助手の条件について答えてみましょう
図書館の奥の奥。
膨大な量の書物を読み終えた女神は椚と会って休日を満喫するという目的から大きくそれてこんなことをしている理由について考えだした。
そもそも、当初は転生法に関する記録を調べるつもりなどなかったし、こんな風に図書館にこもるつもりもなかった。
偶然にもあの司書が入り口付近にいた関係で普段は絶対に人が入れないようになっている禁書棚にもあっさりと入れた当たり、今頃ながら何か裏があるのではないかとすら思い始めていた。
「まさか……」
何かしらの方法でここまで誘い込まれたのだろうか?
この神界は神の世界であるだけになんでもありなのだ。
それこそどこぞのライトノベルに出てくる人物のようにテレビのリモコン一つで人の意識を悟られずに操ることさえ可能なのだ。
少なくとも、女神はそれをできる人物を一人知っていた。
「おや、もう読み終わってしまったのですか? やはり、人も神も極限まで集中力を高めれば何でもできるようなものなんですね」
その考えに至った瞬間。
まるでそれを待っていたかのように司書が姿を現す。
「……なんだか、白々しいですね」
「……おや、何のことでしょうか?」
冷たい視線を送る女神に対して、司書は特に動揺する様子も見せず真っすぐと女神を見つめる。
少しの間、二人の間に沈黙が生まれるが、それはすぐに司書の言葉によって遮られた。
「ともかく、読み終わったのですよね?」
「えぇ。読み終わりましたよ」
「そうですか。ならよかったです」
彼女は安どの表情を浮かべながら手を顔の横まで持ってくる。
「……あなたは本を読み終えて私を呼んだ。そういうことにでもしておきましょうか」
「それをするというのはあなたはやっぱり黒幕ということですかね?」
司書がこの姿勢をとるときは決まって、人の精神や記憶に干渉するような魔法を使うときだ。
それを悟ったうえで女神は不敵な笑みを浮かべて彼女の姿を射貫く。
その視線に当てられた司書は少しため息をついてから手を下ろす。
「さぁどうかしらね……いや、やっぱり気が変わったからほかの話をしましょうか」
「あら、珍しいですね。あなたがそうするなんて……」
「えぇ。そういうことも有るのです」
司書の魔法は相当な効力を発揮する魔障壁でもなかなか防げないほど強力なはずなのだが、彼女はなぜかそのカードを切らずに近くに椅子を出現させてそこに座る。
「あなた、今朝からある考えごとにとらえられていますよね? 例えば、ちょっとした仕事を頼める助手がほしいとか……しかし、その程度で転生者の活躍の場をつぶしてもいいものかと……私の予想では大体こんなところですね。そこでです。せっかくだから、あなたの求める助手像について尋ねてみようかと思いまして……いや、一人確保できそうなんで」
「その思考も誘導されたものだったりするのかしら?」
「さぁ? どうでしょうね?」
司書は正解を言及せずにニタニタと笑みを浮かべるのみだ。
「まぁあなたから答えが得られるわけないわよね」
「えぇ。まさにその通りかもしれませんね。なぜなら、私は答えを言う気にならないからです」
「でしょうね。あなたの意図がどうしても読めないのだけど、どうしたらいいかしら?」
「さぁ。そんなものは自分で考えてください」
どこまで行っても司書は答えを提示する気はないらしい。
もっとも、この禁書棚は女神もめったに足を踏み入れないため、詳しい配置を知らず結果的に司書に頼らざるを得ないので最後はおとなしく彼女のいうことを聞くしかないのだろう。
面倒なことになったと女神はため息をつく。
彼女が助手を確保するといっているのなら、それは確実に実現されるのだろう。彼女が確信を持てない情報を発信することはないはずだからだ。
そうなると、条件がどの程度通るかは別として助手が来ることは確実と考えてもいいのかもしれない。
若干の……いや、かなり不安が残るが女神は助手の条件を口にする。
「……そうですね。仕事ができるできないでいえばできた方が望ましいですね。それと私の話し相手になってほしいというのもありますね。休日に買い物したりとかもしたいので……そう。仕事上だけの付き合いっていうのは避けたいところですね」
「そうですか。性別は? ゴスロリ服買っていた当たり女の子希望ですか?」
「まぁ……できれば」
