せっかくなので買い物をしましょう
転生庁を遠くに見る商店街は活気にあふれていた。
あちらこちらで活発的に売り買いが行われ、その声が遠くまで届いている。
そんな町の中を女神と椚は歩いていた。
行き先は商店街の端に建つ服屋だ。
端といっても、診療所から見て反対側の端にあたるため、商店街をそのまま端から端まで抜けることになる。
この商店街にはたくさんの種類の店がそろっていて、食料品から日用品、娯楽品まで大体のモノはこの商店街でそろえることができる。
いろいろな店が入り乱れてごちゃごちゃとしているのだが、女神はその風景は嫌いではなく、むしろ好きだ。
この場所ではこの町での生活を強く感じることができる。繁盛している店から少しすいている店まで少なからずお客さんはいて、それぞれが目当てのモノを買ったり、ウィンドウショッピングを楽しんだりしている。
その様子を見ているだけでもなんとなく楽しいのだが、何よりも誰かと話しながら歩くのが楽しかった。
普段、もちろん女神にも椚にも休日はあるのだが、それがなかなか重ならないため、こうして二人で出かけるのは久しぶりだ。
もう少しすぐに会える友人がいたらなんて思うが、友人なんて作ろうとして作るモノでもないから、現状の維持でいいだろう。
「女神様? なんで急に服屋に?」
律儀に斜め後ろを歩く椚が口を開く。
家の中ではある程度砕けた感じだったにもかかわらず、外に出た途端にこれである。
「少し新しい服がほしくなって……ほら、最近買ってなかったものですから」
女神は椚の会話に応じながら何とも微妙に居心地の悪さを感じていた。
一応、外に出れば女神のメンツというものが付いて回るのだからある程度は仕方ないかと思うが、これでは友達と楽しい休日を過ごしているという感じがなくなってしまう。
せっかくだから昔と同じように接してほしいという言葉がのど元まで出かけるが、すぐに飲み込む。
おそらく、言ったところで無駄だからだ。
前にも似たようなことを頼んでみたが、結局応じてはくれなかった。
それは現在の立場ゆえにであり、女神も女神でかつての友人である六花のことを閻魔様と呼んでいるのだからあまり強くは言い出せない。
あまり強く望んだわけではないにしろ、転生庁という役所で女神という役割を務めている以上、あまりなれなれしく人と接するべきではないということだろう。
それはそれでとても疲れるのだが、周りの人がそうしている以上、仕方ないのかもしれない。
「まったく、堅苦しい身分になってしまったものですね……」
そもそも、神界というのはありとあらゆる世界の交差線上にある世界だ。
だから、様々な文化、技術がまじりあってどんどんとその規模を拡大している。
そこの住民は主に神様と人間であるのだが、儀式を行えば人間から神に神から人間にということが可能だということが恐ろしい。
女神とて、最初から神ではなかったということだ。
そもそも、神という身分はどちらかといえば役職に近いものであり、その任を解かれれば本人の自由とはされながらも人間として過ごすという選択肢も用意されている。
もちろん、転生庁は立ち上げられた場ありで引退するつもりなど毛頭ない。しかし、こうしていると、人間として椚たちと遊んでいた日々が遠く懐かしく思えてくる。
よくこういう話をすると神様同士で仲良くすればいいのではないかという意見が聞こえてくるのだが、意外と神様同士というのは仲が良くないことが多く、特に女神のような新入りなどには入りにくい見えない壁のようなものがある。
この間など、転生庁に比較的近い役所の神々のところにあいさつしに行ったら透明なバリアで侵入を防がれた。まさに透明な壁(物理)なおもてなしである。
そこまで考えて女神は首を横に振る。
朝からしつこく言い聞かせているように今日は暗いことは忘れて遊ぶために町まで来たのだ。
こんなことを考えている間にも服屋のすぐそばまで到着した。
女神は椚とともに真っすぐとその店内へと入っていく。
「いらっしゃいませ」
女性店員のあいさつを聞きながら女神は店の奥の方へと歩き出す。
そのあとはしばらく店内を歩き回り、椚を着せ替え人形のようにしながら一通り見終わると、女神は子供服売り場の前でぴたりと足を止めた。
「どうかしましたか?」
そんな女神に椚が声をかける。
「いえ。思ったよりも子供服の種類が豊富だったので……」
「あぁそうですね。天界には子供ぐらいの大きさで大人という人も多々いらっしゃるのでそういう方向けかと思います」
