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額面通りの神様転生  作者: 白波
第六章 お花見
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別れの時

 桜が咲く並木道を歩きながらボクはゆっくりと思案する。

 ボクが今していることは本当に正しいのだろうかと……


 左手にリンゴ飴、右手にはきゅうりの浅漬け。


 両手に食べ物を持っている関係ですでに手はつないでないのだが、桜子は相変わらずぴったりとそばに立っている。

 なんでボクはこの組み合わせを選んでしまったのだろうか? いくら何でもこの二つはないと思う。


 ついついその場のノリで買ってもらったのだが、リンゴ飴をなめる一方できゅうりの浅漬け(一本丸ごと、串にささっている)を食べるのは意外と苦行だ。

 だが、買ってもらった以上は残すわけにはいかないし、とりあえずどちらかだけでも先に食べきらないとならない。


 そう考えながら、きゅうりを口に含む。


「それにしても変わっているのね。なんでその二つ?」


 納得しかけていた疑問に対して、桜子から話題を振られてしまった。

 さて、理由はどうしたものか……ただ単に食べたかったからでいいかもしれないが、それでこの組み合わせはどうなのだろうか? さすがにちょっとおかしいかもしれない。

 実際問題、リンゴ飴は祭りの定番だと思って選んだ一方できゅうりの方はなんだか面白そうだからといった理由で買っただけだ。もう少し言えば、浅漬けオンリーであまり味気ないのでどうにかしたいと思ってしまう。


 だが、その付け合わせにリンゴ飴というのは少々いただけない。さすがにこれは合わないからだ。


 どうしたものか。正しい選択としてはきゅうりを完食してからゆっくりとリンゴ飴を味わうことだろうか? いや、リンゴ飴を先に食べてしまおうか?

 いや、それよりも先にこの二つを買った理由を答えなければならない。


「……別になんとなくだったらなんとなくでもいいのよ?」


 先手を打たれてしまった。

 理由を考えている間になんとなくでもいいという条件が提示されてしまった形だ。これは不覚だ。


「そうだね、なんとなくこれがよかったから」


 しかし、これ以上にいい状態はないとみて、ボクはその理由だという方向へとかじを切る。


「なんとなくにしてもかわっているわね。まぁいいけれど」

「うん。でも、ちょっと失敗したかも」

「でしょうね」


 とりあえず、変人疑惑は回避である。

 いずれにしてもかわいい子供の失敗ぐらいで済まされるかもしれないが、あまり変なイメージは持たれたくない。

 次があるかどうかは別として、食べ物の組み合わせはちゃんと考えようと思いながら歩いていると、人ごみの向こうの方にちらちらと閻魔らしき人物の姿が見えた。


「どうかしたの?」

「ううん。なんでもない」


 閻魔のところへ行けば、このまま友達と再会して迷子状態は解消なのだが、ボクはあえてその選択を選ばず閻魔がいるのとは違う方向へと桜子を誘導する。

 その場所がちょうど脇道がある場所だったということも幸いして、閻魔に見つかることなく別の道へと入ることができた。


 別に閻魔に見つかりたくないとかそういうことではないのだが、もう少しだけ時間の許す限り彼女のそばにいたいと思ったゆえの行動だ。

 彼女に大して特別な思い入れがあるわけではないが、日本にいたときの知り合いと一緒にいるというこの状況がとても貴重に思えてならないから、もう少しこの気分を味わっていたいという考えに至ったのだ。


「こっちに何か見たいものがあるの?」


 突然、腕を引っ張られたような形になった桜子は少々驚きながらもニコニコと笑いながらついてくる。


「とりあえず、そのあたりの屋台はまだ見てなかったから、こっちも見てみたいなって」

「そうなの? まぁいいわ」


 桜子は一瞬、疑念を持ったようだが納得してくれたようだ。


「さて、それじゃ何がいいかな? 射的でもやる?」

「うん。そうする!」

「よし、私が景品とってあげるからね」


 彼女と会話しながらボクはゆっくりと周りの屋台を見回す。

 先ほど、閻魔を見た瞬間に思い出したが、ボクと彼女の別れの時は確実に近づてきている。


 その前に何か言おうとか、何かしておくべきだろうかとか考えてみるが、どうすればいいということは全く思い浮かばない。

 気が付けば、陽は傾き始め、夕闇がすぐそこまで迫ってきていた。




 *




 両手に射的やらなんやらでとった景品を抱えて露店の間を歩く。

 夜になって、ぼんぼりにも灯りが付き、これから夜桜といったところだろう。


「あっレイちゃん! やっと見つけましたよ!」


 次はどこへ行こうかと周りを見ていたボクの背中からそんな声がかかった。

 ボクがゆっくりと振り返ると、そこにはたこ焼きを片手に持った女神とどこかあきれたような表情を浮かべた椚が立っていた。


「おやおや、新しい友達ですか? レイちゃんがお世話になったようで」

「えぇ。あなたはこの子の保護者ですか?」


 桜子は動揺するボクの様子など目に入っていない様子で女神の方へと歩み出てあいさつを交わす。


「保護者……いえ、どちらかといえば友人ですね。まぁ厳密にいえば保護者に当たるのかもしれませんが……」

「そうですか。いや、この子が一人でいたもので声をかけたのですけど……」

「あぁなるほど。そういうことなら別に大丈夫です。まぁ私たちはあくまで別行動だったのですけれど、迷子と勘違いされても仕方ない状況かもしれませんね。迷惑をかけました」


