表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
額面通りの神様転生  作者: 白波
第三章 異なる世界
17/45

寝台列車に乗るために

 寝台特別急行列車への乗降客が絶えない駅のホームで女神と再会してから数分。

 ボクと女神はホームの端にあるベンチに座り、乗降客を眺めていた。


「いやはや、一日中別行動のつもりがこうも早く再会するとは思いませんでした」


 女神は口ではそう言いつつもさほど驚いた表情を見せずにボクの頭に手を置く。そして、“やはり、こちらに興味を持ったようですね”などとつぶやいている。

 少々そう言った行動がわざとらしいことを考慮すると、ボクの行動をわかったうえでここに姿を現したのだろう。


 女神の意図としては、異世界に多世界の文化が混ざるとどうなるかという現実を見せたかったというところだろうか?

 この世界が女神の中で成功例なのか、失敗例なのかわからないが、これはいろいろな意味で貴重な体験だろう。


「……レイちゃん。乗りますか? この列車」


 しばらく考え込んでいた女神が唐突にそんなことを言い出した。


 まぁいつものことながら、この女神は時に突飛なことを言う。そして、彼女の手にはいつの間にか購入していたのかわからない“二等寝台客車”と書かれた切符があった。


「そうだね。ボクも乗りたいって思っていたところだし」


 もちろん、断る理由は見当たらないのでボクは笑顔で女神の誘いに応じることにした。

 そのまま女神に手を引かれて列車に乗り込もうとすると、視界の端につい先程まで話をしていた老人の姿が映った。

 彼は横にいる女性と何やら話し込んでいるような様子だった。


 ボクは彼に今一度手を振ってから列車に乗り込む。

 女性と話ながらも彼は、ちゃんとこちらを見てくれていたようでしっかりと手を振ってくれた。


「レイちゃん。乗り遅れますよ」


 女神に声をかけられてボクは列車に乗り込む。

 時計は見ていないが、馬車が駅前に到達してからそれなりに時間が経っているので発車時間まであまりないかもしれない。


 女神とボクが列車に乗り込むと同時に発車ベルが鳴り、大きな汽笛の後に列車はゆっくりと走り始めた。

 車両端にあるデッキから扉をくぐると、進行方向右寄りに廊下があって、右の壁が窓、左側には五つの扉がある。


 女神はそのうちの「603」と書かれた部屋の扉を開ける。


 部屋の中は二段ベッドと机、二組のイスがあるだけという非常に簡素なつくりで観光や高級感よりも移動するということ自体に重きを置いたような印象を受ける。

 女神は流れていく車窓を背に座ると、ボクに向かい側のイスに座るように促した。


「……レイちゃん。この世界を見てどうでしたか?」


 あまりにも唐突な問いにボクはあいた口がふさがらない。

 神界に帰ってからならともかくとして、わざわざこんな場所で聞く必要はあるのだろうか? というよりも、そんな話をしていて外部の人に万に一つでも聞かれることがあったら大変なことになるのではないかという危惧も浮かび上がってくる。


 女神は一瞬、ハッとしたような表情を見せた後に元の顔に戻って説明をする。


「安心してください。この部屋には防音の魔法がかけてあります。なので列車の走行音以外は聞こえませんよ」


 確かに言われてみれば、先ほどから列車が線路を走るカタンカタンという音は聞こえるが、車掌の声等々は聞こえてこない。


「まぁそういうわけなので安心してください」


 なんでそんな中途半端な防音魔法をかけたのか? という疑問は愚問以外の何物でもないだろう。

 心地のよい走行音を耳にしながら、ボクはこの世界での出来事に思いをはせる。


「そうだね。なんていうかさ、不思議な世界だよね。新しさと古さが混在しているというか、なんというか……」


 馬車が専用の道を走り、市場にはたくさんの露天が並ぶ、その一方で蒸気機関車が長い客車を引っ張って走っている。まるで、歴史の教科書などで見た明治時代の絵のようだ。

 鎖国の時代から一転して、外国のものを取り入れだしたあの時代とこの世界の印象はなんとなく一致する。とはいっても、ボクは平成生まれなので明治のことなど文献でしか知ることはできないのだが……


 ボクの言葉を聞いた女神は満足げな表情を浮かべて頷いている。


 どうやら、答えは間違っていなかったようだ。


「半分正解ですね。といっても十分な回答であることには間違いありません」

「半分ってどういうこと?」


 ボクは目がの口から早く答えを聞くためにそう促した。

 対して、女神はそんなボクを観察するのが楽しいのか、ニタニタと、笑いながらボクの表情を見つめている。


「どうかしたの?」

「なにもありませんよ。まぁさっそく答え会わせと行きましょうか。まず、この世界の特徴として、今私たちが乗車している鉄道があります。といっても、歴史が浅いので鉄道網はあまり発展していません。現にこの寝台特別急行列車を運行している会社も大陸鉄道を名乗っているけれど、運行区間は大陸のごく一部。会社が掲げる大陸横断鉄道計画の実現は相当先になるでしょうね」


