図書館で調べ物をしましょう
服屋での買い物を終えた女神と椚はいったん、それぞれ行きたいところに行こうと分かれて女神は図書館へ向かっていた。
動機としては朝に気になっていたことを調べることとあと一つ。前々から少し気になっていた本を探すつもりだ。
この町の図書館は転生庁の管轄なので図書館の建物は転生庁のすぐ隣に建っている。
転生庁の特徴的なドーム状な建物のすぐ横に建っているビルの三階に入っている図書館はしっかりと冷房が効いていて非常に居心地いい空間だ。
床材の影響でクツが床をたたくカツーンという音がやけに大きく響くが、それはそれでまた一興だろう。図書館としてはどうかと思うが……
ビルの三階だけといえば、少々小規模に聞こえるかもしれないが、天界の中心部にあるという事実から想像できるようにたったの一フロアでもかなりの床面積を誇っていて、蔵書は一千万冊とも二千万冊ともいわれている。
何よりも恐ろしいことはこの図書館は蔵書の数に応じてもともとの床面積以上に拡大をしているということであり、ただでさえ広かったフロアがさらに広くなっている。
「まったく、この図書館の蔵書はどこまで増えるのかしらね?」
「さぁそれに関してはわたくしもさっぱり……」
女神の何気ない疑問に答えるのはこの図書館の司書を務めている少女だ。
青いショートカットの彼女は黒を基調としたメイド服に身を包んで女神の斜め前を歩いている。
なぜ、彼女はメイド服を着ているのかと問われれば、それはこの図書館の司書の制服だからとしか答えられない。
では、なぜ制服がメイド服なのか? という疑問が次に来るだろうが、それは転生庁で実際に働いている女神にも答えられない。おそらくというかほぼ間違いなく上層部の決定である。
相変わらず、上層部の考えることはわからない。
女神も何度か彼らに会ったことはあるのだが、一度として彼らの意図を知れたことはない。
大体、適当にはぐらかされて終わってしまう。
なお、先ほど一瞬話題に上がった斜め前を歩く司書であるが、彼女もまた転生庁ではいわゆる上層部と呼ばれるところにに所属している。
そんな彼女がメイド服に身を包んで司書をしているのかという疑問も当然適当な答えが返ってくるだけであるし、別の人がいいなどとは口が裂けても言えないので運が悪かったと思いながらおとなしく彼女の後ろを歩いている。
「ところで私が探している本はいずこにあるのでしょうか?」
「転生法に関する書籍とこの地域の古地図ですよね? 何ですか? あぁついにしびれを切らして異世界から助手を召喚するのですか? でしたら、転生法のグレーゾーンを徹底的に調べて調べまくって違反すれすれの危ないところで自分の思い通りの転生を行うのですね! これぞ転生庁! これぞ転生をつかさどる役所! いやー燃えてきましたよ! 今日は全力でお手伝い務めさせていただきます!」
まずい。変なスイッチが入ってしまった。
せっかくの休日だというのになんでこのようなことになってしまったのだろうか? いや、そもそも彼女がここに住んでいるのではないかという疑惑がもたれるほどのレベルで図書館に入り浸っているという事実を忘れてこの図書館に足を踏み入れてしまった自分が一番悪いのかもしれない。
女神はそこのあたりまで含めて深いため息をつく。
「どうかしたのですか?」
「いえ、なんでもありません」
文句を言おうにも逆らえる相手でもないのであまり強いことは言えない。下手をすれば路頭に迷う。
だからこそ、女神は早くこの状況から解放されるようにと願いながら図書館の奥へ奥へと進んでいく。
「さて、転生庁及び転生関係書籍はほとんどが禁書指定されるほどの危険なモノの扱いになっています。ですから、あまり日の目を見ることがないのですが、やはり本は読まなければただの紙切れの塊。本は読んでこそ意味があると思うのです」
「はぁ」
「ですから、私は図書館に訪れた人のために禁書を進めたりしているのです。えぇ四分の一ぐらいはそのために司書をやっていますので」
四分の一がそれならば、残りの四分の三はなんなのだろうか?
