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額面通りの神様転生  作者: 白波
第七章 桜子
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白臼谷桜子の職場について

 転生庁のドームの横の本庁ビルと呼ばれる建物の中。

 女神の依頼により、この建物内にある図書館へ本を返却しに来たボクはきょろきょろと視線を動かしながら返却カウンターを探していた。


「思ったよりも広いな……」


 この一言ですませては伝わらないだろうが、それ以上に言いようがない。

 はっきりといえば、見た目よりも遥かに広いのだ。


 例えば、今前方に窓が見えているのだが、いつまで経ってもそれが近づかない。

 どこぞのゲームのように背景だけ固定されていて、手前だけがひたすら動いているような風景に近いものを感じる。遠近法もへったくれもないような状況だ。


 女神は最悪迷ったりしたら、司書に声をかければいいとか何とか言っていたが、そもそもその司書を見つけることができない。

 どうしたものかと考えていると、ボクの肩をだれかがトントンと叩いた。


「なに? また迷子になっているの?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、その正体は黒いフリルのついたメイド服を着た桜子だということが分かった。

 桜子は五冊ほど本を抱えて笑顔を浮かべている。


 彼女の職場は転生庁と聞いていたが、どうやらここで司書でもやっているらしい。

 桜子は何が面白いのか、ニコニコと笑いながらボクの姿を観察する。


「それにしても、改めて見るとこれは……あの立山君がこんなに小っちゃかわいくなるなんて思わなかったわ」

「あーはいはい。そうですか……っていうか、なんで桜子は成長しているの?」

「えっ? なんでって何も聞いてないの?」


 ボクの質問に桜子は驚いたような表情を浮かべる。

 この質問の意図というのはひどく単純で自分自身も神になるときに見た目が変化したのだから、実は時間は大して変わらないぐらいで流れていて、桜子の見た目だけが変化したのではないかという推測が自分の頭の中に浮かんでいるからだ。それは今の桜子の様子を見れば、ほぼ確定だろう。


 桜子は手に持っていた本を近くにあった棚に置き、ボクの頭に手を置く。


「……なるほど……でも、さすがにこれは伝えにくいから変な風にごまかしたのかしら?」

「えっ? ごまかしたってどういうこと?」

「えっと……」


 桜子は気まずそうに周囲を見回してから、小さくため息をついてボクの前にしゃがむ。


「あのね……神様の姿って、実際問題その人の精神構造に大きく依存するのよ。人間は体が徐々に成長しているといった点にあるように肉体に依存するけれど、神様は体の構造や病気、けがの治り具合に至るまですべて精神に強く依存しているの。まぁその……つまり……あなたの精神が幼女だったというか、まぁそういうわけで……なんか女装願望とかロリコンだったとかそういうことはないの?」

「いや、ないはずだけど……」


 できれば知りたくなかった新事実にボクは思わず動揺してしまう。

 自分自身はちゃんと男がいいと要望していたはずだし、そもそも幼女になりたいなんて願望は持ち合わせていない。いないはずだ。

 まったく、何がどうなったらこんな結果が生まれるのだろうか? やはり、女神が言った通り彼女の何かしらの考えが反映された結果がこれなのではないかと考えた方が幾分か楽だ。


「まぁ気を落とさないでね。うん……あと、なんかごめん……えっと、図書館の中案内しようか?」


 無理やりにでも話題を展開しようと思ったのか、少し目をそらしながら桜子がそんな提案をする。


「えっうん。お願い」


 ボクからすれば、それはまさに渡りに舟な提案だ。

 先ほどのことはさっさと忘れたいのでボクは肉を目の前に吊るされたライオンのごとくその話題に食らいつく。どちらにしても、返却カウンターがどこかわからなかったので二重の意味で助かった。


「それじゃ図書館案内ツアーね」


 桜子は桜子で結構乗り気らしく、“とりあえず目の前の仕事を片付けるから待っててね”といって立ち去って行く。

 その間、ボクは手持無沙汰になってしまったので周りにある本を眺めてみることにした。


 どうやら、ここは歴史書のコーナーらしく日本をはじめとして様々な世界にある国についての歴史書がずらりと並ぶ。

 様々な言語で書かれているのに読めるというあたり、やはり何かしらの補正が働いているのだろう。


 ボクは試しにそのうちの一つを手に取ってみる。


 “雪神島の栄光と衰退”と書かれたその本は雪神島という島に関する雪や北風に関する信仰について書かれている本だ。

 なんでもその島で祭られている雪神様というのは世界中の雪を司る神様であり、雪を降らせるも降らせないも彼女の自由。ただし、暖かい地域に行くと雪が解けて雨になってしまうため、彼女の力は及ばない……大方そんな内容だ。


 そんな神様が住まう年中雪が降り続ける島での生活の風景や歴史などが丁寧に書かれている。


 最初、人々がその島へたどり着いたのは偶然であったこと、雪神様はお供え物と引き換えに受け入れると宣言と下ということ、村ができて町へなっていく過程、島の外で会った大きな出来事、島の中の小さな事件……

