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額面通りの神様転生  作者: 白波
第五章 立山玲
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有意義な休日を過ごしましょう

 有意義な休日を過ごそう。

 丸焦げの朝食を食べ終わった女神は誰から言われるわけでもなくそう決めた。

 別に唐突な意見というわけでもない。仕事の手が空いているときのわずかな休みを無駄にせず過ごす。しっかりとリラックスすれば、昨日のようになんとでもない青年のデータに目を止めて余計な時間を過ごすなんてことはないはずだ。


 朝から盛大な失敗をして気分は最悪だが、休日であることには変わりない。


 せめて、助手がいてもう少し仕事が休めたらなんて考えるが、転生庁はかなりの人手不足だし、あまり人気のある仕事ではないので採用試験をしても人が集まりにくい。

 転生者候補の中から助手を探し出すのも越権行為だといわれなけないので避けた方がいいだろう。


「って、そうじゃない。そうじゃない」


 またしても仕事のことを考え始めていた女神は頭を振ってそのことを思考から追い出す。

 とりあえず、今日は仕事のことを忘れて思い切り遊ぶ。そうして、有意義な休日を過ごすと決めたばかりである。

 皿を台所へと戻し、いすに戻った女神は改めて今日は何をしようかと思案する。といっても、休みは一日だけなので行けるところは限られている。

 とりあえず、近くに住んでいる友人のところへでも遊びに行こうかと思い立って女神は立ち上がった。


 今日は割と早起きだったため、一日一往復のバスがやってくるまでまだ時間がある。

 女神は自室で服を着替えて町に出かける準備をすると、そのまま家を出た。


 女神の家の周りは自然の風景がそのまま残っているというか、周りに女神の家以外人工物がなく、バス停まで至る道もほとんどけもの道なので初めて女神の家を訪れた人がまともにたどり着いたことはない。

 大体は迷子になるか、最悪の場合遭難ということすら考えられる。(もっとも、けもの道とはいえ、ちゃんと道があるので相当な方向音痴でない限り遭難ということはありえないはずなのだが……)


 一体、どういう状況になるとこの場所で遭難するのだろうか? などとのんきなことを考えながら女神はバス停を目指して歩く。

 ここからバス停まではまっすぐ行けばすぐにつくのだが、今日は時間があったのであえて遠回りをしている。

 普段はあまり通らないこの道はところどころ消滅しかけていて、女神が歩いて行った後に道ができていく。そんな感覚を楽しみながら、周りの風景に目を見やった。

 朝、早いせいなのかわからないが、森の木々には木の蜜を求めて虫たちが集まり、空では鳥たちが元気にさえずりながら空を飛んでいる。木のくぼみからはどんぐりを持ったリスが顔を出していて、キツツキが懸命に木をつついて餌を探している。


 発展した町からはほぼ完全に切り離されたこの場所はこうした生き物たちにとってはとても過ごしやすい場所なのだろう。

 これまでたくさんの世界を見てきたが、どの世界でも決まって知的生命体が文明を築くとこうした生き物たちはどんどんと居場所を追われて、やがては絶滅してしまう。そもそも、そうでなくても絶滅する生物は多々いるので一概にそのせいだけだとは言うことができない。

 例えば、何かの生物が絶滅したからと言って新しい生物が生まれる可能性がないなんてことはなく、各世界事において生物の多様性というのは完全に失われるなんてことは相当なことがない限りありえない。


 そんな風にして考えていると、女神はいつの間にかがけっぷちへと到達していた。

 下を見れば、かなりの高低差があることがうかがえるが、神である以上落ちたところで死にはしないだろうし、そもそもその気になれば神力を使って飛ぶこともできるのでそこまでの恐怖というものは感じない。

 女神は少し体を乗り出して崖の下を覗き込んでみる。神様になったばかりの子に神力を使う練習だといって、背中を押してみるのも面白いかもしれない。


 仮にけがをしてもいい医者を知っているので彼女に治療してもらえば大きな問題は起きないだろう。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 こんな風にのんびりしていてもいいのだが、あまりのんびりしすぎるとバスが行ってしまう。

 そうなっては、町まで自力で行かなくてはならなくなる。


 別に行けない距離ではないのだが、それなりに距離があるので町に着くまでにすっかりと疲れてしまうのだ。

 女神は崖を横目にバス停の方向へ向けて歩き出す。なんとなく、ここまで来てしまったのだが、現状の位置からしていつも使っているバス停よりも一つ町に近いバス停の方が距離的には短いと判断して、女神は崖沿いに進んでいく。

