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額面通りの神様転生  作者: 白波
第七章 桜子
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転生庁図書館について

 転生庁のビルの中にある図書館……正式名称を転生庁立(てんせいちょうりつ)本庁文化部(ほんちょうぶんかぶ)付属図書館(ふぞくとしょかん)といい、通称転生庁図書館てんせいちょうとしょかんと呼ばれているその図書館はまさにボクの中にある図書館の常識をひっくり返してしまうような場所だ。

 何かしらの魔法に近い力による空間の拡張、ありとあらゆる世界から集められた蔵書、その本の中身によって分けられている危険度、その貸出基準……自分の住んでいた町にある小さな図書館しか知らない自分からすれば驚きの連続である。


 桜子はとても楽しそうに笑みを浮かべながらボクを案内し、ボクもまた興味をもってその図書館の中を見て回る。

 時々、司書様とすれ違うが軽く会釈をする程度でそそくさと立ち去ってしまう。ほかの司書もそのぐらいなのだから、広大な面積の割に人が少ないせいで皆、忙しいのかもしれない。


「さて、そろそろ返却カウンターに到着するわよ」


 当初の目的などほとんど忘れかけていたボクの記憶を呼び起こすように桜子が声をかける。

 気が付けば、目の前には“返却はこちら”という札が下がっているカウンターが見えた。


「それをあのカウンターで出せば返却処理をしてくれるから、行って来たらどう?」

「わかった」


 桜子に促されて、ボクは目の前の返却カウンターへと向かう。


 返却カウンターには桜子たちとは違い、紺色のメイド服を着た司書が座っていた。

 彼女は水色の前髪の隙間からボクの顔を見ると、ゆっくりと体を起こす。


「こんにちわ。こちら返却カウンターです。本の返却ですか?」

「えっはい。こちらをお願いしたいんですけれども」


 カウンターの前に建った瞬間、非常に事務的な口調でそういった司書にボクは女神から託された本を差し出した。

 カウンターの向かい側に座る司書は無表情で本を受け取ると、それを機械にかざす。


 小さな電子音のあとに司書はこちらを向きなおして、ボクの顔をまっすぐと見つめる。


「ありがとうございます。手続きは完了です。蔵書の返却作業はわたくし、雪平神(ゆきひらかみ)氷香(ひょうか)が承りました。またのご利用をお待ちしております」


 これまた事務的な口調でそう言い切った彼女に軽く会釈をして、ボクはその場から離れる。

 本棚のそばに立っていた桜子のそばまでやってくると、彼女はボクの手を引いて歩き始めた。


「ごめんなさいね。この図書館の人たちってどうも他人と話したがらないから」

「そうなの?」

「えぇ。理由はよくわからないけれど、昔からそうみたい……まぁどんどん大きくなって管理するのが大変になるにつれて、そんな余裕なんてなくなったんでしょうね」

「そうなんだ……」


 確かに図書館の大きさに対して人数が少ない。

 これはこの図書館に足を踏み入れた瞬間から感じていたことだ。


 本来ならもっと司書がいてもいいはずだが、もしかしたら図書館の拡大に対して求人が追いついていなくて、人手不足に陥っているのかもしれない。いや、そうとしか考えられない。

 桜子曰くこの図書館は常に拡大を続けているらしく、植物が根っこを通して地面から養分を吸い取るように、この図書館は数多く存在する異世界中からたくさんの書物を吸い上げているのだという。


 その書物の増加に伴って図書館は成長し、さらに蔵書を吸い上げる。


 それらの本を適正に整理し、拡大した書棚に入れていくのは例外なく司書たちだ。つまり、彼女たちの仕事は増える一方なのである。

 そんな中で確かに本を貸し借りするという業務はあまり重要視されていないのかもしれない。蔵書の管理で貸し出しが滞るようでは本末転倒な気もするのだが、本の保護のついでに貸し出しを行っていると考えればある意味で納得がいく。先ほどの司書様の対応含め、要するにただ単に本を読みたいだけならほかの図書館へ行ってほしいとかそういうことなのだろう。


 そんな結論に達すると、この図書館に対する見方も少し変わる。


 ここにある蔵書の一つ一つは日本で見たことがないものの方が大半なのだが、例えば“地球世界郷土”のコーナーには日本の各自治体の図書館に置いてあるようなそれぞれの町の郷土史や古事記といったとてもじゃないが、手に取ることすら戸惑うような本ががおいてあったりする。かと思えば、“漫画文化”のコーナーにさらに細かくジャンル分けされた漫画が並んでいるので本当にこの図書館に置いてある本は何でもありなのだろう。


 そんな図書館の蔵書を見ながら、ボクはまた思考を巡らせる。


 なぜ、転生庁にこれほどの図書館が設置されているのだろうかと……


 幸か不幸か、桜子は無言でボクの手を引いて図書館の中を歩いているので蔵書がおかれているコーナーの一つ一つを紹介する気はないらしい。おそらく、図書館の中で騒がしくしないようにと配慮しているのだろう。

