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額面通りの神様転生  作者: 白波
第一章 ようこそ神界へ
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町へお出かけするために

 ボクは少しだけ開かれた障子の間から漏れる朝日とスズメの鳴き声で目を覚ました。

 どうやらあの後、朝になるまでずっと寝ていたらしい。


 昨日よりは軽くなった体を起こすと目に飛び込んでくるのは昨日と同様に鏡に映る自分の姿だ。


 恐る恐るズボンの中に手を入れてみると、そこにあったはずのモノはなくなったままで眠りにつく前の出来事は夢ではなかったという現実が突きつけられる。


「はぁ……」


 小さくため息をつきながら起き上がり、鏡を見ながら乱れていた服装を軽く整える。

 昨日とはまた違う格好になっていたので、恐らく寝ている間に女神の手によって着替えさせられていたのだろう。


 このまま布団の上にいても良かったのだが、布団と掛け軸以外は何もないといっても過言でないこの部屋にいても仕方ないのでボクは障子の方へと歩いて行って、両手でそれを勢いよく開く。


 別に静かにあけてもよかったのだが、これまで和室などとあまり縁がなかったので一度こういったことをやってみたかったのだ。


 障子の向こう側には板張りの廊下があり、部屋の向かい側は壁ではなくガラス戸と雨戸だった。

 このことを考慮すると、この場所は縁側のようになっているのかもしれない。そう考えて、ガラス戸を開け、続いて重い雨戸も開ける。


「……すごい」


 雨戸を開けた後、その向こうの風景を見たとき思わずそんな声が漏れた。

 雨戸の向こう側には日本庭園という言葉がぴったりな枯山水の庭がひろがっていたのだ。


 庭はこまめに手入れされているようで、岩がところどころに点在していて、左前には木製の橋がかけられている。それを囲むように地面いっぱいに敷き詰められた砂利は見事に水の流れを表現していた。


「……やっと目が覚めましたか」


 庭の風景に見とれていると、左の方から足音ともにそんな声が聞こえてきた。

 声のした方を向くと、女神が笑顔で手を振りながら立っていた。


「おはようございます。どうです? 体の調子は?」


 そう言いながら女神は微笑んだ。

 昨日は自分の体のことに必死で気づかなかったが、純和風な空間の中に金髪美女というのは意外と絵になる。


「おはよう。体に関してはとりあえず動くし、問題はないよ。ただ、性別は女のままだけど」

「何を言っているの? 目が覚めたら性別が変わっていたなんてびっくりする……」

「そのびっくりが前に目覚めたときに起きていたんだけど」

「あぁそういえばそうだったわね」


 ある意味で予想通りだが、女神の中でボクの性別を変えたという事実はあまり重要ではないらしい。

 彼女はニコニコと笑顔を絶やさずにボクのすぐ目の前まで歩いてくる。


「さて、昨日言ったこと覚えていますか?」

「えっと……この体についての説明と神界の案内だったっけ?」

「そうそう。それじゃさっそく家を出るから準備しましょう。町へ向かう間にその体についても話をしますから」


 彼女はそういうと、手に持った着替えをボクに渡してそそくさと立ち去っていく。

 その後ろ姿を見送った後、部屋に戻り手元の服を畳の上に置く。


 それを見て、ボクは言葉を失ってしまった。


 今、目の前にあるのは黒を基調としたフリフリのドレススカートと黒いソックス、そして下着類だ。服の上には“今日の気分はゴスロリです 女神より”と書かれたメモもある。

 おそらく“今日の気分は”という文章から始まるからにはこれ以外にも様々な服が用意してあるのだろう。

 見間違いであってほしいともう一度メモに目を落とすが書いてある文章は先ほど読んだものと一緒だ。


 無言でメモを破り捨てると、改めて目の前にある服を見る。


 現在の服装はピンク色の見たこともないクマのようなキャラクターが描かれた寝間着でこのままの恰好で出かけるわけにはいかないというのは理解できる。

 しかし、いくら何でもいきなりゴスロリは難易度が高すぎやしないだろうか。むしろ、この服装で外に出るぐらいなら寝間着の方がましな気すらしてくる。


 いや、そんなことをここで考え込んでいても仕方がない。


 服を変えてもらうにしてもあの女神がこの家のどこにいるかわからないし、会ったところで別の服を用意してくれる気がしない。そうしてくれるぐらいだったら、最初から普通の服を用意するはずだ。