「そうですか。わかりました。これ以上の質問および意見は受け付けませんのでご注意ください。それではどうも失礼します」
司書は一方的に会話を終了させてぺこりと頭を下げて歩き始める。
少しの間、呆然としてその背中を見つめていると、このままだとおいて行かれる可能性に気付いて女神は急いでその背中を追いかけ始める。
「ちょっと、先ほどの質問の意図は何ですか?」
「それは答えません。それよりも、あなたは今後の仕事のことをしっかりと考えておいてください。助手はなるべく早く手配するので」
「いや、そういうことではなくてですね。ちゃんとした手段で手配してくれるのですよね?」
「何のためにあなたを通して転生法を確認したんだと思っているんですか? 早く銭湯に行かないとお友達がお待ちですよ」
「あなたについて行かないと出口がわからないんですよ」
そんな風に会話を交わしながら司書と女神は禁書棚の出口へと向かっていく。
途中で何人かの司書とすれ違ったが、女神は“そのような事実に気付くことなく”歩き続ける。
「まぁともかく、おとなしく待っていてください」
そんな一言を最後に司書は女神の視界から姿を消す。
そのあと、女神は懸命にあたりを探すが完全に彼女は女神の認識の外に消えてしまったらしくその姿を認識することができなくなってしまった。
「……困ったものですね。って、早く椚のところに行かないと」
女神は半ば駆け足で図書館から立ち去っていく。
その後ろ姿を司書が何とも人の悪そうな笑みを浮かべて見送っていたのだが、女神はそれに気づくことはなかった。
*
「……という流れからなんだかんだ言ってあなたが死んで今に至るわけです」
女神の形をとっているホログラムは静かに語り終える。
ボクはいったん、頭の中で情報を整理した後に女神の方を真っすぐと見据える。
「……あのさ、途中の買い物の下りとか必要だったの?」
「そうですね。あまり必要ないかもしれません」
「だろうね」
ホログラムの返答を聞いてボクは深くため息をつく。
最後のあたりが適当に済まされた当たり、深層を悟らせない程度に適当にはぐらかされた感も否めない。
「さてと、話も終わりましたし……帰りましょうか」
「あれ、休憩じゃなかったの? 仕事は?」
「終わりました。そして、いい加減ホログラムから本物の女神に戻っていることについて何か意見はありますか?」
「えっ?」
指摘されてみて、改めてよく見てみるといつの間にかホログラムは撤収されて、代わりに本物の女神が目の前に立っていた。
「あれ、どうして?」
「……休憩とは言いつつもレイちゃんは別にそこまで仕事をする必要がなかったので私の仕事が終わったタイミングで帰ることにしました。そのあたりはちゃんと許可ももらっているので安心してください」
女神は慈悲に満ちた微笑みを浮かべながらボクに手を差し伸べる。
ボクはそっと手を伸ばして、その手を取り立ち上がる。
「……それで? さっきまで長々と続いてた話しは全部本当なの?」
「えぇ。真実です。といっても、あくまで事実を私目線でかつ客観的に見た場合の事実ですけれど。今となってもあの司書が何をしたかったのか理解できませんし。本当に上が考えることは理解できません」
彼女は半ばあきれているような態度で語る。
自身はあくまで組織の一員であるだけで物語の本質にはかかわっていないのだと。
そして、ボクはそんな彼女の姿を見て考える。
果たして、それは本当なのだろうかと……
もちろん、女神がボクにウソをつく理由は現状では思い浮かばない。
でも、それでも彼女が本当のことを語っていない……正確には語らせていないのには何か理由があるのだろうか?
そして、女神が司書に突き付けた条件。
“女の子を希望”
なぜ、それがこのような形で果たされることになったのだろうか?
疑問を上げ始めたらきりがなくなってしまう。
おそらく、それを聞いたところで上の考えていることはよくわからないの一言で済まされてしまうのだろう。
そもそも、ボクの体が女性化したのが上の意向だったら最初の女神の言葉は何だったのだろうか?
あの女神の考えていることがわからない。
前々から感じていたことだが、今回は以前よりもはっきりとそう感じた。
「レイちゃん? 何をしているのですか?」
「いや、なんでもないよ」
しかし、なぜかボクはそのとき、それ以上考えても仕方ないから早く忘れようなんて考えて女神の背中を追いかけて歩き出した。




