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額面通りの神様転生  作者: 白波
第四章 閻魔と女神
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あの子の正体を知るために

 バスターミナルでバスを降りてからボクたちは女神を先頭に町の中を歩いていた。

 六花が何も異を唱えないあたり、この先に“あの子”がいるのだろう。


 ボクは女神の背中を見失わないように気を付けながら歩いていく。


 町の中は相変わらず活気に溢れていて、人の往来も多い。


 そんな中でボクは周りの風景に見覚えがあることに気付いた。

 いつも歩いている街なのだから、それは当然なのかもしれないが、そういう類のモノではなく、よく知っている場所へと近づいている気がするのだ。


 そして、女神が足を止めたとき、その予感は確信へと変わる。


「着きましたね」

「そうですね。久しぶりというほどではないですが、まぁ久しぶりということにでもしておきましょうか」


 今、ボクたち四人の前に立っている場所……「天晴湯」と書かれた煙突が特徴の銭湯の前で 女神と六花は二人並んでそんな会話を交わしている。


「えっ? あの……ここって……」

「おや、何も聞いていなかったんですか?」


 状況がわからずに困惑するボクに蛙葉が声をかける。


「まったくですよ。結局のところそもそも、“あの子”って誰なんですか?」

「あーそこからですか……」


 蛙葉は大きくため息をつく。

 どうやら、ここまで事情を知らないとは思っていなかったようだ。


 彼はしばらくの間を置いた後、ゆっくりと話し始めた。


「そもそも、六花様たちがいう“あの子”というのが“向日葵”という名だということは閻魔庁の執務室でのやり取りから既知だと思われます。私もあまり詳しくはないのですが、お三方とあの子が写ったあの写真は……」

「えっ? お三方って……」

「はい。あの写真に写っているのは現閻魔庁所属の閻魔“日計六花様”、現転生庁所属の女神である“白夜千歳様”、そして、現在は個人で診療所を開設している“落葉(らくよう)(くぬぎ)様”の三名です。そして、お三方と一緒に写っている黄色い花こそ“向日葵”です」


 そういいながら蛙葉は女神も見せてくれたあの写真を差し出した。

 その写真に写る三人を見てみると、確かに女神と六花の間に写っている少女は椚に似ているように見える。

 だが、そうなるとボクの中でまた新しい疑問が生まれる。


「……でも、そうなるとなんであの二人は向日葵のことに執着しているんですか? あのこういう言い方をすると、誤解を生むかもしれませんが、結局は植物の話っていうことなんですよね? それにこの銭湯とどいう言う関係があるんですか?」

「えぇ。確かに向日葵は言ってしまえば単なる植物です。しかし、それと同時にのちに転生庁となる組織が開発していた転生システムの最初の被験者でもあるんです。これは生き物に対して試す前に無機物もしくは植物で試そうという話になっていて、女神が自ら選んだと伝え聞いています。この選択の意図については今も女神は語っていません」


 蛙葉はそういいながら視線を銭湯のほうへと移す。


「そして、実験は結果から言えば失敗。どういう現象が起きたのかはいまだ不明ですが、向日葵はなぜかこの銭湯へと姿を変えてこの場所に存在しているのです」


 なるほど。よくわからない。

 蛙葉の説明を一通り聞いたボクの感想がそれだ。


 そもそも、どういう事故を起こしたら向日葵が銭湯へと姿を変えるという結果になるのだろうか?

 蛙葉がこれ以上語らない。もしくは知らないという場合、この先の真相はこれから行われるであろう女神と六花の対談の向こうにあるとみて間違いない。

 ボクは改めて銭湯の前に立つ女神と六花に視線を移してみる。


 彼女たちは神妙な面持ちで銭湯を見つめていて、その表情からは真剣さがひしひしと伝わってきた。


「それじゃ、行きましょうか。まだ、営業前ですけれど話をすれば入れてもらえると思いますし」

「そうですね。あなたとの因縁についに終止符を打つ日が来たわけですね」


 彼女たちはそういうと、女神はボクに六花は蛙葉へとそれぞれ視線を移す。


「ついてきてください。これより、問題の解決に向かいます」


 どちらかが合図したわけでもないのに息を合わせてちょうど同じタイミングでそういった二人は銭湯の入り口へと向かっていく。

 ボクと蛙葉はそれぞれお互いの顔を見てうなづいた後にその背中を追って銭湯へと入っていった。




 *




 銭湯の番台で女神と六花が交渉を済ませたのち、四人は番台近くに置かれている椅子に座って向かい合っていた。

 その中で向かい合うようにして座っている女神と六花の間には火花すら散っているように見える。


「それで? わざわざここまで来て何も話さないなんてことはないですよね?」


 先に口を開いたのは六花だ。

 それに対して、女神は小さく笑みを浮かべて答えた。


「えぇ。それはもちろん。そのためにそれぞれから第三者を連れているし、ここまで移動したのでしょう?」

「まぁそうですが……念のための確認です」


 六花はどこか疑っているような目で女神の姿を見る。

 おそらく、彼女からして“あの子”関連では女神は信用に値しないということなのだろう。


 女神はそんな六花の様子など気にすることなく、コロコロと笑っている。


「まったく、そんな怖い顔しなくてもいいですよ。ちゃんとお互いの腹を割って話し合おうっていう気になっているのですから」

「そうですか。ならかまいませんが」


 二人の間に再び沈黙が訪れる。

 ここに入ってから一向に話が進んでいないのだが、だれもそのことについて言及はしない。


 いよいよ。一時間もの時間がたとうとしたとき、女神はポツリ、ポツリと話し始めた。


「……あの日、あの子を被検体に選んだ理由は非常に単純でした。あの子の声を聴いてみたい。ただそれだけでした。でも、植物のままではそれはかなわない。夏が終われば向日葵は枯れてしまう……だからこそ、何かしらの生物への転生を狙って実験の被検体に選んだのです」