 そういいながら女神はボクの手を引いて、自身のそばに寄せる。


 それを見た桜子は一瞬、寂しそうな表情を浮かべるが、彼女はすぐに笑顔を浮かべた。


「よかったね。迷子じゃなかったみたいだけど……」

「うん。最初から迷子じゃないって言っていたでしょ?」

「あれ? そうだったっけ?」

「そうだよ」


 そんな会話を交わして、二人そろって笑い声をあげる。


「それじゃここでお別れだね」


 別れの言葉を切り出したのは桜子の方だった。

 ボクは小さくうなづく。


 いつかこうなることはわかっていた。


「……そうだね」

「うん。でも、また会えるよね?」


 桜子の言葉にボクははっきりと答えることができない。

 また会えるという保証は全くできない。むしろ、再会できる可能性などゼロに等しいだろう。


 それでも、単純に“さようなら”とだけいうのは嫌だったのでボクはゆっくりと彼女の顔を見ながら口を開いた。


「……うん。また会おうね」


 その言葉を聞いた桜子はボクの頭を軽く撫でた後、踵を返して歩き出す。

 彼女は振り返ることなく、真っすぐと進んでいく。その姿はしっかりとしていて、天守閣で昔の友人のことを語っていた人物とは同一人物には見えなかった。


「桜子……お姉ちゃん。ありがとう」


 最後にお礼だけはちゃんと言っておこうと、彼女にしっかりと聞こえるように大声で声をかけると、彼女は片手をひらひらと振りながら人ごみの中へ消えていった。


「……この世界にいたころの知り合いですか?」


 横にいた女神が話しかける。

 ボクは少し間をおいてから小さく首を横に振った。


「……ううん。あいつはあくまで人間の立山玲の友人だから……ボクと彼女はあくまで今日この場で偶然出会っただけだよ」

「そうですか。あなたがそれでいいのなら、私は文句を言いません。行きましょうか」


 女神はボクの手を引いて、桜子が去って言った方向とは反対に向けて歩き出す。


 今日一日いただけなのに随分と長い時間一緒にいたような気すらしてくるが、それほどまでにボクにとって日本で当たり前の日常とやらを送っていた日々が遠く、手の届かないものとなっているのだろうか?

 それとも、こちらの姿が変わっていたとはいえ、かつての友人に出会えたという事実ゆえにそう感じていただけなのだろうか?


 いずれにしても、この場所に花見にきてよかったと思う。

 仮にこれがまったく知らない世界だったらこのような再会はありえないのだから……


「ありがとう」


 普段だったらそんなことはなかなか言えないのだが、不思議とその言葉がすんなりと出てきた。

 女神は一瞬、面食らったような表情を浮かべたがすぐにその意味を察したらしく柔らかい笑みを浮かべた。


「いえいえ、私はあくまで自分が好きなようにしているだけなので……レイちゃんこそついてきてくれてありがとうございます」

「いえいえ、ボクはあなたの助手なんで当然です」


 そんな会話を交わしているうちにまた笑顔がこぼれた。

 確かにかつての生活も何の変哲のない日常だったのかもしれないけれど、女神と一緒に笑いあっている生活もまた、今のボクにとってはちょっと変わっている日常の一部なのだ。

 まだまだ慣れないことも多いが、今のボクには今のボクの帰る場所がある。だから、ここにこだわらずにちゃんと帰らなければならない。


 桜子との別れは少しつらかったが、今日一日桜子と過ごしたことである意味でこの世界との別れをちゃんと決心できたような気もしないでもない。そういう意味では彼女とこの場所で再会できて本当によかった。


「さて、夜桜まで見て帰る?」


 それでもボクはもう少しだけこの世界にいたくてそんな提案をする。

 女神はそんなボクの意図を組んだのか、いつも通りの笑顔でうなづいた。


「そうですね。六花ちゃんや椚を探して、一緒に夜桜見物と行きましょうか」

「うん。そうだね」


 女神とボクはそんな会話を交わしながら夜桜見物のために閻魔と椚の姿を探して、人ごみの中を進んでいった。

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