「……そう。せっかくだから一着買っていこうかしら」
女神はなんとなく、目の前にあったゴスロリ服を手に取る。
「それって……もしかして、小さい子供にそういう服を着せたいとかいうそういう趣味があるのですか?」
その手元を見た椚が少しあきれたような口調でそう言った。
しかし、女神は焦る様子もなくただ単に平静な様子でそれを買い物かごに入れる。
「別に他意はありません。少し気になっただけで……そもそも、私の近くに小さな子供がいるとでも?」
「えぇ。すっかり、閻魔様にでも着せるのかと……」
「いや、さすがにそれはないでしょ……」
椚の言葉に今度は女神があきれる番だ。
確かに閻魔は小柄でパッと見ただの幼女であるが、こういった服で喜ばないのは明白だ。むしろ、人を馬鹿にするなだのなんだのと永遠に説教が続く気がする。
おそらく、いや絶対に椚はそれがわかって言っているのだろうから余計にたちが悪い。
「……あなた。説教されて喜ぶような人間でしたかしら?」
「いやいや。そんなことはないですよ。私はただ単純純粋に女神様と閻魔様に会話をしてほしいだけですよ。まぁ形式としては言葉のキャッチボールではなく言葉のマシンガンを片方が一通り受けきるだけという不公平だといわれればそれまでのようなルールなのかもしれませんが……」
「不公平すぎるわよ。彼女の説教を会話に含めたら世の中の代替のやり取りは会話になるんじゃないですか?」
「おやおや。私としては人と人、人と神、神と神が話すのはどんな内容であろうとも相手がいる限り会話だと思っていますよ。なので説教であろうとも会話は会話です」
会計を待つ間、椚と女神はゴスロリ服と説教が会話に含まれるか否かという結論が出てもどうしようもなさそうなどうでもいい議論を展開する。
「いや、さすがにあの説教は会話じゃないですよ。だって、会話が完全に一方通行じゃないですか。閻魔の背中に私の方を向いている青地に白い矢印がやっているように見えますよ?」
「大丈夫ですって。あなたが単純にボールを取りこぼした挙句、違うボールを投げて相手がマシンガンをぶっぱなし始めるぐらいです」
「いやいや、その表現が出る時点で会話じゃないと思うのだけど」
その先、さらに議論が深みにはまっていこうかというそのとき、議論を交わす二人の間に割って入る人物が現れた。
「……申し訳ございませんお客様。会計が終わりましたので支払いをお願いしたいのですが……いつになったら払ってくださるのでしょうか?」
二人の間に割って入り、支払いを請求する店員はとびっきりの営業スマイルを浮かべながらもその目は全く笑っていない。むしろ、邪魔だからさっさと失せろとでも言いたげだ。
そんな視線から逃れるように女神は急いで財布を取り出してお金を払う。
「ありがとうございました」
相変わらず、顔だけは笑顔の店員から商品を受け取ると、女神と椚は逃げるようにして店を出た。
店を出た後、椚は今一度興味深そうに女神が持っている紙袋に視線を向ける。
「……本当に閻魔様に着せないんですか? きっと似合いますって。口では説教して、ふざけるなとか言いながら来てくれますよきっと」
「勘弁してくださいよ。ただでさえ何もしてなくても説教されるのに、この上で余計なことをすれば立てなくなるほど長い時間のお説教が待っているんですよ。それも下手をすれば銭湯で服も着ないで……いくら神様といえどもさすがにそれは風邪をひきますよ」
女神の言葉を聞いて椚はコロコロと笑い声をあげる。
「確かにそうなると、私も巻き添えでもれなく風邪をひきますね。医者の不養生とはまさにこのことなのでしょうか?」
「微妙に違う気がするのだけど……体調管理がなってないという意味ではあっているのかしら?」
「さぁどうでしょうね?」
そういう椚はどこまでも楽しそうだ。
大して、閻魔の説教を思い出した女神は少々沈み気味である。
この辺りに二人の感性の違いというか、考え方の違いが出ているといえるだろう。
どんな形でもいいからコミュニケーションをとるべきだという椚に対して、さすがに説教はされたくないという女神。というよりも、会えば説教を食らうのだからそれの時間が延びるかそうでないなぐらいの違いしかないのかもしれないが……
やはり、閻魔と女神で普通のコミュニケーションをとるためには何かワンクッション置く必要があるのかもしれない。
そんなことを考えて、女神は一つため息をついた。




