嫉妬する聖女 2
それからしばらくしてアルクスの街は見えてきた。
大きな街……俺が異世界転生してから見た街で一番大きな街であった。
「……大きいな」
「ああ……アムリウスの街と同じだ」
「え? ああ、お前が旅立った街か?」
俺がそう聞くと、イリアは小さく頷く。
「ここに……ニトの聖女がいるはずだ。どんな人物かは知らないが……聖女というのだからおそらく私と同じように高潔な人物だろう」
イリアが自信満々にそういうのを見て、俺は思わず笑ってしまった。
「なっ! に、ニト! 笑うな!」
「あ、ああ。そうだな。イリアと同じようなやつだったら俺も安心だよ」
実際、そうだった。今までイリアの改宗対象とされてきた人物達は……あまりにもイリアとかけ離れていた。
だから、イリアと同じような境遇で、イリアと同じような人物だったならば……イリアの改宗も成功するのではないかと思ったのだ。
というか、イリアが辛い思いをしなければいい……まるでそれは娘を思うような父親のような感覚……なんだろうと俺は勝手に思っていた。
「さて……さっそく聖女を探すとするか」
そう言って、イリアは近くを歩いていた町人らしい男に話しかけた。
「ああ、すまない。ちょっと聞きたいのだが」
「あ? なんだよ?」
「私はウェスタの聖女だ。この街にニトの聖女がいると聞いてやってきた。面会することは可能だろうか?」
イリアがそう言うと、男はジッとイリアを見ていた。
「……ウェスタの聖女だぞ! ここだ!」
と、次の瞬間、いきなり大声で男は叫んだ。
そして、瞬時に、今までどこにいたのかわからなかったが、いきなり大勢の町民たちが俺とイリアを取り囲んだのだった。
「あ……え、えっと……」
イリアは既に困惑していた。
どうやら……またしてもとんでもない所にやってきてしまったようであった。
「……で、これからどうするんだよ」
俺はイリアに少し強い口調で訊ねる。イリアは何も言わず悲しそうに俺のことを見ていた。
アルクスの街にやってきたと思ったら、大勢の町民に取り囲まれ、そのまま俺とイリアは取り押さえられた。
そして、現在――
「……なんで牢屋にいるんだろうな」
俺は思わず、大きくため息をついてしまった。
目の前には鉄格子、そして、辺りはほぼ暗闇であり、なんとかイリアがいる場所がわかる程度である。
さすがに俺も予想外だった。今までの街でも、確かにイリアは危険な目に遭いそうな場面はいくつか遭った。
しかし、街についた途端に取り囲まれて牢屋にブチ込まれるというのは、ちょっと予想できない状況だった。
「……クソっ。一体なにがどうなっているんだか」
「……すまない。私のせいだ」
イリアは小さな声で俺にそう言ってきた。いきなりそう言ってきた。意外な言葉に俺は驚く。
「え……なんでお前が謝るんだ?」
「その……あまりにも不用心だった。私のせいで……」
「え……いやいや。別にお前のせいじゃないだろ。ウェスタの聖女だからって牢屋に打ち込まれるとは思いもしなかったし……」
イリアはそれでも悲しそうに俯いてしまった。出鼻をくじかれる……のはイリアの巡礼の旅ではいつものことだが、さすがに今回はひどすぎる展開である。
「……しかし、牢屋にブチこまれるのはいいとして、放って置かれるのはなぁ……」
俺がそんなことをつぶやいた其の時だった。
ちょうど、どこかの扉が開くような音が聞こえて来た。
そして、誰かの足音がこちらに近づいてくるのがわかる。
俺は直感的に、ウェスタではないかと感じた。この状況を見かねてウェスタが助けに来たのではないか、と。
だが、同時に、ウェスタがそう都合よく俺達を助けに来てくれるのかも疑問であった。
俺は警戒しながら暗闇を睨む。
足音はどんどんと近づいてくる。そして、人影が見えてきた。
「だ……誰だ?」
と、人影は鉄格子の前で立ち止まった。
薄暗い中ではあったが、その人物ははっきりと見ることができた。
銀色の髪に、青い海のような瞳……全くの別人であるのに、なぜだか俺はイリアと似ていると感じてしまった。
そして何より、修道服を着たシスターのような姿――それこそ、イリアよりも聖女という感じの佇まいである――の人物が俺達の前に顕れたのだ。
銀髪の女性はニッコリと微笑み、俺とイリアを見た。
「はじめまして。ウェスタの聖女イリア。そして……我らが主、創造神ニト様」
「……え?」
思わず名前を呼ばれて、俺は間抜けに声を漏らしてしまったのだった。




