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額面通りの神様転生  作者: 白波
第六章 お花見
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天守閣からの風景

 公園の一番高台に当たる位置にそびえたつ城の天守閣。

 かつては殿さまが城下を見下ろしていたであろうその場所からは公園の様子がよく見えた。


 たくさんの桜が咲き誇り、たくさんの人々がそれを鑑賞する。


 そこから視線を少し離せば、超高層マンションが空を貫くように建っているあたり、ここはまぎれもなく日本だと思えて仕方ない。

 ボクは物珍しそうに周りを見ながらちょっと違った角度からの桜を楽しむ。


 手には小学生向けに配っているというパンフレットがあり、それにちゃっかりと回答を記入してお菓子をもらおうとしているあたり、はたから見れば完全に子供だろう。もっとも、それをするように勧めたのは桜子であるのだが……

 ともかく、ボクはちゃんとこの風景を胸に刻み込んでおこうと必死になっていたのかもしれない。


 桜子からすれば、小さい子供がはしゃいでいるほほえましい光景なのかもしれないが、ボクは彼女の思っている以上に必死になってその風景を見ている。

 ボクではあの部屋には入れないし、女神の気まぐれで日本に来れることなど二度とないかもしれないからだ。


 そもそも、桜子がボクを迷子だと勘違いして声をかけてきたという事実すら忘却の彼方に沈み、必死になって周りを見る。

 最初こそ、母親を探すなどといっていた桜子もいつの間にかおとなしくなり、ボクから少し離れたところに立って、ニコニコと笑みを浮かべて立っているだけだ。いまいち彼女の意図が読めないが、今は関係ないだろう。


「どう? ここからの景色。とってもきれいでしょう?」

「うん。そうだね……」


 正直、彼女の存在は半分ぐらい忘れかけていた。

 桜子はようやく立ち上がり、ボクの背後まで歩いてくる。


「ごめんなさいね。なんだか私が勝手にいろいろやって突き合せちゃったみたいで……本当に楽しい?」

「……うん。楽しいよ。だって、こんなすごい景色なんだもん」


 桜子からの問いにボクは極力子供っぽく見えるように答える。

 ここで不自然だと疑われたくないからだ。最初は多少抵抗したりしていたのだが、これならある意味で緊張が解けてきたぐらいに見えるかもしれない。

 桜子はボクの思惑通り、大した疑問を持たなかったようでボクの横に立って手すりに背中を預けた。


「……さっき、この公園に友達と来ようとしていたって話したでしょ?」


 桜子の言葉にボクは小さくうなづいて返答を返す。


 桜子はこちらに顔を見せないままゆっくりとした口調で話しを続ける。


「その子にね。あなたがとっても似ているの。性別も年も容姿も全く違うのに、なんだかその友達にそっくりな気がしてならないのよ。もしかしたら、あなたはあの子の生まれ変わりだったりするのかしら?」

「……じゃあどこが似ているの?」


 彼女が言っている友達というのは日本で生きていたころの自分だということはわかりきっているが、聞かずにはいられなかった。

 立山玲という人物が神界での経験を経てどれだけ変わってしまったのか、もしくは何も変わっていないのか……それを知りたくてボクは気付いたらそんな質問をしていた。

 身長の低いボクでは背の高い彼女の表情をちゃんとうかがい知ることができないが、おそらく彼女は暗い顔をしているのだろう。過去の思い出が噴出して、また会いたくなって、そして悲しくなる。そんな心情なのだろうとわかりながらも、純粋な子供のように平然とそんなことを質問してしまっている自分がいる。


 彼女は小さくため息をつきながら空を仰ぎ、しばらくそのままの体勢で口を閉ざす。


「そうね……何をと聞かれると難しいけれど、雰囲気かな……さっきも言った通り、見た目も何も全然違うけれど、一緒にいるだけでその子と一緒にいるような気がするのよ……ねぇ……あなたがよかったらだけど」

「……うん。その友達の名前で呼んでもいいよ。お姉ちゃんのことはなんて呼べばいいの?」


 名乗ったところで結局、自分は立山玲なのだ。どうしようとも呼ばれ方は変わらない。

 桜子はしばらく間をおいてから口を開く。


「……だったら、桜子って呼んで。あなたの事は立山君って呼ぶから」

「えっと、桜子……でいいの?」


 記憶が正しければ一回も呼び捨てなどしたことないはずだ。というよりも、それができるほどまで仲が良かった記憶もない。

 だが、彼女がそういうのならそれでいいのだろう。


「……うん。それでいいよ。立山君」


 頭上からそんな返事が降ってきた。

 どうやら、彼女はそれで満足できているらしい。


 その声を聞き届けながらボクは再び城の周りにある公園に視線を向ける。


「ねぇ今度はどこに行くの? この公園の中で……」

「……そうね。どうしましょうか……お堀のコイに餌やりでもしに行こうかな」


 彼女は手すりから離れると、そのままボクのてをひっぱて階下に続く階段の方へと歩き出す。

 ボクはおとなしく彼女に手を引かれて、背後に広がる風景にもう一度目をやる。


 かつて、この城の城主だった人物が見た風景はどんなものだったのだろうか?