 どうやら、この歴史書は何者かか何代にもわたって制作した手記を基にしているようで日々の出来事が非常に事細かに記されている。


 ボクはいつの間にか夢中になってそれを読み漁っていた。


 最初は平和な日常が書かれていたその本であるが、後半に入るにつれて徐々に暗雲が立ち込めてくる。


 帝国からの進軍、占領、環境破壊……それを見て怒りの感情に支配され、暴れる雪神様……最後は帝国軍が放った火で島中が大火事になり、雪はすべて溶け、世界には二度と雪が降らなくなったというしめくくりで閉じられている。

 今、ボクが手に持っている立った一冊の本の中で一つの世界の誕生から破滅までが書かれている形になるわけだ。もちろん、ここでいう世界というのは雪神島という小さな世界だが、この終わり方はどこか環境破壊による破滅と似ているものを感じる。


 何よりも目を引くのはこの本の締めくくり方。


 “私は人間を恨んではおりません。今回、人間たちが見せた一面というのは、それ以外からすれば、それが人間だと勘違いされがちですが、どれだけ悪いことをして、裁きを待つ悪人も悪いとは限らないのです。私は人間を許します。でも、自らの目的のために人間たちを使い、私を世界から排斥したモノを私は許さない。この線引きだけははっきりとさせておきましょう。かつて、確かに存在していた島の存在を誰もが忘れ去ってしまわないように願いながらこの筆をおかせていただきます”


 まるで雪神様自身が書いたような内容だ。いや、もしかしたらこの歴史書も雪神様が書いたものではないかとすら思えてくる。

 しかし、この本の作者は不明とされているし神様という割には非常にラフというか、人々との交流も多く、非常に近い場所にいるように感じる。それに書き方が何度も変わり、まるで違う人間が代わり替わりかいているような印象を受ける。結局のところ、帝国軍が火を放った理由も書かれていないし、雪神様がどうなったかも書いていないのでそこらへんも含めて真相は闇の中ということなのだろうか?


「おや、その歴史書に興味をお持ちですか?」


 そんなとき、ボクの背後からそんな声がかかった。

 ボクが振り向くと、そこに立っていたのは桜子ではなく、青いショートカットの少女だった。メイド服を着ているあたり、彼女もまた司書なのだろう。


「あの……あなたは?」

「この図書館の司書です。どうぞ、司書様とでもお呼びください」


 自ら様付けで呼べと自己紹介する彼女はそのままボクが持っている歴史書を取り上げる。


「熱心に読んでくださるのはかまいませんけれど、読書をするのならちゃんと決まった場所でしていただけませんか? いくら、ここが書店ではないからといって立ち読みはあまり推奨される行為ではないので」


 言いながら彼女はジト目でボクをにらむ。

 別に立ち読み禁止と書かれているわけではないのだが、机に座るわけでもなく書架の前で本を読みふけっていたら声をかけられても仕方ないかもしれない。

 しかし、まだ桜子が姿を現す気配はない。それ以前に本を一冊読み終えるほどの時間待たせるというのはいかがなものだろうか?


 すっかりと黙ってしまったボクを見て、目の前の司書様は小さくため息をついて本をボクに返した。


「あのですね。本を選ぶために中を読むのは咎めませんが、ほどほどにしてくださいね。ちゃんと読みたいのなら、借りるか、読書スペースでしてください。次、同じ行為を見つけたら追い出すのでそのつもりでお願いします」


 彼女はボクから何か聞き出そうとするわけでもなく、そのまま踵を返して立ち去っていく。


 桜子がボクの方へと駆けよってきたのはそれとほぼ同じタイミングだ。

 彼女は司書様の姿を視界に収めるなり、立ち止まって彼女に向けて頭を下げる。


 その様子を見る限り、本当に司書様などと呼ばれている立場なのだろうか?


「お待たせしてごめんなさい。ちょっと、立山君を探すのに手間取っちゃって……とりあえず、図書館の中を案内するからって言ったら許可も下りたからこのまま案内してあげるね。まずはどこへ行きたい?」


 彼女はそういって、再びボクと視線を合わせるようにしゃがむ。

 ボクは少し迷ってから、返さなければいけない女神の本のことを思い出して、目的地を決める。


「返却カウンターってどこにあるの? 女神様に本を返してほしいって頼まれたんだけど」

「本の返却ね。じゃあそこから案内しましょうか」


 ボクは桜子が差し出した手を取って、図書館の中を歩いていく。

 桜子はかるく周りを見回して現在地を確認した後に歩き出す。


 先ほどまで読んでいた歴史書はすでに書架に戻してある。もっと読みたいと思ったが、それは次の機会でもいいと思ったからだ。

 ボクはあの本のことを胸の内にとどめながら、桜子と並んで図書館の書架の間を進んでいった。

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