 このまま寝間着のままでいても、着替えるまでは外には出してもらえないだろうからと、ボクは半ばあきらめに近い感情で寝間着のボタンに手をかけて、着替えを始めた。




 *




 着替えが終わってから数分。

 ボクは鏡の前で動けないでいた。


 どれだけのぞきこんでも鏡に映るのはゴスロリを着ている短髪黒髪の幼女……要は自分自身なのだが、その現実を受け入れられないでいたからだ。

 恐らく、容姿をまったくそのままにするのではなく、原型をとどめながら細かいところをいじったのだろう。改めて見てみると完全に女の子になっていて、歳の離れた妹を見ているような感覚に陥る。


 手を上げたり、足を動かしたりすれば鏡の中に映った幼女は連動して手や足を動かす。いや、ここで別の動きをされたらそれはそれで困るからいいのだが……


「レイちゃん。着替え終わった?」


 そこにちょうど、着替えが終わるのを見越していたように女神の声が聞こえてきた。


 障子を開けて部屋に入ってきた彼女は鏡の前でゴスロリを着て立っているボクを見て、もの珍しいものを見るように目を丸くする。


「あら、まさか本当に着てくれるとは思いませんでした。もっとも、あなたに合う大きさの服は寝間着二着とそれしかありませいんので、結果的に拒否したところでそれを着るという選択肢しかありませんけれど」

「子供用の服がこれと寝間着しかないってどうなんだよ。そんな装備で大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。問題ありません」


 今のやり取りは死亡フラグに近いと思うのだが、そのようなことに気を留める様子はなく女神はボクの頭にポンと手を乗せる。

 そもそも、なんで選択肢がゴスロリしかないのに“今日は”なんていう前置きを付けたのかという疑問に関しては追及したところで深い意味はなさそうなので口にはしない。


 女神は頭の上に置いていた手を離すといかにも女神らしい柔らかい微笑を浮かべる。


「さて、着替えも終わりましたし、さっそく町へ行きましょうか。ついてきてください……べっ別にあんたのために道案内してあげるわけじゃないからね!」

「なんでまたツンデレ? 好きなの?」

「……気分です。希望があれば妹キャラからお姉さんキャラ、ヤンデレ等々対応しますよ?」

「しなくていいから。お願いだから普通にして」

「えー」


 普通にしてほしいというのがよほど不満なのか女神は子供みたいに口をとがらせる。

 まったく持って、何を考えているか理解できない。


「まぁいいです。私が勝手にやればいいんですから……明日の目覚めはヤンデレにしようかな?」

「やめてください」

「はいはい」


 そんな風な会話をかわした後に女神の背中を追いかけるような形でボクは廊下を進んでいく。

 庭が大きくて立派だったことからなんとなく察しはついていたが、この家はかなりの規模を誇っているようだ。

 その割には前を歩く女神以外に人影(神影?)を見ないのが不思議ではあるが、さすがにこの家に女神が一人で住んでいるなんていうことはないだろう。仮に女神以外に誰も住んでいないのなら、それはそれでいいのだが……


「……ちょっと、人の話聞いているの? まったく、本当に人の話を聞かないわね」


 どうやら、考え込んでいる間に女神が話しかけていたようだ。

 顔を上げて彼女の表情をうかがうと、少し怒っているように見えた。もしかしたら、重要な話を聞き逃してしまったのだろうか? もしそうだとしたら結構、まずいかもしれない。