 そのせいもあって、コツコツと二人の靴音だけが周りに響いているような状態なのですぐに思考の海に沈むことができた。


 そもそも、最初から感じていたがこの図書館は少し異質だ。


 具体的にどこがどう異質なのかと聞かれると答えに困ってしまうのだが、この図書館の雰囲気からなんとなく、そういったものを感じ取れるのだ。


「ねぇこの図書館って……」

「……それ以上は言わない方がいいわよ」


 桜子はボクが言いたいことを察したのか、そんなことを言ってボクの口に自身の人差し指を当てる。どうやら、これは口にしてはいけない疑問らしい。

 桜子はボクの口から手を放すと、そのまま立ち止まり空を仰いでからボクの方を向いて話し始めた。


「……この図書館は先にも説明した通り、ありとあらゆる世界から数多くの蔵書が集められ……いえ、吸い上げられ、吸収され、図書館は拡大していく。もちろん、その世界というのは日本がある地球世界だけではなく、魔法が存在する世界や人間以外の知的生命体が存在する世界、永遠と戦争が繰り返される世界や争いのない平和な世界、文明が発達しきった世界、まだまだ発達途上な世界、文明が起こったばかりの世界、文明が滅びゆく世界、人が力を振り払いすべてを支配する世界、人が巨大な魔物におびえ隠れるように暮らす世界、宇宙に浮かぶ丸い天体に人々が暮らす地動説の世界、平たい大地が広がり、端まで行けば落ちてしまうような天動説の世界、科学が発達した世界、世の中の現象はすべて神の手によってもたらされていると信じられている世界……一つ一つ上げていけばきりがないほどこの神界はたくさんの世界とリンクしているの。そのそれぞれの世界で、それぞれの個性に合った本が生まれ、ここに吸い寄せられてくる。小説家が書いた小説も、歴史の研究者が書いた歴史書も権力者が記した自らの武勇伝も、神を信じる人々が語り継ぐ神話も、時の権力者が人民を支配するために作り上げた物語も、売れない作家が書いたものの世に出なかった書物も、魔法世界に存在する魔法の指南書も、開くだけで危険な魔導書も、それこそ世界を滅ぼすことさえできるような禁書までこの図書館には存在している。その意味を、存在意義を間違えなければ、この図書館は素晴らしいって私は思うの。だから、何か変な空気を感じたりしてもおそらく、それはこれらの本や世界や思考や信念の集合体であるたくさんの書物がこの図書館に影響を及ぼしている。それらを保護することこそがこの図書館の存在理由であり、絶対的な使命だっていうことらしいわ。結局、なんで蔵書が多いのかとか、変わった雰囲気があるとかそんな疑問を持ったのなら、それの答えは至極単純っていうわけなのよ。この図書館はありとあらゆる世界が混ざる特異点の一つになっている。ただ、それだけの話よ。さぁ少し話しすぎてしまったようだし、図書館案内ツアーを再開しましょうか」


 長々と一方的に持論を展開してボクを黙らせた桜子は、再びボクの手を引いて図書館の中を歩き出す。

 先ほど、長々と演説に近いような内容を話していた彼女の表情はどこか恐怖を感じさせるようなものだったが、今となってはいつも通りの笑顔に戻っているので、彼女を怖いと感じてしまったのは気のせいだったのだろうか?


 一体どうなっているのだろうか?


 桜子の話はボクにさらなる疑問を与える。そもそも、この図書館にきて日が浅いはずの桜子がすでに図書館の構造を熟知し、あんな風に語り続けられるというのもある意味で不自然に感じる。

 まるで前からボクが少しでも疑問を感じたら気をそらすためにだれかがあらかじめ用意したシナリオのようにも感じる。


 そうしていると、再び本棚の間で司書様とすれ違う。


 彼女は今までとは違いたくさんの本を抱えて歩いていた。


「……余計な考えは捨てられましたか?」


 すれ違いざまに司書様のそんな声が聞こえるものだから、ボクは驚いて立ち止まって振り向いてみると、そこに司書様の姿はない。


「どうしたの? 立山君。ゆっくりしているといつまでたっても図書館の案内終わらないよ」


 桜子が声を引きながらボクの手を引いて歩き始める。

 それに引っ張られるようにしてボクも図書館の中を歩き始めるが、どうもすべての疑問が解決することはなさそうだ。


「次はどこがいい? せっかくだから、禁書棚の見学でもしていく? もちろん、私の視界から離れないことと本を手に取らないことが絶対条件だけど」


 そんな風にかかる声は桜子のモノだ。


「うん、お願いしてもいい?」


 とにかく、これ以上何か探るのは今じゃない。

 自分にそう言い聞かせながら、ボクは桜子とともに図書館の奥の方へと向かっていった。

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