憤怒の騎士 9
ウェスタと別れてから、俺はイリアが眠っているであろう場所ヘ戻ってきた。
「あれ?」
と、驚いたことにイリアは目を覚ましていた。近くの石の上に座って煌々と燃え上がるランタンを見ながらジッとしている。
「なんだ。起きたのか?」
「……すまない。眠ってしまっていた」
少し恥ずかしそうにイリアは俺に謝る。
「ああ、いや、別に構わないさ……それよりイリア。ちょっと聞きたいんだが……いいか?」
俺がそう言うと、イリアは不思議そうに俺を見る。
「なんだ? 聞きたいことって」
「あー……その、こんな昔話知っているか? 昔ある国の王様が……自分の妃をウェスタ教に差し出した、って話」
俺がそう言うとイリアは少し悩むように唸っていたが、少しすると、何かを思い出したかのように頷いた。
「それは……聖女イリアの話を言っているのか?」
「え……? 聖女イリアって……」
俺がそう訊ねるとイリアは頷いた。
「ああ、私の名前の元になった聖女の名前だ。聖女イリアは、元々はウェスタ教の信者ではなかった。しかし、自ら進んでウェスタの教えを受け、天に召されたのだ」
「天に召された? それって死んだってことか?」
「死んだのではない。殉教だ。聖女イリアはウェスタの女神のために殉教したのだ」
殉教……先程ウェスタが言っていたこととは少し異なっている。
ウェスタの話の流れからすると、妃は王のために仕方なくウェスタ教にその身を捧げた……そう考えるのが普通だ。
「……なぁ、イリア。聖女イリアはどういう人物だったんだ?」
「何? そうだなぁ……聖女イリアは元々ある国の女王だった。しかし、王は背徳者であったため、女王という立場を捨てて、ウェスタ教に従った。しかし、聖女は背徳者である王の妻であった自身を恥じて、ウェスタの女神にその身を捧げた……詳しく話せば聖女イリアの話の背景にはこういった事情が存在している」
「はぁ? な、なんだその鬱展開は……それがウェスタ教では良い話ってされているのか?」
「ああ。私自身も聖女イリアのことは素晴らしい聖女だと思っているし、自分の名前にも誇りを持っている……なんだ。ニト、お前、何か知っているのか?」
イリアは怪訝そうな顔で俺を見る。
しかし、考えてみれば、もしここで、ウェスタが言ったことをイリアに話しても、果たして信じてもらえるのだろうか……
それは、イリアが今まで信じてきた自分の名前の元にもなっている聖女の逸話を破壊することになるのではないか……
俺は少し悩んでからイリアに顔を向ける。
「イリア……お前、巡礼の旅を完遂したいか?」
「え? あ、ああ。もちろんだ。それが私の使命だからな」
イリアははっきりとそう言った。そう言ったのだ。
おそらく、あの鎧騎士の怒りを治めることが出来るのは……イリアしかいない。
そして、それを行うためには、イリアが真実を知る必要がある。
だからこそ、俺はイリアの気持ちの確認をしたのだった。