「あっあの……女神様?」


 彼女の剣幕に押されながらも恐る恐る尋ねてみると、彼女は勢いそのままに怒鳴り声をあげる。


「だーかーらー! さっきから何度か聞いているでしょ? タイ焼きは頭から食べる派? それとも尻尾? まさかのおなか?」


 物凄くどうでもいいことだった。

 考え事をしていて話を聞き逃していた自分が悪いのだろうが、ツンデレやらヤンデレやらの話から何がどうなってタイ焼きの話に至ったのだろうか? いくらなんでも脈絡がなさすぎる気がする。


 懸命に様々な要因を考えてみるが、間髪入れずに彼女はがっしりと肩をつかんで顔を寄せてきた。


「それで? タイ焼きは頭から? それとも尻尾から?」


 聞かれて、自分がタイ焼きを食べているときのことを思い返してみる。

 確か、普段はタイ焼きをタイ焼きを食べるときは……頭とか尻尾とかあったっけ? というか、これって頭だったら残酷で尻尾だったらエッチとかそういうこと言われる気がする。おなかは知らないけれど……

 いずれにしてもどの答えを出したとしても碌な答えが返ってこないというのが目に見えている。


「……えっと、背びれの部分……かな?」


 女神にバカにされたくないという妙なプライドが邪魔をして、彼女が例にあげていない背びれを選んでみたのだ。ちなみにタイ焼きは頭から食べる派です。


 背びれという答えが意外だったのか、女神は少々硬直していた。


 しばらく放っておくと彼女はわなわなと体を震わせ始める。


「あれ? 女神様?」

「……せっ背びれですって……なんと恐ろしいものを!」


 うん。どうやら、選択肢を間違えたらしい。しかし、自分の記憶を探る限りタイ焼きを食べるときは頭か尻尾かというあたりしかないが、もしかしたら自分が知らないだけで何かがあるのだろうか?


「背びれ……あなた、背中から襲うなんて卑怯な人間だったんですね! お母さんはあなたをそんな子に育てた記憶はありませんよ! 頭から堂々と行ける子になりなさい!」

「いやいやいやいや! どういうことなの? そもそも、お前はいつからお母さんになった!」

「……そりゃ、あなたの新しい体を創ったのは私よ? だったら、私が母親と言っても過言じゃないでしょう? まったく、親の顔が見てみたいわ」

「自分の発言を見直そうか? いろいろと矛盾していて何が何だかわからないんだけど」


 完全に女神のペースにのまれている。というか、背びれだと卑怯なのか? そんなことを言い出したらタイ焼きはどこから食べるのが正解なのだろうか?


「はぁまぁいいですよ。答えはちゃんと出たようですし……時間は有限です。もったいないのでさっさと町へ行きましょう」


 その有限で貴重な時間を無駄に浪費したのは誰だと言いたくなるのを必死に抑えながら、ボクは再び歩き出した女神の後ろについてい歩いていく。


「ねぇタイ焼きって頭か尻尾の二択だったら……」

「早くいかないといけないんじゃないの?」

「そうだけどさ……ほら、気になるじゃない? 初対面の時に“タイ焼きはどっちから食べるの?”は定番の質問でしょ?」

「いやいや、そんなさ、“趣味はなんですか?”ぐらいのニュアンスでそんなこと聞かれるわけないでしょ」


 くだらない話題を話し始めたがためにちょこちょこと立ち止まりながら、玄関へと向かっていったため、結果的に玄関にたどり着く頃には三十分近くの時間が経っていた。念のために言っておくが、いくら広い家とはいえ、ボクがいた部屋から玄関まで、立ち止まらずに歩いていけば五分もかからずにたどり着くことができるぐらいの距離だ。

 なにが言いたいかと言えば、移動時間のうち八割五分は無駄な時間だったということだ。


 それに関して、女神は全く悪びれる様子もなく、時間がないから早く街へ行こうと再三せかす。


 はたして、こんな女神の下でちゃんとやっていけるのだろうか? 一抹の不安を抱えたままボクは女神とともに家を出た。

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