商店街での買い物と勧誘について
あの老人と別れた後、バスはすぐに目的のバス停に到着し、さっそく目的のものを買い集め始めた。
そこに書かれているのはティッシュをはじめとした日用品やお菓子が中心でおおよそ休憩室に置いてあるものと一致する。なので切れてきた備品を買いそろえてきてほしいというのが女神の意図なのだろう。その中にある一部はここまで出てこないと調達できないモノなのでわざわざバスでここまで来ているわけだが……
中央商店街は普段訪れる商店街の数倍は活気があり、中央という名に恥じないほどの規模を誇っている。
商店が並ぶ通りには半透明の屋根があり、水路が中央を通る道にはレンガが敷き詰められている。
左右に並ぶ商店の雰囲気も含めてどこか異国情緒漂う普通の商店街とはまた違った雰囲気を持つその通りをボクは目的の店を探しながら歩いていた。
「えっと、大体そろったし、あとは雑貨屋と薬局と……ホームセンターで木材を買ってくる……木材って何に使うんだろう?」
小さな疑問を持ちながらも、この場で解決するはずもないのでとりあえず書いてあるものを買いに行く。
さすがにたくさんの種類の店が集まっている場所なので目的のものは次々と見つかり、それらをどんどんと選んで買っていく。
「どうも、ありがとうね」
商店街に到着してから約一時間。薬局のおばあさんに見送られてボクは最後に木材を買うために材木店ないしホームセンターを探していた。
そもそも、なんで木材を使うかいまだにわからないが、数本単位でしかもサイズの注文もしっかりとしているあたり、何かを作るつもりなのかもしれない。
現状ですでにたくさんの荷物に加えて、図書館で借りた分厚い本まで持っているのでどうやって帰ろうかなどと悩んでいると、後ろから肩をトントンと叩かれた。
「……重い荷物でお困りですかー?」
その直後に聞こえてきたのはどこかのんびりとした女性の声だ。
ボクが振り向いてみると、肩に黒猫を乗せた女性が立っていた。
黒く長い髪をポニーテルにして、若草色のシャツを身に着けている彼女の容姿の中で一番目を引くのは真っ赤な瞳だろう。
ニコニコと笑顔を浮かべている女性に対して、彼女が肩に乗せている黒猫はジーと何かを見定めるかのようにボクの顔をにらんでいる。
「いや、まぁ荷物は重いですけれど……」
「おやおやぁではお困りですねぇ。さぁてそんなあなたに朗報でーす。その荷物、私たちが代行でお届けしましょうかー?」
この状況で声をかけられたのだから、そういった内容だろうということはある程度予想通りだ。
おそらく、宅急便だとかそういった類の仕事をしているのだろう。
「どうしました? あぁ町の中で急に声をかけられて不審がっていますかぁ? まぁそうですよねーうん。私もこんな風にして声をかけられたらまず逃げると断言できますね」
「だったら、どうしてそんなことをしたのさ……」
自分は怪しいと全面的に認めながらも、彼女は目の前から立ち去る気配はない。ボクがちょうどいいかもだと思っているのか、それとも別の理由からかはわからないが、困った事態であることは確かだ。こういう時に限って、女神はいない。正直な話、彼女がいれば何とかなるのではないかと思うのだが、ボクはこういった事態の回避の仕方をあまりよくわかっていないため、どうしたらいいかと焦るばかりだ。いや、きっぱりと断ればそれまでなのかもしれないが、ボクはどうにもそういうことが苦手だ。
「おやおや、お悩みですか? でしたら一回頼んで見ると言うのはいかがでしょうか? 安くしておきますよ」
「いや、そういうのは……ちょっと……」
「まぁまぁそういわずに」
どうしよう。しつこい。
客が少なくて困っているのかそれとも別の理由なのか……本当に困った。
「おい。その娘が困っているだろ。そんなもんにしておけ」
そんなとき、唐突に低い男の声が聞こえた。
どこから聞こえてきたのかとあちらこちらを見てみるが、周りの人々はこちらに関心を持つ様子もなく足早にすれ違っていく。
「おい。そっちじゃねぇこっちだ」
そうしていると、もう一度声が聞こえてくる。
それも、少女が抱いているネコからだ。
「えっ? もしかして、その肩に乗っている黒猫って……」
「あぁこのこと事ですか? えぇ。少し特殊な子でしてよくしゃべるんですよ」
「そっそうなんだ……」
そもそも、前提としてネコが人語を話す時点で非常識な気もするのだが、それに関しては割と何でもありな神界だからと片付けてしまっていいだろう。ひまわりの花が銭湯になるぐらいの世界だ。いろいろと摩訶不思議なことが起こるのだから、ネコがしゃべることぐらいで驚いてはいられない。
