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額面通りの神様転生  作者: 白波
第六章 お花見
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やはり最後は銭湯へ

 神界の一角にある銭湯天晴湯。

 今日も今日とて、ボクたちはここの湯船につかっていた。


「今回は番頭さんに頼んで桜使用にしてもらいました!」


 いつもとは違い、桜の花が大量に浮かんでいる湯船につかりながら女神が声をあげる。

 一体全体どこからこれらを調達してきたのか知らないが、そこは聞かないでおく方がいいだろう。おそらく、そうしたら後悔するだろう。


 ボクは桜のにおいがする湯につかりながら今日の出来事を思い出す。

 あちらの世界基準でいえば、かなり久しぶりになるのだろうか? 彼女は自分の記憶にあるよりも成長していて、性格も少し変わっていた。

 彼女はもっと、もっと快活な女の子だったはずだ。


 そうなるほど、ボクの中の時間と彼女の中の時間にずれが生じてしまっているのだろう。


「……やっぱり気にしているんですか?」


 そんなボクに女神が話しかける。

 彼女としてもあの場所を選んだことで偶然とはいえ、桜子とボクが会ってしまったことを気にしているのかもしれない。

 ボクは小さく首を振って顔を上げる。


「……気にしているというよりも、なんていうかな……ボクが思っているよりも状況が違うんだなって……それにここに来てから、ほとんど思い出すことはなかったけれど、ボクは確かにあの世界で暮らしていたんだなっていろいろ思い出しただけだよ。むしろ、それができる機会があった分だけよかったと思ってる」

「……そうですか。まったく、レイちゃんはレイちゃんなんですから、気にしなくてもいいんですよ? 人間の立山玲も神様のレイちゃんも結局は同一人物なんですから」


 そういいながら女神が背後からボクを抱きしめる。

 湯船の中だということもあってか、今日はいつもよりも温かみがあるように感じた。


「私たち完全に置いてけぼりですね」

「まぁまぁたまにはいいんじゃないですか? 私と閻魔さんという組み合わせもなかなかないですよ」


 女神とボクの会話に完全に置いて行かれている椚と閻魔の声が聞こえてくるが、今は気にしないでおく。二人とはあとでゆっくりと話をすればいいだろう。


「まったく、行ってくれさえすれば夜桜見物ぐらいまでなら二人きりにさせてあげたのに」

「いいよ。だって、最初からあなたか椚さん、閻魔さんあたりに会ったらこうするつもりだったし」

「そうですか。まったく、レイちゃんは本当にレイちゃんですね」


 女神はコロコロと笑いながら体を離す。

 本当に彼女は笑顔をよく浮かべる。


 それを見ていると、ボクもつられて笑いそうになる。


「ねぇボクはどうするべきだったのかな?」

「……そんなものの答えなんてわかるわけないじゃないじゃないですか。いっそのこと、相手に聞いてみるというのはいかがですか?」

「聞くっていっても本人がここにいないんだからどうしようもないし……」


 そうぼやきながら湯船に体を沈める。

 それに彼女に会ったところで自分は本当に立山玲なのだといったところで信じてもらえるわけがない。相手からすれば死亡ないし、行方不明だった知り合いが突然目の前に……それも幼女になって現れるわけである。

 到底信じられるわけがない。


「まったく、困ったものだよね。この立場も……」

「そうですね。神としての力をもってしても手に入れられないものはたくさんあります。私もこれまでたくさんのモノを取りこぼしてきてしまいました。それでもですね。私たちは前に進まないと思うんですよ。あなたはどう思いますか?」


 女神が突然、ボクの背後に向けて声をかける。

 誰に声をかけたのだろうかと思い振り向いて、ボクはその動作のまま固まった。


「やっほー。立山君。偶然ね」


 そんなことを言いながらボクの前で手を振っているのはバスタオルを体にまいた桜子だ。


「桜子! なんで!」

「いやいや、ちょっとしたサプライズ? うん。いろいろあって、こっち側の住民になったからあいさつしようと思ったんだけど、せっかくだからちょっとしたドッキリ的な要素が入れたくなってみなさんにお願いしたの。うん、なかなか楽しかったよ。そうそう。私も担当は違うけれど、転生庁の職員だから同僚になるのかな?」


 言いながら桜子がボクに抱き着く。


「まったくもう。こんなにかわいくなっちゃって、本当にかわいい」


 そのまま桜子がなでまわそうという勢いで迫ってくるのでボクは彼女を押しのけて、少し離れる。


「ちょっと待って、いろいろと状況が整理できないんだけど、えっ? どういうこと? こっちサイドになったってえっ? なんで?」

「うーん。ほら、神様っていうのは信仰を集めることで力を集めれるでしょ?」

「そうなの?」


 ボクが女神に尋ねると、彼女はさも当然だというような表情を浮かべて返答をする。


「そうですよ。常識じゃないですか」

「えっ? もしかして、ボクが知らないだけなの?」

「はい。それでいてですね。神以外でもある程度の信仰を集めると、神になることもあるんですよ。彼女はその類です。なんでそうなったのかはわかりませんけれど」


 女神の解説を聞きながらボクは桜子の姿を見る。

 何をどうしたら彼女が神になれるほどの信仰を集めることができるのだろうか?