 今歩いている道は徐々に下り坂になっていき、やがて先ほど見ていた崖下と同じ高さまで降りていく。


 そこまで到達すると、ようやくバス停が見えてきた。

 女神は少し駆け足気味でそこに行くと、ちょうど向こうの方にバスが見えてきた。


 ここは普段、人が乗り降りするようなバス停ではないうえに少し目立ちにくいので通過されてはたまらないといわんばかりに女神はバスに向かって手を振る。

 さすがにそこまですれば、バスの運転手が見逃すはずもなく、バスはゆっくりと速度を落として停車した。


 女神がそそくさとバスに乗り込むと、バスは静かに扉を閉めて発車する。

 明らかに年代物のボンネットバスの中には女神以外の乗客の姿はなく、運転手と女神が乗っているのみである。

 女神は一番後ろの座席に腰かけながら外の風景に視線を移す。


 周りに広がるのはいつも通りのようでいつも通りではない山々の風景であり、あまり変わり映えがない。


 女神は小さくため息をつきながら窓ガラスに手をついた。

 そういえば、このバスの始発はどこなのだろうか? 一日一往復。それも町に入るまで女神以外の乗客がいないとはいえ、このバスは女神を下ろした後もどこかへ向けて走っていく。

 バスの全面に表示されている行先表示板には「山並(やまなみ)交通バス」と表示されているだけで行先は示されていない。


 女神の家の周りには基本的に山林しかないため、このバスはもっと山奥へと走っていくのかもしれないが、誰も乗らないバスなど運行して何か意味があるのだろうか? はたまた、女神が知らないだけでさらに山奥の方に集落があって、そこの交通を担っているというのであろうか?

 行先が表示されていない以上、想像が膨らむが実際に行こうとは思わない。


 くどいようだが、このバスは一日一往復である。つまり、終点まで行ってしまえば翌日の朝までどこかで待たなければならなくなり、仮に夜中にでもついてどこに泊まる宿がなかったら悲惨以外のなにもでもない。

 だから、これは興味だけで済ましておいた方がいいだろう。


 実際に行くのではなく、図書館や何かで地図を見てみればこの先に何があるかぐらいなら簡単に見つけられるはずだ。

 そのうえで例えば温泉など、女神の興味を強く引くものがあれば行ってみてもいいかもしれない。

 どうせ、朝乗るバスは一緒なので乗り遅れさえなければ、遅刻するということもあり得ないはずだ。


 女神はそんなことを考えながら流れる風景を見続けている。


 気が付けば、トンネルの直前のバス停を通過してバスは真っ暗なトンネルの中へと入った。


 バスの天井に着けられた灯りだけが周りを照らしている薄暗い空間の中で女神は柔らかい笑みを浮かべる。


「そうね。今日は椚に会ってから図書館に行って、最後にあの子のところによって行こうかしら」


 誰かに聞かせるわけでもなく女神はそうつぶやいて暗いトンネルの壁から視線を外す。

 そのあと、しばらくバスは暗闇の中を走り続け、ようやく長いトンネルを抜ける。


 長いトンネルを抜けると、雪景色……ではなく、少々古臭い街並みであり、先ほどまで快調に走っていたバスも歩行者に気を使って速度を落とす。

 多くの人たちの活気であふれ、いつも通りの賑わいを見せる町は今日もとても騒がしい。


 着物を着ている人がいると思えば、見たこともない奇抜な衣装を着て歩いている人もいる。この多様性は転生庁のおひざ元たるこの町ならではの光景だろう。

 町に入って一つ目のバス停に到着すると、バスの中に人がどっと押し寄せてきてその騒がしさがバスの中に広まっていく。

 実際、この区間だけで利益を回収しているのではないかと錯覚するほどにたくさんの人を詰め込んだバスは終点へ向けてのろのろと走っていく。


 この世界にバスなどの交通機関が入ってきたのはつい最近の出来事だ。


 そのせいもあって、車の数は非常に少なくどこの町に行っても道路は歩行者が最優先であり、車は歩行者を無理やりどかすわけでもなく、時には歩行者よりも遅いぐらいの速度で道を進んでいく。

 先を急ぐのであれば歩く方が早いのではないかとすら思えるぐらいだ。


 しかし、それよりはバスに乗ったほうがはるかに楽なので結局のところバスは人気なのだ。


 窓の外の街並みを見ていると、徐々に建物の高さが高くになり、バスは終点に近づいていく。

 道沿いに整然と立ち並ぶ建物の間に一瞬見えた灰色の煙突を見送ったと、バスはさらに速度を落としてから終点となっているバスターミナルへと入っていった。


 女神はほかの人たちが降りていくのを見てから立ち上がり、バスを降りる。


「いつもありがとうございます」


 運転手のそんな言葉に女神は小さく会釈をして返事を返し、バスから離れて目的地の方へと歩きだす。


 ここから椚の診療所までは大して距離はない。

 女神は彼女と何を話そうかと考えながら人ごみの中を目的地へ向けて歩いて行った。

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