 栄えた町だろうか? それとも、空に描いた自分の夢なのだろうか?


 そんなことは記録に残っているはずもハズもないのでどうにもわからないが、それでもボクはその思いを知りたいと思ってしまう。

 階段にたどり着き、そこを降り始めた後もボクは何度も何度も振り返りながら天守閣からの空が見えなくなるまでその風景を眺めていた。




 *




 たくさんのコイが優雅に泳ぎ回るお堀のそばに置いてあったコイの餌を買い、はるか下の水面に向かって餌を投げる。

 バシャバシャという激しい水音を立てながらコイが餌を奪い合うのを見ながらボクは小さくため息をつく。


 桜子は今、トイレに行ってくると言い残してこの場から立ち去っている。

 子供一人こんなところに残すのはどうかと思ったのだが、だからといってそれを言い出したらトイレの中までついていくようなことになりそうだったので、ここで餌をやりながらおとなしく待つことにした。


 おそらく、この状況ならトイレはどこも混雑しているだろうから、間違いなく時間はかかるだろう。

 手元にある餌をあっという間に消費してしまっては時間を持て余してしまうので少しずつ投げ入れて、それに対するコイの反応をつぶさに観察することにした。


 この狭い世界がすべてで、空から降ってくる餌を必死に奪い合うコイたちは何を考えて、ここにいるのだろうか? やはり、滝を上りきって竜になりたいとでも思っているのだろうか? それとも、それこそ何も考えずにただただ本能に従って行動しているのだろうか?

 自分はコイではないのだから、その心情はわからないのだが、コイの視線からこの堀を水面を桜を見るとまったく違って見えるのだろう。


 揺れる水面の向こうに見える桜。何とも素晴らしいもののはずだ。


「立山君。お待たせ」


 そんなボクの背中から桜子の声がかかる。

 コイの餌を手にしたまま振り返れば、最初と変わらない笑顔で桜子が立っていた。でも、その目元に少し涙の跡が見えるのは気のせいだろうか?


「うう。餌はまだ残っているから、もう少しここにいてもいい?」

「もちろんよ。最後までちゃんとコイにあげてね」


 そんな桜子に声を聴きながらボクはまた一つコイに餌を投げる。


 先ほどと同様に大きな水音を立てながらコイたちの壮絶な戦いが始まり、ボクはそこにさらにいくつもの餌を投げ入れていく。

 気付けば、手元にあったそれはすっかりと無くなり、それとほぼ同時にコイたちも静かになった。


「楽しかった?」

「うん」

「そうか。よかった……次は露店でまた何か買いましょうか。いろいろとおいしそうなモノ売っているし、せっかくだからB級グルメの何か食べてみたいな。立山君は何がいい? 焼きそばとかそのあたりがいいかな?」


 どうやら、彼女は見かけ上は全くの別人であるボクに本気で立山玲を投影し始めているのか、迷子だとかそういった事情をすっとばして話をしているような気がする。

 これはある意味で危険なのかもしれないが、いずれにしてもボクは今日一日だけしかこの場所にいないだろうし、そうそう都合よく女神がこの場所に来る気になって、またそのときに偶然にも桜子がいるなんてことはないだろう。


「ねぇそこにあるお店のお好み焼き食べよっか。すごくおいしそう」


 桜子は明るい声でそう告げると、ボクの手を思い切り引っ張ってその店の方へと歩いていく。

 彼女が楽しそうで何よりだが、少しはボクのことも考えてほしいなんて思ってしまう。


「ねぇこの後、ボクが食べたいものも食べていいよね?」


 だから、彼女の意向を大切にしながらも自分の意見が通るかどうか確認するためにそんな質問をぶつけてみた。


「もちろん。食べたいものとかあったら言ってくれてもいいわよ」


 そんな返答を聞いたボクはいかにも子供らしく、うなづいて見せて彼女の後ろについていく。

 彼女から見れば、図々しくてわがままな子供なのかもしれないが、ボクはボクでこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 そんなことを自覚しつつもわざわざそれを変えることなく、ボクは彼女の背中についていく。


 かつては彼女と二人でどこかに行ったことなど片手で数えられるほどしかないのだが、それでも彼女が大切な友人であったことは変わりない。

 だからこそ、この奇跡ともとれるような再開に感謝しながらこうするのが正解だということをボクはいつしか心の奥底で確信していた。

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