 彼女はそう言いながら車窓に目をやる。

 それにつられて、窓の外を見てみると人々がもの珍しそうに見物しているのがわかる。


「このあたりの開通は一週間前。この列車の運行もその時からね。言い方を変えれば、ようやく寝台列車を運行できるぐらいの距離が確保できたとも言えます」


 彼女はそう言ったのちに視線をボクの方へと戻す。


「まぁここまでは正解と言ってもいいでしょう。新旧の混合。これが今の世界の現状です。まぁレイちゃんの世界の基準からすれば、すべて古いものだといっても過言ではないでしょうけれど……」

「まぁそうだね」

「えぇ。それでは、次にあなたが見抜けなかったこの世界のもう一つの特徴……もう一度考える時間を上げますので考えてみてください」


 彼女がそういうのと同時に列車はトンネルに入る。

 窓の外が真っ暗になり、客室内は一つだけ設置してあるカンテラの灯りがあたる範囲以外は真っ暗だ。


「もしかして、魔法がある?」


 なんとなくそんな気がした。別にカンテラに何かが仕掛けられているわけではない。

 カンテラはただ単に列車の振動に合わせて何度か揺れているだけだ。


 しかし、そんなまっらくな中でもカンテラの明かりに照らされて一瞬、視界に入った女神はにやりとした笑みを浮かべていた。どうやら、完全ではないにしろ正解のようだ。


「えぇ。この世界には魔法が存在しています。ですが、それだけではありません。魔法がどのように使われているか……それが大切です。たとえば、この蒸気機関車を運行するうえでもたくさんの魔法が使われています。火を起こすのも魔法であれば、運行中それを維持するのも魔法ですし、車内のどこにいても車掌の声が聞こえるのはそういう魔法が使われているからなのです。ですから、私が防音魔法を使ったところで“そんなことはよくあることだ”とされて誰も気に留めません。どうしても用事があれば魔法を破ってきますしね。まぁこの世界の特徴としてはそんなところです。まぁ次の駅まで時間がありますし、あとはゆっくりと列車の旅でも楽しみましょうか」


 彼女はそう言いながら指をパチンと鳴らす。

 すると、先ほどの静けさがウソだったかのようにたくさんの音が入ってきた。


『……でありますのでこのあたりのトンネル郡は難所だったわけでございます』


 観光案内とみられる車掌の放送や、話の内容までは聞こえないモノの廊下を歩く人たちの会話や足音、近くの部屋の子供たちの大声……列車の音にまぎれながらそんな音が聴こえてくる。

 少し騒がしいなと思う反面、なんだか旅をしているという気分にもなる。


「この世界では魔法の発達から、周りの音がうるさければ自分で魔法を使って遮断すればいいという考えがあります。なので防音という技術に関してはあまり広まっていません。一方でより人に物事を伝えやすいようにと、音が伝わりやすくするという性質を持った建造物が多いのも特徴です。あぁちなみに私たちの声は全く別の会話に変換されて外へ伝わっているので問題ありませんよ」


 彼女はニコニコと非常に楽しそうな表情を浮かべながらこちらを見ている。

 どうやら、会話の内容が外に漏れるのではないかと一喜一憂するボクの姿を観察するのがそんなに楽しいらしい。


「ねぇレイちゃん。あなたはどう思う? あの閻魔のいう通り、世界観の文化交流は悪? それとも、世界を発展させるための善?」


 女神は神妙な表情を浮かべて尋ねる。


 もちろん、女神が求めている答えもわかっている。そして、自分の答えもわかりきっている。


「悪いことじゃないと思うよ」


 だからこそ、ボクは静かに、さも当然のことを口にするようにそういった。


 その瞬間に女神の表情がパッと明るくなる。


「そうですよね! 信じてましたよレイちゃん!」


 女神は興奮した様子でボクの手を掴む。

 どうやら、閻魔とのやり取りでそれなりになにかを考えていたらしい。

 だからこそ、ボクに他の世界を見に行こうなどと提案したのだろう。

 まったく、振り回されてばかりで困ったものだ。でも、そんなのも悪くはない。現にボクは現状を楽しめている。


「さっそれじゃあ、いろいろとわかったところで次の駅に到着したら帰りましょうか」


 だからこそ、いつも通りのマイペースな女神を見て、ボクはなんとなく安心した。

 やはり、彼女は真面目な話をするよりもこうしている方が彼女らしく見える。


 二人の会話が終わる頃には列車は長いトンネルを抜けていて、次の駅を目指し、山を降り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