怠惰の森 4
木の穴の中は、まるで洞窟のように奥へとつながっていた。
しかし、木の根元にできた穴なのに、これほど奥深くまで続いているというのは少し変だと思うが……まぁ、それもこの穴が危険な場所であることに関係しているのだろう。
「イリアは、孤児だったんだ」
と、ふいにウェスタは歩きながらそう言った。
「……え? なんだって?」
俺は思わずウェスタに尋ね返す。
「イリアは孤児だった。戦災孤児さ。それはかつてニト教とウェスタ教の戦争によって多く産み落とされた戦災孤児……イリアは親の顔も知らない。赤ん坊の頃に、大聖堂の前に捨てられていたんだ」
「え……そ、そうなのか……」
「ああ。それで、小さい頃からずっと、神祇官を親同然の存在として敬ってきた。世俗的な世界と一切断絶され、ひらすらウェスタ教の教義を教えこまれた……なぜ、そんなことをするかわかるかい?」
ウェスタは悲しそうな顔で俺を見てきた。俺は首を横にふる。
「聖女を作るためさ。ウェスタの教義では、穢れを知らない少女の中から聖女は生まれてくるとされている……だから、神祇官もイリアを聖女にするために俗世との関係を絶ち、ひたすら教義を教えこんだ。結果として世間知らずの聖女様ができた、ってわけだ」
「……え。ちょっと待てよ。聖女って……できるものなのか?」
俺が訊ねるとウェスタはフッと悲しそうに微笑む。
「まさか。最初から魔法を使える者……つまり、神の声を聞ける存在は限られている。いくら聖女としての訓練を受けたものでも、聖女になれないなんてことはザラさ」
「え……じゃあ、神の声を聞くことができなかったら……どうするんだ?」
「……簡単さ。捨てるのさ。教会だって出来損ないの聖女を養う程慈悲に溢れていない。捨てて新しい聖女として覚醒しそうな存在を探す……それだけさ」
「なっ……なんだよ、それ……」
さすがに俺も憤りを覚えてしまった。
聖女になれなかった存在は捨てるだって? 何も悪いことはしていないのに、どうしてそんなことをするんだ。あまりにも理不尽過ぎる。
「理不尽に思うかい? でも、それがこの世界なんだ。僕とニト君が作った世界……その現状さ」
「ふざけるなよ……そんな世界、いますぐ変えたほうがいいに決まっているじゃないか。なぁ、俺達は神だろ? 世界なんて簡単に変えられるんじゃないのか?」
「無理だよ」
と、ウェスタは即座に答えた。その言葉の抑揚はゾッとする程感情を感じさせないものだった。
「僕達は神だ。神は世界を創る……でも、世界を変えるのは人間さ。神は創った後は、世界を観察するだけの存在なのさ」
なんとも納得できなかったが、こうまでピシャリと言われてしまうと、俺には何も言えなかった。
なんだかイリアが急に可哀想に思えてきた。俺が適当にウェスタに作成を頼んだためにこんな世界に産み落とされて……
「……ウェスタ。さっさとイリアを探そう」
俺がそう言うとウェスタは小さく頷き、また、暗闇の中を歩き出した。