「……まぁ驚くのも無理はないか俺みたいに人前でしゃべるネコは少ないからな……と、そうだ。俺はクロ。そんでもってこの人間が俺の飼い主である久喜甘雨だ。まぁ甘雨が強引な勧誘をしたことについてはまず謝罪する。ただまぁ少し話を聞いてくれないか? その話を聞いたうえで断ってくれても俺は文句を言わないし、甘雨にも言わせないからよ」
クロと名乗ったネコは甘雨という名前らしい少女の肩に乗っかったままボクに語り掛ける。
「ちょっと、いきなり話し出さないでよ」
甘雨がクロを制するが、後の祭りだ。ボクの関心は完全に甘雨からクロに移っている。
「まぁなんだ。ここじゃ目立つ。とりあえず、その辺の店にでも入ろうぜ」
「うん。わかった」
結果的に仕事中云々やら相手が怪しいやら考えていたことよりも、目の前で起きているネコがしゃべるという現象に対する興味が勝ち、あっさりとついていくと答えてしまった。
その答えに甘雨は不服そうな表情を浮かべるが、クロの意見に同意して店を探し始めた。
*
さすがに大きな商店街というだけあって、店はすぐに見つかった。
大通りから少し外れたところにある喫茶店の店内は全体的に木目調のモノがおいてあり、シックな印象を受ける。
その店の一番奥にある四人掛けの円卓に二人と一匹の姿はあった。
四つある机のうち二つにちょうど向かい合うような形でボクと甘雨が座り、店の奥側にある椅子には先ほどまでボクが持っていた荷物が山のように積まれている。
「それで? 結局、あなたたちは何者なんですか?」
運ばれてきたハーブティーにはちみつをたらしながら甘雨に質問をぶつける。
すると、先ほどまでうつむいていた甘雨が待っていましたとばかりに顔をあげる。机の上でくつろいでいるクロも何か思うところがあるのかピクリと耳を動かした。
「待っておりました。そうです。私は説明をしてくださいというまさにその言葉を待っていたのです」
正直なところ、最初からちゃんと説明してほしいと思うのだが、そのことについては考えない方がいいだろう。
ともかく、ちゃんと説明してくれるのはありがたいのでおとなしく聞くことにする。
「コホンッそれでは、私たちが何者かというところから行きましょうか。まず、私は久喜甘雨。そして、この机の上でくつろいでいるのが飼い猫のクロ。この周辺を拠点に荷物運搬代行業という商いをしております」
「えっと……うん。よろしく」
先ほどの町での流れなどなかったかのように平然とした顔で自己紹介をした甘雨にボクはそんな返事しか返すことができなかった。
机上のクロもすっかりとあきれているようでジト目で甘雨のことを見ている。
「おい甘雨。俺が紹介してやったんだから……」
「クロは黙ってて!」
そのまま自己紹介の事について言及したクロを大声で黙らせ、甘雨はもう一度咳払いをする。
「……コホンッ失礼しました。私たちがやっております荷物運搬代行業について説明いたしましょう」
「えっあぁはい……お願いします」
この人たち大丈夫だろうか? 今頃ながらそんなことを思う。いや、ある意味で最初から感じていたことではあるのだが……
目の前に座る甘雨は堂々とした態度でその場に腰掛けていて、自分のやっていることに間違いはないといわんばかりの態度だ。
甘雨は若干困惑しているこちらの様子など気に留めることなく、荷物運搬代行業とやらの説明を始める。
「そもそも、荷物運搬代行業というのはですね。荷物が多くて困っている人に寄り添い、必要に応じて荷物持ちをするという商いでして、いわゆる宅配業者とは違って最初から最後まで依頼者様と一緒に行動するのが原則になっております。まぁそれでですね。料金は預かった荷物の総数と、ある方法で観測した移動距離に応じて請求させていただきます。で、まぁあなたに声をかけたのはその小さな体でたくさんの荷物を抱えていたからでありまして、決してやましい理由からはありませんというところだけは理解しておいてください。とまぁ少し余分な言葉も交じりましたが、大体そんなところでして……どうです? これも何かの縁と思って……それに、今ですね。初回のお客様は無料というサービスもやっているんですよ。どうです? この機会にぜひ。その荷物、あなたの自宅もしくは届け先まできっちりとついていきますんで……というわけでどうですか! 今ならタダですよ! そうタダ!」
甘雨は説明した勢いのままぐいっと前に乗り出す。
ボクはその勢いに押されて少し後ろにのけぞり、イスもろとも後ろへ倒れそうになる。
机の上のクロは“いつから無料サービスなんて始めたんだよ”とぼやいているが、それよりも別のことに突っ込むべきだろう。
例えば、結果的にかなり強引な勧誘になっている点だとかそのあたりはどう考えているのだろうか?
結局、そのあともしばらく甘雨からの勧誘は続き、ボクはしゃべる猫への興味などで簡単について行ってしまったことについて後悔しながら遠くに見える窓の向こうの通りを眺めていた。