聞いたところで録な答えが返って来る様子しか思い浮かばないのでその質問の代わりにため息をつく。
「女神殿。あまり、ため息をつくと運気か逃げますよ」
「はあ。そうですね。気を付けます」
気を付けるとか、気を付けないとかそれ以前に原因が目の前にいるからどうしようもない。
女神は今一度ため息をつく。
どうしたモノだろうか……
一番いいのはこのまま素直について行って、本にたどり着いたところで別れることだが、現状の彼女の発言からして素直にそうさせてくれるかどうかは未知数だ。むしろ、最後まで付き合うなどといって付きまとってくる可能性もある。
そうなると、引きはがすにも多少なりともの理由が必要だろう。こうしている間にも確実に目的の本がおいてある書棚には近づいているわけで結論はなるべく迅速に出さなければならない。
なんていうことを考え出した時には既に手遅れでひたすら斜め前を歩いていた司書はすでに足を止めてこちらの方に向き直っていた。
考え事をしながら歩いていた女神は彼女にぶつかりそうになるが、寸前に気付いて立ち止まる。
「さて、女神殿。ここが禁書指定されている書籍の中でもより危険な書物を扱っている書架。レベル5に指定されている本がおかれています。まぁ触ったからといって実害がある本は少ないのですけれども、読む人によっては変な気を起こしそうな本が並んでいるからゆえの分類なんですけれどもね。えぇまぁ。正直なところレベル2と迷ったのですが、こちらの方が確実化と思いお連れしました。というわけで転生法関連の本から探していきましょうか」
どうやら、女神が気付いていなかっただけでことはもっと前から重大な事態に陥っていたようだ。
図書館に収められている本は六段階のレベルに分けられていて、だれでも読めるのがレベル1とされていて、そこからレベルが上がるごとにその本の管理は厳重になっていく。
レベル5というのはその中でも上から二番目に厳重な制限がかけれていて、おそらく目の前を歩く司書以外はそこにどんな本がおかれているかすらまともに知らないだろう。一つ上のレベル6に至っては触れたら最後何が起きても補償はしないという但し書きがされるほど危険なものである。
そんなものを目の前にして、女神が緊張しないわけがない。
平然とした顔でこんなところまで案内してくるあたり、司書は慣れているのだろうが、女神はここまで踏み入れるのは初めてだ。
「……転生法関連書籍はここですね。レベル5ハ-参拾弐の棚にある本への接触を許可します。私はまたあとで伺いますのでどうぞごゆっくり」
女神の予想に反して司書はぺこりと頭を下げて立ち去っていく。
女神は呆然とその背中を見つめながら、やっと解放されると内心喜びの声をあげる。
しかし、すぐに周りの状況に気付いてしまい、ため息をついた。
「そういえば、彼女の案内なしには帰れそうにありませんね……」
女神はその状況を再認識しつつもせっかくだからと書籍に手を伸ばし始めた。
*
「ねぇちょっと待ってもらってもいい?」
書架で見たものについて語りだそうとした女神をボクは静止する。
このままでは休憩時間はおろか、夕方ぐらいまでかけて話が進行しそうだったからだ。
『おや、どうかしましたか?』
しかし、ホログラムにその意図は伝わらなかったらしく彼女はゆっくりと首をかしげる動作をする。
「いや、だからさ……なんていうか、ボクがした質問と今の話の内容って若干ずれてきているんじゃないかっていう気がして……何を聞いたか覚えている?」
『えぇ。レイちゃんが来るより前の休日の過ごし方……ですよね?』
「いや、そんなこと聞いた覚えないんだけど」
ボクの答えに女神は小さく首をかしげる。
どうやら、彼女は本気で勘違いというか、思い違いをしていたようだ。いや、そんなことを聞いたつもりは全くないので途中で何かしらの都合で話しがすり替わったのかもしれない。
そうでもしないと、助手に選んだ理由ではなく休日の過ごし方を語り始めるわけがない。
「それじゃ、改めて聞くけどさ……どうしてボクを助手に選んだの?」
『あぁそういう話でしたか。それでは改めまして話していきましょうか……」
彼女はそっと目をつむるともう一度話を仕切りなおす。
『それでは改めまして、あなたを助手にした理由……話していきましょうか』
ホログラムに映し出された女神はそういいながらにっこりと笑みを浮かべた。