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額面通りの神様転生  作者: 白波
第一章 ようこそ神界へ
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町へ行くために

 崖から落下して町を歩くことなく女神の家に帰った日の翌朝。

 ボクが目を覚ますと、昨日一日中続いていた痛みが取れていた。


 慎重に体を起こしてみると、やはり体に痛みは走らない。どうやら、昨日のけがは治ったようだ。


 この驚異的な治癒能力も神の力というやつなのだろう。


 布団の横には着替え(ゴスロリ)とともに“これを着て玄関に来てください 女神”という内容の置手紙が置いてある。

 相変わらずというか、服がゴスロリしかないというのはあながち間違いではないのだろう。町へ出たら否が応でも新しい服を買ってもらわなければならない。それも、ボーイッシュなモノが好ましい。もっと言えば男物がいいが、いつまでもそうしているわけにはいかないのでこの体に慣れるためにも男物は避けた方がいいだろう。


 きれいに畳んである服を広げて、寝間着のボタンに手をかける。


 昨日はあのメモのせいですっかりと失念していたのだが、落ち着いて着替えようとすると、何とも恥ずかしいところがある。

 それは昨日とは違って服装的な意味だけではなく、子供の体であるゆえに普段は意識しない体の変化に対するモノが大きい。


 意識しなければそこまで気にならなかったのだが、一度意識してしまえば最後、気になって服を脱ぐことさえままならない。おそらく昨日女神が言った、“本当に着替えてくれるとは思わなかった”という言葉にはそういった意味も含まれていたのだろう。

 そのせいで昨日よりも時間はかかったが、着てしまえば何とかなるモノだ。


 しかし、この調子では風呂に入るのもままならないだろう。それでも体がきれいに保たれているところを見ると、寝ている間に女神が軽く体を拭いてくれているのかもしれない。


 真実は分からないが、そうだとすればかなり恥ずかしい状況だ。


 ボクは頭を思い切り振ってその考えを追い出すと障子を開けて廊下に出る。


 そのまま自分の記憶を頼りに廊下を歩いて玄関へと向かう。


 玄関では、女神が足をパタパタとさせながら待っていて、今か今かと待ちわびた様子だった。


「……おはようございます。ずいぶんとお寝坊さんですね。体の調子はどうですか? まぁそうやって歩いているなら問題ないと思いますけれど」

「おはよう。体は問題なさそうだよ」

「寝坊に関しては言及なしですか。まぁいいでしょう。今度こそ町へ行きましょうか」


 なんだか引っ掛かるような物言いだが、女神は笑顔を崩すことなく立ち上がり靴を履く。


「あぁ心配しないでくださいよ。崖から落としたりはしませんから」

「落としたりって……わざとだったの?」

「さぁ? どうでしょうかね?」


 女神はいたずらっ子のような笑みを浮かべてとぼけてみせる。


 それを見て、ボクは確信した。こいつ、わざとやりやがった。

 その真意は定かではないが、それだけは確かだ。


 女神が浮かべたあの笑顔がすべてを物語っている。

 そうなると、椚にボクを託して、仕事だと言って離れたのも何か意図があるのではないかとすら思えてくる。


 いや、いくら何でもそれは考えすぎだろうか? 仮にそうだとしてもボクと椚をあのような形で引き合わせる意味は見いだせない。

 崖から落としたのはわざとで仕事が入ったというのは本当であるといったところだろう。


「レイちゃん? 早く行きますよー!」

「はいはい! すぐ行くよ!」


 考え事をしていたせいで動きが止まっていた。

 顔を上げると、女神が不満そうな表情を浮かべてこちらを見ている。


「まったく、なにをやっているんですか」

「いや、ちょっと考え事を……」

「考え事ですか? まぁ構いませんが、そういうのは手を止めないでやってくれると助かります」


 女神は文句を言いつつもそれに関しては不満そうな様子はない。

 どちらかといえば、早く出かけたくて仕方がないように見える。


 崖を普通に降りるということを考慮すれば、町までは相応の時間がかかるはずだ。それを踏まえたうえでボクは女神を待たせないように手早く靴を履いて立ち上がる。


「お待たせ」

「はいはーい。それじゃ行きましょうか」


 女神は言いながらボクの手を引いて歩き出す……昨日とは逆方向に


「あれ? 町ってあっちじゃ……」

「あぁそっちから行くと遠回りの上に崖を降りないといけないから。それにこっちからだとバスで行けますし」

「バスあるの?」

「えぇ。昨日、あなたは気づいていなかったかもしれないけれど、帰りも乗ってましたよ?」

「えっ?」


 女神の衝撃的な発言に思わず言葉を失ってしまった。


 バスがあるんだとか、昨日通ったルートは遠回りだったんだとかそれ以前に女神の狙いがわからない。

 ボクがそれを聞こうとすると、女神は立ち止まりこちらを振り向いた。


「そうそう。昨日、遠回りした意味は特にありませんので……べっ別にあなたが空を飛べるようになんて思っていなかったんだからね! ついでにいえば、がけから突き落とし……間違えて落としちゃったのもあなたのためじゃないんだからね!」


