怠惰の森 11
「……ウェスタ。お前……」
白髪黒衣の女神は、困り顔で俺のことを見ていた。
「はぁ……ようやく出てこれたようだね。結構掛かったね。君の元いた世界で言えば、ざっと三ヶ月はあの穴の中で過ごしていたんだよ? まったく……」
三ヶ月……そんな長い時間、俺はあの穴にいたのか……
……って、そんなことは今は問題ではない。
「っていうか、お前……今までどこにいたんだよ!」
俺が思わずそう怒鳴ると、ウェスタは面倒くさそうに顔をしかめる。
「そんなに怒鳴らないでよ……ずっと近くにいたよ。姿は見えないようにしていたけど」
「近くって……じゃあ、俺とイリアのことをずっと見てたのか?」
「うん。しかし、ニト君も飽きないねぇ。さっさとイリアのことなんて放って、あの穴から出てくることもできただろうに」
呆れ顔でそういうウェスタ。
「……イリアを見捨てて出てくればよかった……お前はそう言っているのか?」
「まぁ、そうだね。でも、可笑しな事は言ってないだろう? 僕は言ったじゃないか。イリア1人に固執する必要はないんだ、って」
ウェスタは信じられない程冷酷にそういう。俺はさすがにウェスタに対して怒りが湧いてきた。
「……お前、自分が何言っているのかわかっているのか。イリアはあのままじゃ死ぬ所だったんだぞ?」
「うん。わかっているって。でも、それはイリアの選択だ。僕やニト君が気にすることじゃないんだって。はぁ……三ヶ月もあの暗い穴の中にいれば、少しは僕と似た考え方をできるようになったと思ったけど、期待はずれだったね」
なぜか不満そうにそう言うウェスタ。やっぱりコイツはどこかズレているというか……おかしい。そして、コイツがとんでもなく冷淡に言葉を発する時、俺は心の底から恐怖を感じるのだった。
「……とにかく、イリアを元気にしてくれ。このままじゃ……」
「元気にしてくれ? いいじゃないか。このまま死んでしまっても、これは彼女の運命なんだ」
「……ウェスタ。頼む」
俺がそう言うと、ウェスタは苦々しい顔で俺のことを見る。そして、わざとらしく大きくため息をついた。
「ニト君の頼みなら断れないか……ほら。これ」
そういってウェスタは俺に一切れのパンと、紫色の液体が入ったコップを差し出してきた。
「え……なにこれ?」
「言っただろう。イリアを元気にしてくれって。これを飲ませてから、これを食べさせればイリアは穴に入る前の健康状態に元に戻るよ」
そう言われて俺はそのままコップを地面に横にしたイリアの口元に持っていく。
「ほら。イリア。飲め」
コップの縁を口に当てると、イリアは少しずつだが、その紫色の液体を飲み始めた……かと思った時だった。
「ゲホッ!? な、なんだこれは!?」
と、イリアはいきなり飛び起きてから、咳き込みながら口の中に入った液体をそのまま吐き出した。
「え……お、おいおい。大丈夫かよ」
「ゲホッ……あ? 何だ、お前か……あれ。ここは?」
「ああ。いや俺達は外に出られたんだよ。なぁ、ウェスタ……あれ? ウェスタ?」
と、俺が振り返った時には、既にウェスタの姿はそこにはなかった。