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額面通りの神様転生  作者: 白波
第七章 桜子
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禁書を読むことについて

 はじめは転生というシステムの概要についてだけ解説していた本であるが、現在は随分と踏み込んだ考察が書いてあるところまで読み進めている。

 その内容というのはかなり斬新で複雑でまた、核心をついてくるようなモノだった。


 女神はボクが読んでいる本を見ると、少し興味を示したようだが、読むまでには至らない。


 彼女は彼女で仕事が忙しいから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが、その合間に少し読むことぐらいならできるはずだ。

 実際にボクは仕事の休憩時間やらなんやらで少しずつ読み進めている。


 この世界に来てからそれなりに時間が経ち、ようやく仕事にも慣れてきた。


 最初こそ、すべて女神の意見にしたがって動き来たが、だんだんと自分で考えて動けるようにもなってきた。

 こういっては何だが、この場所での仕事というのは良くも悪くも単調であまり変化がない。


 もちろん、転生者によってさまざまな事象があるのだが、最後にそれをどこへ導くかという点については変わらないからだ。

 確かに全員が全員転生に同意するわけでもないし、中には最後の最後まで受け入れてくれない人もいた。


 だが、それはそれぞれの個人の考え方だから強制はできない。


 転生して誰もが次の人生が幸せであるとは限らないし、記憶を持ち越せないのだから無理をして別の世界に行きたくないという意見も十分理解できる。

 別にボクも女神も本人がそう申告すれば、交渉はしても強制はしないし、断ったからと言って何か制裁を科すということはない。


 ただただその意向に沿って仕事を進めていくだけだ。


「さてと……レイちゃん。休憩中のところ悪いですけれど、買い物に行ってもらってもいいですか?」

「はいはい。買ってくるのはこのメモに書いてあるやつ?」

「はい。お願いします」


 仕事に慣れてきて増えてきたものがある。

 それは、ちょっとした買い物などの雑務だ。


 もちろん、買ってくるのは仕事で使う備品等々必要なものであり、最初は女神と一緒に買いに行っていたのだが、今では店の場所もちゃんと覚えているので一人で行っている。

 その際も移動時間の暇をつぶすためにしっかりと例の本を持参したうえでの買い出しだ。


 二宮金次郎のように本を読みながら歩くということはしないのだが、今回の買い物の内容からしてバスを使って町の中心部へ向かわないといけないのでその時間を使って本を読もうと考えているのだ。

 一応、あの後桜子にこの本に関して何か注意事項があるのかと聞いてみると、“内容をうのみにすることなければどこで読んでも問題がないようになっている”という答えが返ってきた。片手にマニュアルをもってそれを読みながら答えていたのでほぼ間違いないはずだ。本を持ち出すときに司書様ともすれ違ったが、彼女も何も言わなかったので問題はないし、女神は女神で何か知っているような様子ではあるものの止めないので危険ではないのだろう。


 転生庁のロビーを出ると近くにあるバス停へと向かう。

 普段、転生庁まで向かうのに使っているバスとはまた、違うバスなので向かう先はいつものバスターミナルではなく、転生庁のすぐそばにあるバス停だ。


「えっと、バス停はこっちだったはずだよね……」


 軽く手元にある地図を確認しながら目的のバス停へと向かう。

 “転生庁前 中央商店街方面行もしくは神界東総合運動公園方面行 バス乗り場”と書かれているバス停にはまだ、バスは到着していないようで、バス停名が表示してある看板の下に“神界巡回501系統 中央商店街方面行きの次のバスは二つ前のバス停を出発しています。到着は十分後の予定です。神界巡回502系統 神界東総合運動場行きのバスは16分遅れで五つ前のバス停に停車中です。二十五分後の到着見込みです”という表示がされている。

 やってくるバスはボンネットバスなのだが、変なところだけハイテクになっているようだ。


 そんなことは置いておくとして、次のバスまで少し時間があるようだからと、ボクはカバンから本をとりだして読み始める。

 分厚い本は読了までまだかなりの時間を要することが予想されるが、それを思い浮かべたところで全く苦になる予感はない。むしろ、楽しみですらある。


 この世界に来る前を含めてこれほどまでに読書が楽しみだったときはない。


 そういった意味では桜子のおかげでいい本に出合えたといっても過言ではないだろう。


 本の続きに期待を膨らませつつボクはしおりが挟んであるページから読み始める。


 今、読んでいる章では作者本人の考察を交えつつ、魂のあり方について諸説あるものを細かく分析し、その信頼性について書き記してある。

 魂はどうやって生まれたのか、どうして何回かの転生を繰り返すのか、その起源は何なのか、そもそも魂の正体とは何なのか……ある意味で永遠のテーマであり、永遠の謎であり、永久に研究が続いているらしいそれについて、たくさんの学者がたくさんの意見を述べている。


