転生庁に入るために
町の中心部にあるドーム状の建物。
転生庁の庁舎として使われているその建物の中は壁から床、机やイスなど家具に至るまですべてのモノが白に統一されている。
女神も白い服に着替えているため、この空間の中では巫女服の赤がやけに目立っていることであろう。
「いやー無事に入れてよかったですね」
「いや、本当にあんなことしてよかったんですか?」
「大丈夫ですよ。ウソは言っていないんで」
その廊下を歩く間……もとい、転生庁の建物に入ってから結構時間が経っているのだが、今のところ片手で数えられるほどしか他の人(神)に会っていない。
いくら歩いても、真っ白な無機質な廊下が続くだけだ。
そんな状態であるせいか、ボクは横にいる女神にしきりに話しかけながら歩いている。
あまりにも無機質なこの空間の中ではそうしていないと自分の存在がわからなくなってしまうようなそんな気がしていたからだ。
さて、まずはボクが転生庁の無機質な廊下をこうして歩けている理由から話さなければならないだろう。
話は約二時間前。ボクと女神、椚の三人が町についたところまでさかのぼる。
*
女神の家の前を通るバスの終点で降りた三人はいまだに転生庁へいかにして入るかということを考えながら歩いていた。
女神はあぁでもないこーでもないとブツブツと言いながら歩いていて、椚は眠そうに大きくあくびをする。
ボクはと言えば、バス停から転生庁への道を覚えようと必死に町並みを見ていた。
そうなると、実質的に転生庁への入り方を考えているのは女神だけということになるのかもしれないが、それは気にしない方がいいだろう。
遠くから見て半ばわかっていたことではあるが、転生庁へ近づけば近づくほど建物は大きく、立派になっていく。
時代劇の中に迷い込んだような印象を持っていた町並みを構成する建物は徐々に背を伸ばし、ガラス張りや鉄筋コンクリート製とみられる建物もちらほらと見え始める。
町を歩く人々も統一感のない雑多なものから徐々にスーツなどに統一され始めてきた。
そんな中で歩く三人はある意味異様で浮いている存在だ。
しかし、そのようなことはよくある光景のようで誰も気に留めている様子はない。
「……それでえっと、聞いていますか? というか、絶対聞いてませんよね!」
ついに誰も自分の話を聞いていないということに気づいたらしい女神が声を荒げる。
それと同時に椚が体をびくりと飛び上がらせた。
「きっ聞いてますよ。ねぇレイさん」
「うんうん。聞いてる聞いてる」
女神の迫力に押されるような形でボクと椚はひたすらうなづく。
しかし、それでは納得できないようで女神はさらに詰め寄ってくる。
「それじゃ、私が何の話をしていたか覚えているよね? 何の話してた?」
「えっと、いかにしてレイさんのことを隠しつつ転生庁に入るか。ですよね?」
「違います。やっぱり話を聞いていない」
「はい。すいません」
女神の発言にがっかりとする椚を見ながら、ボクは心の中で“結局、他事を考えていたのかよ!”とツッコミを入れておく。
その一方で女神が何の話をしていたのだろうかと必死に思考を巡らせ始めた。
転生庁の話ではないとすると、ボクの処遇の話だろうか?
必死になって、女神の話の内容とやらを考えてみるがまったくもって思い当たるものがない。
動揺しているのが表に出ていたのか、女神はボクが話を聞いていないということを察したらしく小さくため息をついた。
「まったく、人の話はちゃんと聞くものですよ。私は重要な話をしていたんですから」
「はい」
女神の表情は真剣そのものだ。ということは、相応に真面目な話をしていたのだろう。そう考えると、女神の話を聞かずに他事を考えていたのは随分とまずかったかもしれない。
彼女は今一度、大きくため息をつく。
「いいですか? もう一度だけ言うのでよく聞いてちゃんと意見を言ってください」
彼女の言葉にこたえるようにボクと椚が小さく首を盾に動かした。
「……これはとても重要なことなのですが……」
そこでいったん言葉が切られる。
「今日の夕食。何にしましょうか?」
「はい?」
女神の真剣な表情とその問いの内容のギャップに思わず変な声が出てしまう。それを聞いた女神は真剣な表情を崩して、むっとした表情を浮かべた。
「まさか、あなた。今日の夕食が大切ではないと?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね……えっと、その……」
この状況を打破するにはどうすればいいのだろうか? 素直に夕食のメニューの希望を述べるべきだろうか? はたまた、違う話題を出して話をそらすべきだろうか? 普通に考えれば、夕食のメニューについて話すのが正解なのだろうが、それで白々しくそれを話し始めるというのもどうだろか? ここで話すのは夕食の話が大切か否かということだろう。いや、そもそも何でそんなことを深く考えなければいけないほどの事態に陥っているのだろうか?