 再会できたことはある意味うれしいのだが、納得のいかない点がいくつも残る。


「あぁあなたが閻魔さんに椚さんですね。桜子といいます。以後お見知りおきを……」


 そんなボクの心情など置いてきぼりで桜子は閻魔や椚と話し始める。

 状況が飲み込めないボクの肩を女神がぽんぽんと叩く。


「どうもすいませんでした。彼女がどうしてもというので……まぁ彼女がこの場にいる詳しい経緯については私も残念ながら把握していないのですけれど、彼女がこの町の住民になったというのは事実ですよ。この際、それだけあればいいのではないですか?」

「はぁどうも納得がいかない……」


 確かに桜子がここにいることは喜ばし事なのだろうが、素直に喜べない。喜んでいいのかわからない。ボクはどうするのが正解なのだろうか?


「立山君。立山君もこっちで会話に参加したらどう?」

「……そうだね。そうさせてもらってもいいかな?」


 心情としては複雑だが、とりあえず今は考えないで置いた方がいいのかもしれない。

 こちらへ向けられた彼女の笑顔を見た途端にそんな風な感情が湧き上がってきた。


 元クラスメイトとの再会はあまりにも意外な形で幕引きとなるわけで、これからはいつものメンバーに彼女を加えた神界生活が始まるのだろう。

 彼女のせいで謎がまた一つ増えたが、それに関しては今更追及する必要もない気がしてきた。


「……まったく、レイちゃんは本当にレイちゃんですね」


 女神の意味ありげな一言を聞きながらボクは桜子たちの会話に加わった。




 *




 転生庁の本庁ビルの最上階。

 転生庁の核ともいえる巨大ドームを見下ろせるそのビルの最上階にその人物の姿はあった。


 通称“司書”と呼ばれている彼女は本を片手に感情のない瞳でドームを見下ろしていた。


「……何か不満ですか?」


 そんな彼女に低い男性の声がかかる。

 司書が振り向くと、顎にひげを蓄えた背の高い男が立っていた。


 司書は彼の姿を視界に収めるなり、深々と頭を下げる。


「失礼いたしました」

「……別にかまわないよ。私はあなた方の感情にまで干渉するつもりはない。そんなことよりもだ。私はちょっとした事情からあなたを呼んだわけだが……とりあえずかけてくれたまえ」


 男はそういいながら部屋の中央に置いてあった応接用のソファーに座り、司書に反対側に座るようにというしぐさもつけて促す。

 司書は今一度頭を下げてから指定された場所に腰掛けた。


「……私に用事とは何でしょうか? 例の新しい図書館司書のことですか?」

「そうだ。ちょっとした事情からこちらで預かることになったのだが、少々訳ありでな……君の監視を外さないでほしい」


 男性の言葉に司書がむっと眉をひそめた。


「……私が監視するような必要があるのですか?」

「なければこんなことは頼まないよ。もちろん、引き受けないとは言わせない」


 どうしたものかとため息をつく司書に男性は机の上に手をついて小さな声で何かを唱えた。

 すると、机の中央がぼんやりとした光に包まれ、それが収まると机の上に一枚の紙切れが出現する。


「忘れたとは言わせないぞ。私と君はそういう契約になっているはずだ」

「……そうでしたね。そうですよね。まったく、彼女が監視対象たりうる理由も聞かせてもらえないということなんでしょうね」


 司書の言葉に男が静かにうなづく。

 どうやら肯定のようだ。


「これ以上は時間の無駄だと判断させていただきますのでこれで失礼します」


 男の態度に司書は一方的に会話を切り上げて立ち去っていく。


「君に一つ言い忘れていた」


 そんな司書の背中に男性が声をかける。


「何でしょうか?」


 その言葉で司書は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「……例の新人図書館司書だがね。あの女神のお気に入りの知り合いだそうだ。それも例のお気に入りを好いている様子もある。好きなように利用しろ」

「……かしこまりました」


 男性の言葉を聞き届けた司書は改めて礼をした後に部屋から出ていく。

 部屋に一人残された男性はくくっと笑い声をあげて、立ち上がる。


 部屋にある窓のそばまで寄ると、そこに手をついて直下にあるドームを見下ろしながら今一度笑みを浮かべる。


「くくっもうすぐだ。もうすぐ、私の計画が始動する。もうすぐだ!」


 ビルの最上階を丸々一フロア使った広大な部屋に男の笑い声が響き渡る。


 かれのその視線の先には変わらず、転生庁のドームが悠然と存在していた。

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