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額面通りの神様転生  作者: 白波
第六章 お花見
33/45

唐突な思い付き

 朝。

 山の中から聞こえてくるセミの大合唱でボクはいつも通りの時間に目覚めた。初めてこの家に来た時から変わらず、夜中のに用意されているのであろう服に着替える。


 最近ではすっかりと巫女服に慣れつつあることに恐怖すら覚えるが、人間とは適応する生き物だ。神様だってそうに決まっている。何が言いたいかといえば、こういう状況に置かれればいやでも徐々に適応していってしまうということだ。


 本当になれって怖い。


 神界にきて早いことでもう三か月ほどになる。


 徐々に夏に近づいているということもあり、それなりに標高の高い山の上に建つこの家でもじりじりとした暑さが伝わってくる。


「はぁ暑い……」


 いっそのこと巫女服を脱ぎ捨ててしまいたいぐらいだが、それをすれば女神に見つかったときにいろいろとめんどくさそうなのでやめておく。彼女曰く“中身はともかく、あなたは女の子なんだからだらしなくしないで下さい”だそうだ。間違ってはいない。

 布団の近くにあったうちわをとって窓際にかけてある風鈴に向けて風を起こしてみる。


 チリンチリンという心地の良い音が鳴るが、気分的に少し涼しくなったところで暑いものは暑い。


 昨晩は“心頭滅却すれば火もまた涼し”という言葉に忠実になってみようと考えたが、そんなもので涼しくなるわけもなく、寝苦しい夜を過ごすことになってしまった。

 クーラーでもついていれば涼しいのだろうが、それを言い出したところ女神からは“そんなものを買うお金はないから我慢しなさい”と真顔で返答されてしまったのでそれ以来、“クーラー”や“冷房”という単語を口にしにくくなってしまった。


 だから、日本人が考え出した涼をとるための手段である風鈴を全力で活用しているのである。


「レイちゃん!」


 そんなとき、開け放たれた障子の向こう。廊下を走ってきたらしい女神がボクの方をがっしりとつかむ。


「えっと、どうしたんですか?」

「お花見に行きましょう!」

「はい?」


 あまりにも唐突過ぎる提案にボクは思わず気の抜けたような声をあげてしまった。

 何がなんだか理解できずに今は花見の時期だっただろうかなどと考えてしまうが、家の外の森でうるさいぐらいに声をあげているセミがそれを否定する。


「花見って今から?」

「えぇ今からです。さぁ行きましょう! 今すぐ行きましょう! どうせなら六花ちゃんや椚にも声をかけましょう!」


 こんな暑いなかで、何を言い出すのかと戸惑うボクに対して、女神は暑さなど関係なくテンションが、かなり高いように思える。いや、それとも暑すぎておかしくなっているのだろうか?


「あーもしかして、レイちゃん。神界で花見をするとでも思っているんですか?」

「えぇ。これだけ暑いなかでやるのかと」

「なにを言っているのですか? そんなもの、適当に春になっている世界を探していけばいいだけの話じゃないですか」


 明らかな職権乱用である。そんな指摘は割と今頃なのかもしれないが……


「適当に春になっている世界って……仕事はどうするんですか?」

「今日は休みです。仕事さえこなせばいつ休んでもいいんですよ。レイちゃんのおかげで多少なりとも余裕がありますし、少しぐらい遊んでも問題ありません」

「はいはい。そうですか」


 いまいち、転生庁の仕事量というのは理解できない。

 目の前に転生者候補がいて、それを転生させているのだからこなしている仕事の件数はかなり明確だ。しかし、その一方で転生待ち……つまり、これからこなすべき仕事の件数というのはなかなか見えてこない。

 神とはいえ、人が死ぬタイミングまで完璧には操れないそうだから、そのときに死んだ人間の中から転生者候補を選び出し、異世界へと送り出す。今頃ながら、かなり波のある仕事といえるかもしれない。

 ある意味で暇な方がいい仕事なのかもしれない。いや、暇すぎてもいけない気がするし……そういったことを考え始めると、なんだか複雑でよくわからなくなってくる。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。今、考えるべきなのは目の前で起ころうとしている出来事。


