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額面通りの神様転生  作者: 白波
第七章 桜子
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甘雨と女神について

 結局、喫茶店で甘雨やクロとの会話が弾んでしまい、気が付けば時間がかなりやばいことになっていた。


「すいません。そろそろ行かないと……時間がないので」


 ボクは二人(一人と一匹?)に断りを入れながら立ち上がる。


「ちょっと待ってくださーい!」


 しかし、その行動は甘雨によってすぐに阻止された。

 思い切り服の端をつかむ彼女の方を見てみれば、彼女は必死の形相でこちらを見ていた。


「ちょっと、どういう目的でここに来たのか忘れたんですか? いや、忘れてなくてもせめてコーヒー代ぐらいはおいて行ってくださいよーお願いしますからーそれと、あわよくば私に仕事もくださいよー」

「あーいや、それは……」


 どうやら、さりげなく立ち去る作戦は失敗したらしい。

 ただ、飲むだけ飲んでそのまま去るというのも確かに常識はずれかもしれないので自分が飲んだ紅茶の代金ぐらいはおいていくべきだろう。


「それじゃ、お代だけ置いていくから……楽しいお話ありがとう」

「こちらこそありがとうございます……じゃなくて!」


 お代を置いて立とうとすると、再び甘雨に引き留められる。


「あの……何か?」

「何かじゃなくて! 利用するんですか? というか、荷物運搬代行利用してくださいよ! 今のところ開業してから約一年たつというのに一人もお客さんがいないんです! ですから、本当にそろそろ生活費が尽きるんですよ! お願いします! 一生のお願いですから!」

「いや……その……」


 出会ってから半日も経っていない人間に一生のお願いをされても対応しようがない。そう言ったことはもう少し親しい人間に対して使うものではないだろうか? もっとも、多少親しかったとしても、そんな言葉であっさりと承諾するほど単純なつもりはないが……


「あのですね……」

「あっレイちゃん! こんなところにいたんですか!」


 そんなとき、店の入り口の方から女神の鋭い声が聞こえてきた。その様子からして、買い物に行ったまま帰ってこないボクを探しに来たとかそのあたりだろうか?


「まったく、ちょっと買い物を任せただけなのにこんなところで油を売っていたなんて……とにかく、帰りますよ」

「えっあっはい!」


 おそらく……いや、間違いなく怒っている女神に引っ張られてボクは店の外へと出ていく。

 さすがの甘雨もこの状況では引き留めない……


「いやいやいや待ってくださいよ!」


 引き留めないと思っていたのだが、そんなことはなかったようだ。

 それほど必死なのだろう。甘雨は女神の服のすそを引っ張って涙すら浮かべている。それほど必死だということなのだろう。


「ちょっとあなた……そういうことですか! あなたがレイちゃんを引き留めていたんですね! そうなんですね! 通りでレイちゃんの帰りが遅いと思ったらそんなことになっていただなんて……レイちゃん。安心してください。私が私がレイちゃんを助けますからね! さぁさぁレイちゃんは下がっていてください」


 女神はボクを少し遠くへと押してから捕まっている甘雨を力づくで引きはがす。

 その様子を見ていたクロが叫び声にも近い声をあげる。


「おい甘雨! こいつ転生庁の女神だぞ! 逆らったら何をされるか!」

「ほう。しゃべる猫ですか……珍しい生き物を飼っていますね……」

「ひっ!」


 あれ? 女神ってこんな人だっただろうか? それ以前にクロの言い方からしてどう考えても女神は悪評が高いように聞こえる。

 もしかしたら、今ボクは女神の見てはいけない面を見ているのかもしれない。


 だからといって、その場から撤退するわけにもいかないのでとりあえず、ことの成り行きをおとなしく見守っているべきだろう。本当にやばかったら、そうそうに転生庁に帰ればいいだけの話だ。


「それにしても、あなた……どなたですか?」

「えっ?」

「ですから……名前を聞いているんですよ。名前」

「えっはい! あの、荷物運搬代行業やっておりますひっ久喜甘雨という者です! その、先ほどはその、失礼をいたしまして……なんといいますか、申し訳ございません! ですが! ですがせめて話ぐらいは聞いていください! お願いですから!」