そうだ。そもそも、夕食も大切だが、それ以上に大切なことがあったはずだ。
「そうだ。夕食のことも大切ですけれど、転生庁! 結局、ボクはどうやって入ればいいんですか?」
そこが一番重要だ。いや、もしかしたらすでにその話が女神の中で自己完結していて、その上でそういう話をしていたとしたら状況がより悪化するかもしれないが、その時はその時で素直に謝ればいいだろう。
目の前の女神はハッと何かに気づいたような表情を見せて、ボクと椚の顔を交互に見た。
「あぁーそういえば、そうでしたね。どうやってレイちゃんを転生庁の庁舎に入れましょうか?」
どうやら女神も完全に忘れていたようである。といよりも、行程の半分まで来たというのに三人でそれぞれまったく別のことを考えながら歩いていたということになる。
女神は二度ほど視線を宙に送り、ボクと椚の顔を交互に見た後に手をポンをたたく。
「そうだ。そういえば、あの手がありましたね……」
それを言うと同時に女神はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべる。
「何か思いついたんですか?」
ついさっきまで落ち込んでいた椚が目を輝かせながら女神の目の前に回る。
それを見ていると、落ち込んでいたのは演技だったのではないかとすら思えてくるが、さすがにそれはないだろう。残念ながら、断言することはできないが……
女神は小さく二度うなづいく。
「まぁ私に任せておいてください。二人は少し転生庁の入り口で待ってもらうだけでいいので」
女神はそれだけ言うと、転生庁の方へ向けて歩き始める。
椚とボクはいったん顔を見合わせてから彼女において行かれないように半ば走るような形で彼女のあとを追いかけて行く。
前を歩く女神は転生庁につくまでの間、終始どこか含みのあるような笑みを浮かべていた。
*
転生庁についた後、しばらくロビーで待っていると女神からIDカードを渡され、それを使って中に入ることができているのだが、結局彼女が何をしたのかは不明のままだ。
ただ、時間にして一時間程度なのでそれなりに何かをしていたのだろう。
いくら聞いても女神は答えてくれないが、ロビーに戻ってきたとき彼女はかなり疲れた様子だったので相当大変だったのだろうということは想像に難くない。
ボクにわかるのはそれだけだ。彼女にいくら聞いても“知っていい真実と知らない真実がある”などとはぐらかされてしまった。
椚は彼女の様子を見て、何かを察したのか、何も言わずに帰って行ったがボクにはさっぱり理解できない。もしかしたら……いや、ほぼ確実にばれたらまずいような方法を使ったのであろう。
「あの……女神様?」
「なんですか?」
「……本当に大丈夫なんですか?」
ボクが聞くと、女神は呆けたような表情を浮かべる。
「何がですか?」
「ボクですよ。あれだけ色々と言っていましたけれど、本当に大丈夫なんですか?」
「あぁそれなら心配いりませんよ。何の問題もありません」
女神は柔らかい笑みを浮かべてボクの頭にポンと手を置く。
「あなたはただ、私についてくればいいんですよ」
彼女はそう言って頭の上に置いた手を動かして頭をなでる。
「何も心配しないでください。あなたは何も知らなくていい。あなたの死因ももちろんこれに含まれます」
彼女は優しい声でそういった。
横を歩いている女神の横顔はとても柔らかいものなのだが、それがなんだか怖いとすら感じる。
本当に何があったのだろうか? 否、どのような方法を用いたのだろうか?
そもそも、そんな風に知らない方がいいなんて言われる秘密と同列にされる自分の死因というのはなんなのだろうか?
考え始めると疑問が尽きない。それが余計に恐怖を誘っているのかもしれない。
ボクが押し黙ってしまったのを確認すると、女神もまた無言のまま無機質な廊下を進む。
話し声が亡くなってしまったせいか、コツコツという靴が床を叩く音がやけに大きく響いていく。
その状態が約十分続いた後、女神は廊下の突き当たるとなる壁の前で立ち止まった。
「つきました」
彼女がそう言いながら扉に手を触れる。
「えっ? ついたって何も……」
「……ちょっと、静かにしていてください」
女神はボクを黙らせた後に目をつぶる。
「……我は我なり。この扉の開錠を要求する」
彼女がそう声をかけると、手をついた場所を中心に淡い光がひろがり、それが徐々に目の前の壁全体を包んでいく。
「きれい……」
その光景は何とも神秘的で思わず声が漏れてしまった。
無機質だった壁には無数の光の線が走り、扉の形や様々な文字を形成していく。
そのどれもボクが読めるモノではないのだが、すべて大切なものだということだけはすぐに理解できた。
光が壁の端まで到達すると、それは徐々に収束し女神の手の中に戻っていく。
カチャリ。そんな音がして、壁の中の一部……先ほど光で扉の形が形成されていた場所が少し奥の方へ動いた。
「レイちゃん。ちゃんとついてきてくださいね」
女神はそう念を押すと、扉を押して中に入っていく。
ボクは彼女の後についてその扉をくぐり、中へと入って行った。