「だからってなんで最初の被検体(ファーストサンプル)に選んだんですか!」


 六花が机を勢い良くたたいて立ち上がる。

 激高している様子の彼女をだれもなだめることなく、相対する女神はただただ淡々と冷静に地震の考えを告げる。


「実験の時期ですよ。夏に行われた後はその検証等を挟んで次は一年後になる予定でした。なのであれが最後のチャンスだったんです。もちろん、ある一定度のリスクは承知の上でしたし、実験を任せた研究者からも被検体を探す手間が省けたと歓迎されました」


 女神は抑揚のない声で淡々とひたすら事実だけを告げていく。

 それを前にして、六花は自身の感情を隠し切れないでいる様子だ。


 まさに対照的な様子の二人の間に挟まれ、ボクも蛙葉も何とも言えない表情を浮かべて二人の行方を見守っている。


「どうして、私たちに一言相談がなかったのですか? あの日、どうして!」

「事前に相談しなかったのは謝ります。ですが、時間がなかった。そして、ここまで重大な失敗を起こす気もさらさらなかった。この結果は事故はあまりにも予想外だったんですよ。それこそ、当時開発中の転生システムの根底を覆すレベルでの問題です。それはあの子のおかげで発覚したのです」


 あくまで淡々と事実を語る女神の胸ぐらを六花がつかんだ。


「だからと言って! だからと言ってあの子が犠牲になってもよかったというのですか!」


 何だろうか。せめて、蛙葉に向日葵の正体が名前通り植物だという事実を聞くのは、この会話の後のほうがよかったなどと後悔をし始めていた。

 六花は向日葵に相当ご執心のようだが、その正体が植物と知ってしまった以上、失礼ながらなんでここまでの議論を交わす必要があるのかとすら思えてきてしまったのだ。


 もしかしたら、その向日葵が特別な何かだったのかもしれないが、それを知るすべはボクにはない。


 でも、六花と女神の様子を見る限り、それだけ向日葵のことが大切だったということだけは十分にうかがえた。


「六花ちゃん。いい加減前を見たらどうですか? あの子は……あの子は今もこうしてここにいるという事実は変わらないんですよ。あの事故の中で唯一、はっきりとした事実はこれだけといっても過言ではないかもしれません。それでもあなたはまだこのことについて追及するつもりですか? まだ、こんな争いをするのですか?」


 女神はまっすぐと六花の目を見て問いかける。

 その視線に当てられた六花は気まずそうに視線をやや上へとそらした。


「……私は、私はあの子に対してそもそも転生など望んでいなかった。最後まで向日葵として種を残すところまで生きてほしかった。ただそれだけ……でも、ようやく最近になってあの子がこんな結果を生み出したのには何が意味があったんじゃないかって思えてきたんです。それが認められなくて、あなたとずっと張り合っていたんですけれどね。でも、これで少しはすっきりしました。あなたがあの子を実験に巻き込んだ意図を知れて、その理由を知れて……でも、私はそれでも完全にあなたを許すつもりはありません。それでも、真相を教えてくださったことには感謝しています」


 彼女はそういいながら立ち上がる。


「六花ちゃん?」


 彼女の中でどんな変化があったのだろか?

 その場にいる誰もが六花の心情を推し量れないでいた。


 そんな中で六花は小さく笑みを浮かべてこちらを見る。


「さて、それじゃせっかくですから少し早いですけれども、お風呂に入ってから帰りましょうか」


 六花は笑顔を浮かべながら三人に提案した。


 それを見た女神はくすくすと笑い始める。


「クスクス……相変わらずというか、なんというか……まぁいいわ。もう一度番頭のおばあちゃんと話をしてみましょうか。もうすぐ営業時間でお風呂は沸いているでしょうし」


 女神がそういうと、続いて蛙葉も賛成の意を示し、遅れてボクも賛成だと声をあげた。

 全員の了承が取れた六花は満足げにうなづいて番台のほうへと歩いていく。


「まったく、あの子ったら本当にすっきりした顔を浮かべていますね」


 女神はそんな彼女の背中を見ながらそうつぶやいていた。


 ここでいう“あの子”が向日葵のことなのか、はたまた六花のことなのかわからないが、この時女神が浮かべていた慈悲深い笑みをボクは一生忘れることはないかもしれない。


「みなさん。入ってもいいそうです。早速行きましょうか」


 手早く交渉を終えた六花が戻って来ると、ボクたちはそれぞれ分かれてのれんをくぐり、脱衣所へと向かった。

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