 甘雨も遅くなったとはいえ、事態を正確に把握したようでかわいそうになるぐらい動揺している。

 しかし、女神はそんな彼女の様子などお構いなしといった具合に邪悪な笑みを浮かべて彼女の前で仁王立ちをする。


「話を聞けと? 私のかわいいかわいいレイちゃんをたぶらかしておいて話を聞けというの?」

「あぁいえ、その……話せばわかりますから! お願いですからそのこぶしを下ろしてください!」


 必死になって弁解を続ける甘雨を前にして女神は静かにこぶしを握る。


「まぁまぁちょっと待ってよ」


 そこまで来ると、さすがに甘雨がかわいそうになってきたので女神を止めにかかる。


「レイちゃん?」

「確かにこの人たちに足止めはされたけれど、そこまで気にしていないから。ねっ?」


 女神の手に抱き着いたりしてちょっと必死に女神をなだめてみる。


 その効果は絶大だったようで女神は小さくため息をついて椅子に座る。


「まったく……甘雨っていったかしら? 話ぐらいは聞いてあげるわ。内容によっては許してあげる」

「あっありがとうございます!」


 甘雨は思い切り頭を下げた後に女神の横に立って説明を始める。

 主にボクに声をかけてからこの店に入って女神が乱入……もとい、迎えに来る直前までの出来事がその主な内容で甘雨はおどおどしながらもほぼほぼ正確に事実を伝えていく。


 女神はいつの間にか頼んでいた紅茶を飲みながら甘雨の話を聞く。

 そして、彼女の話が終わると女神はゆっくりと立ち上がる。


「……あの……女神様?」

「いいわ。許してあげる……レイちゃん。せっかくだから、例の貸本以外預けてみたら? もしも、勝手に持ち出すようなことがあれば私がちゃんと地の果てまで追いかけるから」

「えっあぁはい……」


 何だろう。今日の女神はとても怖い。

 なんだか逆らってはいけないような気がしたのでボクはほぼ無言のまま持っていた本以外の荷物を渡すとすぐに女神の横に戻る。


「えっと……それでは転生庁までどうぞよろしくお願いします」

「えぇわかりました。あぁそれと、このまま配達ですとただの宅配業者と変わらないので荷物持ちとして目的地まで同行させていただきます」

「……なるほど。それで荷物運搬代行業ね……まぁいいわ。だったら、ついて着て頂戴。本以外をもってね」


 そのまま女神は甘雨たちの方など見向きもせずに店から出ていく。

 ボクとクロを肩に乗せた甘雨は急いで店を出る。どうやら、会計は女神がいつの間にか済ませていたようですんなりと店員に見送られながら店を出て、三人と一匹は商店街の方へと戻っていった。




 *




 まだ買っていなかったものを買いそろえた後、一行は転生庁方面へ向かうバスに乗り込んだ。

 バスの後部座席に陣取った一行は互いに言葉を交わすことなく、ただただ重い空気がその場を支配している。それこそ、乗ってきたほかの乗客がボクたちをさけて前の方の座席に移動するほどだ。


「ねぇ……二人とも……」

「なに?」

「いや……何か会話とか……」

「ない」


 この状況を抜け出したくて声をかけてみたが、どうやら失敗してしまったようだ。

 予想以上に二人の間にはピリピリとした空気が流れている。あの状況からして仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが、ちょうど二人の間に挟まれているボクからすれば、図書館で借りた本を読むことすらままならない。


「レイちゃん」

「はい」

「転生庁に帰ったら遅れて帰ってきた分、きっちりと働いてもらいますからね」

「……はい」


 どうやら、女神はいまだに怒りが静まりきっていないようだ。

 確かに今回の件は甘雨にホイホイとついて行ってしまったボクも強引に勧誘した甘雨も悪いかもしれないが、そこまで怒ることではない気がする。そう考えると、女神がここまで怒っている理由というのはもしかしたら別のところにあるのかもしれない。


「レイちゃん。どうですか? 本でも読んでいたら」


 しかし、その原因を作っている一因を担う女神はボクがレイの本を読んでいないのを気にしているのか、そんなことを言い出している。

 ここで拒否をして状況が悪くなってもいやなので、ボクはとりあえず本を開いて読むふりをしてみる。それだけで女神は納得したのか、彼女は窓の外を流れる風景に視線を移した。


 そうしていると、自然と頭の中が読書モードに切り替わったかのように集中して文脈を追っていく。

 あまりにも分厚い本の半分にすら到達できそうにないが、それは同時にそれほどの時間を要するということを意味していて、それを踏まえたうえで必ず読み切るという目標にすらなりうる。

 もちろん、その本に飽きてある内容に対して興味が尽きないというのは言うまでもない必須条件だ。


 最初こそ本を読む気にすらならなかったが、気が付けばボクは再び手元の本に夢中になっていた。

 その結果、バスの後部座席は時々聞こえるバスのエンジン音とアナウンスの音声、本のページをめくる音だけが響く。

 そんな雰囲気に影響したのか、バスの前部も徐々に静かになっていき、気が付けば乗客が一人また一人と降りて行って最後には運転手以外にボクたち一行を残すのみだ。


 結果、ほとんど空に近いバスはゆったりとした速度で市街地を走り抜け、転生庁の近くにあるバス停へと滑り込んだ。

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