 お花見だ。


「というか、閻魔たちまで休みとは限らないんじゃ……」

「椚の診療所も休診だし、六花ちゃんも確か休みといっていたので問題ありません」


 どうやら、用意周到に計画は進められていたらしい。

 診療所の休診日はともかくとして、閻魔の方はちゃっかりと事前に連絡を入れて了承を取っていたということなのだろう。

 女神は半ばあきれたような態度をとっているボクの手を取って引っ張るようにして廊下を歩き始める。


「ほらほら、早く朝食を食べて行きましょう! 二人が待っているので! そうそう。せっかくの花見ですからお酒も持って行かないとですね」


 そんなボクの態度などお構いなしといわんばかりに女神は元気いっぱいに、そして楽しそうな表情で手を引っ張っている。

 もっとも、だれでも息抜きというのは必要だ。できれば、あまり唐突でない方がいいのだが、これぐらいは付き合ってあげた方がいいかもしれない。


 ボクはそう思いなおして、女神と並んで長い廊下を歩いていった。




 *




 朝食を食べ終えたボクと女神は準備もそうそうに家を出て、一日一往復しかないバスに乗る。

 運転手含めて三人しか乗っていないバスの車窓からは、夏の光に当てられて光り輝く新緑の森が見える。これから、花見をしに行くのだなどと簡単に信じられないような風景だ。

 女神曰くどの世界も季節の過ぎ方や時期が同じとは限らないので探せばいいところなどいくらでもあるとのことだが、そう簡単に信じられるようなことではない。


「レイちゃん。レイちゃんはお花見は好きですか?」


 ちょうどバスがトンネルに入るぐらいのタイミングで沈黙を保っていた女神が口を開く。


「そうですね。ボクは大好きですよ。なんというか、桜が散っていく中でみんなで飲んで食べて、もちろんきれいな桜並木を散歩するのもいいですね」

「そうですか。ならよかった。あなたの出身地では花見の習慣があると聞いての発想だったのですが、嫌いだったらどうしようかと思っていまして」


 薄暗い照明の中、女神はどこか安心したような笑みを浮かべる。

 いつも強引な割には巻き込んだ後で相手のことを考えて心配する。いかにもこの女神らしい言動だ。


「大丈夫ですよ。本当に嫌な時はいやというんで」

「そう。ならよかった。そうでもしてくれないとこちらとしても困りますのでいつでも言ってくれてかまいませんよ」

「はいはい。わかりましたよ」


 そんな会話を終える頃にはバスはいつもよりも早くトンネルを抜けるところであり、視界の外に一気に街並みが広がり始める。

 つくづくこの町の構造はどうなっているのかと考え込んでしまう。


 以前、女神は町はがけ下にあってトンネルで急斜面を緩やかに降りていると説明していたのだが、どうも納得しきれない。

 いっそのこと、なんでもありという世界観に沿ってトンネルは異次元同士をつなぐものだという説明を受けた方がまだ納得できるレベルだ。


 現にこの町を別の方向へ抜けた場合、閻魔庁がある町まではずっと不毛の大地が続いていた。そこからは新緑の山など見えなかったのでかなり遠く離れているのではないかとすら思えてくるのだが、実際問題ここはあくまで一つの町だ。どこまでも永遠に広がっているわけではない……たぶん。

 実は階層が違うとか、町の反対同士で見えてないだけという可能性もあるが、この辺りについてはどうも納得できる答えが見つかりそうにない。


 そんなことを考えている間にもバスは停留所に到着し、たくさんの乗客が車内に押し寄せてくる。

 こうなると、終点のバス停は目の前だ。


 女神曰く椚はいつものバスターミナルで待っているとのことなので彼女と合流するのもすぐ目の前ということになる。

 なお、閻魔は現地で会うとのことなので彼女は彼女で独自のルートを使ってお花見の会場へと向かうらしい。というよりも、今回のお花見の会場の選定を名乗り出ているらしく、ボクが思っている以上にノリノリなのかもしれない。前のひまわりの件もあるし、もしかしたら彼女は花を見るのが好きなのだろうか?


 そんな推測も閻魔から答えが提示されない限りは真相にたどり着けないのだが、閻魔庁のある意味で殺風景な光景に相反するように自宅で花をめでる閻魔の姿を想像すると、なんだかすごくギャップを感じてしまう。


 そのあたり、もしかしたら女神なら知っているのだろうか?


 そんなことを考えながら女神の方へと視線を向ければ、彼女はどこかボーとした様子で流れていく車窓を眺めていた。

 その視線の先に映るのは商店街の端にある銭湯の煙突だ。


 その様子を見たボクは彼女が考えていることがなんとなくわかって、声をかけずに反対側の車窓に視線を移す。

 通路に通路には立ってる人すらいるのに一番後ろのこの席にはボクたち二人以外は誰も座らないので視界を遮るものもなく車窓からの風景がよく見える。


 そんな風景を見ている間にバスは緩やかに速度を落としてバスターミナルへと侵入する。

 この周辺は相変わらず人が多くてバスはかなりのノロノロ運転だ。


 かつて、どこぞの屋外博物館で園内を通るバスが目の前の人ごみに中々進めないでいる風景を見たが、今の状況はまさにそれである。


 結局、歩いた方がが早いぐらいの速度で進み、バスは予定より少し遅れてバスターミナルに到着する。


 ボクと女神は前の人たちの降車が済むのを待ってからバスを降りて、椚との待ち合わせ場所になっているという場所へと向かった。

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