怠惰の森 9
それからまたしても時間は流れた。
俺がかつて過ごしていた時間……それと似たような無為で、空虚な時間。
それが、俺とイリアがいるだけの空間でずっと流れていた。
イリアはしばらくは動かないでいたが、しばらくすると、横になってしまった。
横になったイリアは、それでも動こうとしなかった。
このままだと間違いなくイリアは死んでしまう……俺はそう確信していた。
それでも、俺は何もしなかった。何もできなかった。
イリアに対し、俺は何かをする資格なんてない……そう思えてならなかったのだ。
彼女が死を望んでいるのだとしたら、それを邪魔することなんて俺にはそんな資格はない……そう思えてならなかったのだ。
ウェスタが言っていた「神とは観察者」という言葉の意味がなんとなくわかってきた。
ランタンの炎は相変らず煌々と燃えている。
そして、それから少し経ったくらいのことだった。
「……なぁ」
蚊がなくような小さな声が聞こえて来た。俺にはそれがイリアの声であるとはっきりとわかった。
俺はゆっくりと立ち上がってイリアの元に向かう。
「どうした?」
イリアの表情は酷く悲しそうで、綺麗な緑色の目は既に暗く濁っていた。
「……私、死ぬのかな」
俺は何も言えなかった。イリア自身も、それはわかっているはずだった。
「……私……ずっと、1人だったんだ」
そういってイリアは、目だけを俺の方に向ける。
「……いつも神祇官様には……女神様が近くにいらっしゃると……教えられてきた……でも……女神様の存在なんて感じられなかった……だから、私は、自分が1人だと思っていた……」
そう言ってイリアは悲しそうに微笑んだ。そのほほ笑みが俺の胸をギュッと締め付ける。
「……でも……お前はずっとここにいてくれた……嬉しかった……初めて、私の近くに誰かがいてくれて……」
イリアは苦しそうにしながらも、微笑む。
俺はただ、その苦しそうなイリアを見ていることしかできなかった。
「でも……俺は、何もお前にしてないぞ……」
「……何もしなくてよかった。ただ、いてくれるだけでよかった……そうか……わかった。私自身も……」
そういってイリアは目を閉じた。俺は間違いなくイリアが死んだと思った。
……嫌だ。死んでほしくない。
俺はその時、明確にイリアに死んでほしくないと願ったのだった。