 例えば、魂というのは特定の神の意向によって作られ、制御されているという説もあれば、あくまで自然発生するものであり、魂の増減も基本的には自然現象だとする説も著者の解説付きで載っている。

 その解説が長い割にはわかりやすくなんとなく引き込まれてしまう。


 そうしている間に十分はあっという間に過ぎてしまい、“神界501系統 中央商店街方面高天原口行き”という札がかかったボンネットバスが到着する。


『お待たせいたしました。このバスは神界501系統 中央商店街方面高天原口(たかまがはらぐち)行きでございます。入り口の整理券をお取りになってからご乗車ください。お待たせいたしました。このバスは神界501系統 中央商店街方面高天原行きでございます。入り口の整理券をおとりになってからご乗車ください』


 自動放送によって同じ文言が繰り返される中、ボクは本を閉じてバスに乗り込む。

 バスの車内は町の中心部を通り抜ける路線というだけあって、それなりに混雑していて、バスの一番後ろに開いている席を見つけると、そこへ向けて歩いていく。


『バスが発車いたします。ご注意ください。なお、揺れる場合がありますので近くの席に着席するか、つり革などにつかまってください』


 席に座るよりも前にそんなアナウンスが流れて扉が閉まる。

 目指していた席までもう少しといったタイミングでバスは動き出した。


 ボクはそのままバスの後ろへと歩いて行って、席に座る。


『お待たせいたしました。このバスは神界501系統 中央商店街方面高天原行きです。当バスは安全運転を心がけておりますが、走行中やむを得ず急停車する場合がございます。安全のため、お近くの座席に座るか、つり革などにつかまった上でご乗車ください。次は転生庁東。転生庁東に止まります。お降りの方はお近くのブザーでお知らせください。神界でのトラブルは迅速に解決。転生庁東調停所へはここでお降りが便利です……次止まります。ご乗車ありがとうございました、バスが完全に停車するまでお席をお立ちにならないでお待ちください』


 自動放送で行われるバスの車内アナウンスをBGMにボクは再び本を読み始める。


「個人の性格というのはその魂の経験より生まれるものだが、ある程度下地があった上でそのような現象が見られると思う……か」


 立山玲として過ごしていた時の癖でところどころ本の文章を口に出しながら分厚い本を読み進める。

 周りにいる乗客はそんなボクの行動など気にする気配もなく、思い思いの方法で移動時間の暇をつぶいしている。

 例えば、すぐ横に座っているご老人は窓の外をぼうっと眺めていて、前に座る子供はしきりに前を見ながら目的地が見えてくるのを心待ちにしている。


 もしかしたら、ここは神界ゆえに見た目通りの年齢ではないのかもしれないが、こういう風景を見ているとなんだか日本にいるような錯覚に陥ることがある。

 気になってあちらこちら見てみると、ここを走るバス自体はその昔日本では知っていたものを改造したもののようなのである意味そういう近視感を感じるというのは当然かもしれない。


 こういった路線バスに乗る乗客というのは決まって、近隣の住民で会って旅行者の姿は少ない。

 旅行者はもっと、観光地に近いところや宿泊施設がある場所へと行く傾向があるからだ。


「お前さん、小さいのに難しそうな本を読んでいるねぇ」


 そんな風景を時々見ながら本を読んでいたボクに隣の席に座っていたご老人が声をかける。


「えぇはい。そうですね」


 見た目だけで言えば小さな子供が分厚い本を読みふけっている光景など確かに珍しいかもしれない。

 ご老人はボクの答えにどこか満足そうにうなづく。


「私の孫も昔はよく本を読んでいたもんだが、今となっては全然そんなことなくなちまってねぇ……だだっ広い家に一人で住んで、私らに対してまともに連絡をよこそうとすらしない……なんか、あんたを見ていると、その孫がまだ小さかった頃を思い出すよ」


 ご老人はどこか遠くを見るようにして、懐かしそうな表情を浮かべる。


『まもなく、中央商店街南に停車いたします。バスが停車するまで席をお立ちにならないでください』


 バスのアナウンスが入ると、そこで降りる予定だったのかご老人がハッとしたような表情を浮かべた。


「おっと、知らない子にする話じゃないね。どうも、失礼したよ。私はここで降りるから」


 ご老人は席から立ち上がり、ボクの前を通り抜けてバスから降りていく。


 ボクはなんとなくその人のことが気になって、バスが発車するまでその背中を目で追いかけていた。

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