ワタクシのこと、ご存知ですよね?」
「え? 俺? いや、知らないけど……」
なぜかタルペイアは俺に訊ねてくる。すると、タルペイアはフフッとおかしそうに笑った。
「フフッ。創造神であるあなたが私の存在を知らないというのは、なんとも可笑しな話ですね」
なぜか嬉しそうにそう言うニトの聖女……タルペイア。
タルペイアは目を細めて俺とイリアを交互に見る。
「先程は失礼な真似を致しました。街の人達には、ウェスタの聖女が来たら速やかに確保するようお伝えしておいたのです」
「え……アンタが?」
「ええ。さぁ、今開放してあげますね」
そう言ってタルペイアは懐から鍵を取り出し、鉄格子の鍵穴に差し込む。カチャリと音が立って扉が開いた。
「さぁ。ワタクシに付いてきて下さい。お話したいことがありますから」
そういって銀髪の聖女は歩き出した。俺とイリアは思わず顔を見合わせる。
「……どうすればいいのだ?」
不安そうにそういうイリア。
「……アイツについていくしか無いだろ」
俺も不安だったが、ここで俺まで動揺してはイリアが可哀想である。
そして、俺達はタルペイアの後に付いて行くことにしたのだった。
「で、ニトの聖女ってのは何をするんだ?」
牢獄を出ると、長い廊下につながっていた。
俺とイリアは、タルペイアのあとをしばらく黙って付いて行っていたがあまりにも長いので俺は思わず話しかけてしまった。
「それは、もちろん聖女としての仕事です。人々を癒やし、神への道を示すのが聖女の行いです」
タルペイアは後ろに振り返らずにそう言った。
「……癒やし、ねぇ」
なんだか少し胡散臭いセリフに俺は思えてしまった。イリアでさえ癒やしなどということはできないのに、そんなことができるものかと疑問に思えてしまったのである。
「はい。ウェスタの聖女は違うのですか?」
今度はタルペイアは振り返ってイリアを見る。見られたイリアは不安そうに俺を見てから、今一度タルペイアを見る。
「わ、私は……人々に正しい神の道を指し示すために巡礼の旅をしている。癒やしとかそういうのは……ない」
「なるほど。ウェスタの聖女は人々を癒やさないのですか」
言いよどむイリアに対して、タルペイアはまるで剣を刺すかのようにそう言った。イリアもその言葉に少し動揺したようで在る。
「癒やし……そ、そういうわけではない。ただ、私は――」
「高尚な神の教えを説くだけでは人々を救うことはできません。神の声を聞き、人々を導くことこそ、聖女の務めなのではないのですか?」
タルペイアは責めるようにイリアにそういう。イリアは困り顔でタルペイアから顔を逸らした。
すると、タルペイアはわざとらしく大きくため息をつく。
「残念です。同じ聖女でありながら、ここまで意識に差があるなんて……イリアさん。そして、我が神ニト様。ワタクシの聖女としての立場、この後お見せします」
そういって今一度タルペイアは歩き出した。俺は横目でチラリとイリアを見る。まるで口喧嘩に負けた子供のように、悲しそうに俯いている。
どうやらタルペイアは口が立つタイプのようであるが……どうにも胡散臭く感じるのである。
何より、どうしてコイツは俺が創造神であることを知っている? それに神の声を聞くって言っていたが……
「……お前のせいだよな。ウェスタ」
俺がそうつぶやくと、どこからともなく、無邪気に笑う少女の声が聞こえて来たのだった。