 顔を赤らめてこちらを指差しながら女神がそういうものだから、ボクは小さく深呼吸をしてから女神の目をジッと見据えた。


「ツンデレ風に言っても無駄だから。っていうか、やっぱりわざとだったのか!」

「えっ? 私、いつわざとなんて……」

「いや、はっきりと言ったわけじゃないかもしれないけれど、半ばそれを認めるような発言をしているっていう自覚はある?」

「……まったくない」


 自分ですべて暴露してしまったということに関してまったく自覚がない彼女に対して思わずため息をついてしまう。

 ため息をつくとその数だけ幸せが逃げるというが、そうだとすれば女神と出会ってからどれだけの幸せが逃げたのだろうか。


「まぁいいでしょう。さっさと行きましょうか」


 女神は何もなかったかのように笑顔で歩き出す。

 その後、森を抜けた場所にあるバス停に着くまでは10分もかからなかった。




 *




 一日に一往復しかないというバスの車内には女神とボク以外の姿はない。

 バス停に着いた直後にやってきたバスはいわゆるボンネットバスと呼ばれるモノでベージュの車体に赤いラインが入っているといったデザインだ。


 一番後ろの座席に座ったボクはゆっくりと山を下っていくバスの車窓を眺めていた。


 途中でいくつものバス停を通ったがそのいずれかでも誰かが乗る気配はない。


 こんなところを走っていて採算が取れるのだろうかと疑問を持ってしまうのだが、このバスは山奥に住む住民のために運行されているにすぎないのだろう。

 そうでなければ、こんなところにバスを走らせる意味がない。


「レイちゃん。もうすぐトンネルに入りますよ」


 女神がそういった直後、“切通トンネル前です。切通トンネルを徒歩で通行される方はここでお降りが便利です”という放送が車内に入る。

 窓に体をくっつけるようにして前を見てみると、人気のないバス停とそのすぐ先に構える真っ暗なトンネルが見える。乗ってくる乗客の影もなく、ボクも女神も降車ボタンを押していないのでバスは減速することなく、そのままの速度でバス停を通過し、吸い込まれるようにトンネルへ突入した。


 バスの幅ギリギリのトンネル内を照らすのはバスの前照灯と車内の灯りのみでそれ以外の灯りは一切ない。

 それはただ単純にトンネルが長いというわけではなくトンネル内が微妙に曲線になっているので後ろからにの光がすぐに見えなくなったというも大きいのかもしれない。


「このトンネルは町と森の境目となっています。町と森の境界線というのはほとんどが昨日のがけのような状態になっているのですが、このバスが走る道路は緩やかなところを選びに選び抜いて通り、最後に待ち構えているのがこのトンネルというわけです」

「そんなに険しいの?」

「険しいというよりはなんと言いましょうか……あなたの世界でいうテーブルマウンテンみたいなものです。周りは断崖絶壁だけど上は平らみたいな形になっています。要はそこから安全に降りるために谷間をつかって切通を造り、それができないこの部分はトンネルで造ったといったところですよ」


 女神が横で得意気に開設するのを聞きながら、ボクは真っ暗なトンネルの壁へと視線を向ける。

 間にガラスを挟んでいるせいで手前に自分の顔や女神の姿が鏡のように映るのだが、その向こうに見える壁は彼女が言ったとおりだとすればかなりの苦労があったのだろう。


「ねぇそれだけやるってことは山の上にはたくさんの神様が住んでいるの?」

「いえ、今は私だけよ。昔はもっと人がいたんだけどね。みんな便利な町の方へと移って行っちゃったのよ。まぁ探せばいるのかもしれないけれどね」


 彼女がそういったとき、ようやくトンネルの出口の光が見えてきた。

 ずっと曲線を描いていたトンネルは出口の直前で直線となり、今度は光に包まれるようにしてバスはトンネルの外へと飛び出した。


「これは……長いトンネルを越えたらそこは大都市だった……っていう感じかな?」


 トンネルを抜けたその瞬間から道路の両脇には家の軒先が迫り、通りに沢山の人が往来している。

 町の人々に視線を送ってみると、町並みこそ時代劇にでも出てきそうな見た目をしているが、そこを行き来する人々が来ているのは着物ではなく、Tシャツやドレスとかなり異様な光景が広がっていた。

 バスは人の波をかき分けるようにしてゆっくりと進んでいく。


 トンネルを抜けてから最初のバス停ではたくさんの人がどっと乗ってきて、バスはあっという間に満員になってしまった。

 見る限り、街中にはバス以外の車は走っていないので自家用車を持っている人はほとんどいないのだろう。


 そうしている間にバスは町の中心部にある終点へ向けて進んでいった。




 *




 あの後、たくさんの人を乗せて終点についたバスから降りると、ボクは大きく伸びをする。

 前半の自分たちだけの状態から一気に満員になったのだ。対応が出来なくて疲れてしまうのは仕方がない。

 ボクはバス停のすぐ近くにあったベンチに腰掛けた。


「お疲れ様です。いや、あのトンネルを抜けるといつもこうなんですよね。ほら、ちゃんともうすぐトンネルだって言ったじゃないですか」

「それだけじゃあの混雑は予想できないよ。できれば、情報をすべて伝える努力をしてくれると助かるんだけど」

「あぁそれはまぁその考えてみようかな。情報が抜けずに人に伝えられる方法」


 この女神は本当に必要な情報を伝え忘れるようだ。

 これからトンネルに入るという情報だけであれを予測で来たらもはや、未来予測の領域だろう。


「さぁさぁ休憩が終わったらさくっと町の案内をするからね」

「出来れば重要な情報を忘れずに入れてほしいかな」

「はい。できる限り忘れないように努力はしてみます。結果は期待しないでください」


 彼女自身、情報が足りないというのは理解しているのだろう。

 どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら彼女は微笑んでいた。


「まぁ期待しないでついていくよ」


 ボクがそういうと、彼女は安心したように今度は柔らかな笑みを浮かべて、返答をした。


「はい。わかりました」


 この時、不覚にも女神のことをかわいいなどと思ってしまったのは、また別の話である。

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