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最果ての神々

「……はぁ。暇だなぁ」


 その日も、平和な日だった。


 その場所には、誰も訪ねて来ないし、誰にも会うこともない。


 ただ、何もない殺風景な所に建てた小さな小屋の外に出て、少し歩いて、それで終わり。


 老人のような生活……というのはまさにこういうものなのだろうと、俺は考えていた。


「もー、ニト君! 暇だからって暇だって言わないの。ますます暇だって実感されちゃうでしょ」


 ウェスタは不機嫌そうにそう言った。俺は面倒くさそうにウェスタのことを見る。


「……悪かったな。しかし……こう500年以上何もないと暇すぎてなぁ」


「500年じゃないよ。300年! まだ300年しか経ってないって」


 ウェスタはますます不機嫌そうにそう言う。


 300年……長かった。


 異世界転生して、神的な存在になってから既に300年経ったらしい。


 数字だけで聞くと気が狂うような長い時間だが、実感的にはつい一週間くらい前のことのように思える。


「……ま、そんなもんだよな」


「そんなもんだよ。まぁ、誰も来ないのは確かに暇だけどね」


 ウェスタも苦笑いする。俺はふと窓の外を見る。


「……イリアはどうなったのかな」


 既に何度となくつぶやいたその疑問。ウェスタが悲しそうに顔をうつむかせた。


 300年……もちろん、イリアは人間だった。神的な存在ではなかった。


 この異世界でも寿命がくれば普通に天に召される……ウェスタが神とやめたとはいえ、それは変わらないようだった。


「さぁね。最後にイリアがこの場所を出て行ったのは290年前……聖女イリアの教えはウェスタ教にどれほど影響を与えたのか、与えていないのか……僕にはわからないよ」


「頼りがないのは元気な証拠……っていうけどな。ま、200年以上経っちまうと、どんな世界になっているかわからないけどな」


 俺はそういって、ちらりと机の上に広げてある日記を見る。


 10年以上……俺とウェスタ、イリアの旅を記した日記……既に古書のような風体のそれをたまに読み返す……それだけがここ100年の俺の唯一の楽しみだった。


「……さて、何もしなくても明日は来るんだ。さぁ、寝よう」


「寝る? 寝る必要もないのに?」


「そうだよ。少しは人間的な生活をしないと。どんどん人間場馴れしちゃうからね。こうやって小さな小屋に僕と一緒に暮らすのも、人間的な存在から離れないようにするためでしょ?」


 ウェスタはそう言って満足そうだ。それは微妙に違う。


 この元神様は……ものすごく寂しがり屋だったのだ。この100年でわかった。


 少し俺が小屋からいなくなっても、必死の形相で追いかけてくるのである。


 コイツが俺を恨んでいたのも、おそらく俺が3年以上、物語の世界を放っておいたせいだろう……と今になって俺は考えたりする。


「どうしたの、ニト君?」


「いや、なんでもない……ん? おい、ちょっと待て」


 俺は思わず窓の外に食い入るように見つめてしまった。


「なんだい? 何かあったのかい?」


 ウェスタも同様にそうする。


「あ」


 ウェスタが声を漏らした。視線の先にあったのは……灯りだった。


 まるでランタンのような灯り……いや、ランタンの灯りにしか、それは見えなかった。


 俺は思わず立ち上がる。ウェスタも同様だった。


 そして、小屋の外に俺とウェスタは同時に出た。


「あぁ……」


 そこに立っていたのは、奇妙ないでたちの少女だった。


 上半身は鉄製の胸当てを装備しており、重装備なのかと思うと、下半身はロングスカートと、アンバラスな具合……


「イリア……」


 俺がそう名前を呼ぶと、少女も嬉しそうに頬を緩める。


「……最果ての神々……ですね?」


 しかし、声はあのイリアの声ではなかった。もう少し高い……可愛げの在る声だった。


「え? 最果ての……神々?」


 ウェスタが不思議そうな顔でそう訊ねる。


「はい! ああ、申し遅れました! 私はイリア……聖女見習いです」


「聖女見習い? え……ウェスタの聖女じゃなくて?」


 俺がそう訊ねると、イリアと名乗った少女は不思議そうな顔をする。


「ウェスタ……ああ。それは100年前の呼称ですね。今はウェスタ教はありません」


「はぁ? な、ない!? じゃあ……誰も僕……じゃなくて、女神ウェスタを崇めていないのかい?」


 ウェスタがあり得ないという顔でそう訊ねる。しかし、少女は困り顔で笑う。


「いいえ。イリア教の主神は女神ウェスタと、創造神ニトです」


 それを聞いて俺は思わずウェスタを見る。ウェスタも同様に俺を見ていた。


 そして、それから思わず微笑んでしまった。


「イリアの奴……やったんだな」


「はい? なんですか?」


 と、少女が不思議そうな顔で俺を見る。


「ああ、ごめん。で、君はここまで一体何しに来たわけ?」


 俺が訊ねると、少女はようやく本題には入れたというような顔をする。


「イリア教の聖女見習いは自らをイリアと称し、巡礼の旅をする……長い間巡礼の旅は行なわてきましたが、ここまで来たのは……もしかして私が初めてですか?」


 少女がそう聞いてきたので、俺とウェスタは同時に頷いた。


 すると、少女は嬉しそうに微笑んだ。


「やった! 最高の栄誉です! 最果ての神々のお二人にお会いすることができた聖女見習いは、世界の全てを知ることが出来ると聞きました! お二人はこの世界の全てを知っているんですよね?」


 そう聞かれて、俺とウェスタは顔を見合わせる。


「うーん……全部は知らないかな」


 と、ウェスタが悪戯っぽい顔でそう言う。すると、少女は不安そうな顔になる。


「え……そうなんですか?」


「まぁね。でも、もっと良い話は知っているよね?」


 そういってウェスタは俺を見る。俺も思わず少女に微笑んでしまった。



「ああ。教えるよ。この世界にかつて存在した……聖女の受難と7つの巡礼のための旅……そして、この世界のこれまでの観察日記の話を、ね」

これで『聖女の受難と7つの巡礼 ~神様に転生した僕の異世界観察日記』は終わりです。


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!

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