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額面通りの神様転生  作者: 白波
第三章 異なる世界
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見聞を広めるために

 閻魔が乱入してくるという出来事から約一時間後。

 ボクの姿はとある世界の街の中にあった。


 状況を具体的に説明するのなら、近世ヨーロッパを思わせるような石畳の道とレンガ造りの建物が並び、遠くには教会らしき建物も見える。そこをドレスを着た貴婦人を乗せた馬車やシルクハットをかぶった紳士、どこぞの家のメイドや薄汚れた服を着た工夫などが行き来するそんな場所のど真ん中で一人たたずんでいた。


 きっかけは三十分前。女神の一言にある。


『レイちゃん。せっかくだから、社会勉強的な意味も兼ねて別行動にしようか?』


 そんな一言ともに彼女はどこかへと消えてしまったのだ。


 結果的にこの世界がどんな世界かということすらまともに説明を受けていないのでこんなふうに大通りで佇むことになってしまった。

 女神曰く、ボクから出ている神様独特の気配をたどれば、この世界から出ない限りは見つけられるのだという。


 だから、別にどこに行ったところで帰れることは確定なので別段、好きに町を散策してもいいかもしれない。

 幸いにも今の服装はこちらの世界に準じているから、子供とはいえある程度は出歩いていても不自然ではないだろう。


 ボクは考えをすっきりと切り替えて町の中へと躍り出る。


 大通りに面して出店している露店からは商品を売り買いする声がよく聞こえてくる。

 どうやら、このあたりでは地方から運ばれてきた野菜や肉が主に売買されているようで、魚を売っているのは見ないので内陸部にある町なのかもしれない。


 食品を売る露天に混じるようにして、鉄製品も並んでいるのでそちらの産業も盛んなのかもしれない。


 市場の様子を見ながら、適当に散策していると二つの通りが交差している場所にでた。

 ボクはそこに立ち止まり、通りの中央に立っている看板に目を向ける。


 その看板はその場から延びる四つの道がそれぞれどこに向かっているのか表しているモノで今、自分が来た方向には“市場”と書かれている。

 町の名前はなく、金属の板に施設名が掘ってあるだけの非常に簡素な看板なのだか、そのなかにとても興味が引かれるものがあった。


 “鉄道乗車場”


 ボクの見間違い、もしくはこちらの世界では意味が違うなどの理由がない限りはおそらく、自分が想像した通りの意味だろう。


 異世界にある鉄道とはいかなるものなのだろうか? そんな興味を持ったボクは看板に従って歩き始めた。


 “駅前通り”と名付けられたその通りは先程よりも多くの馬車が行き交い、心なしか人よりも荷物を積んでいる馬車の方が多くなる。

 もうしばらく歩いてみると、通りの中央には白い線が引かれ、そこをたくさんの人々を乗せた乗合馬車が走っていた。

 幸いにも女神から少なくないお金を渡されていたため、ボクは“鉄道乗車場前”行きの乗合馬車に乗り込んだ。


 二頭の馬が引くその馬車は定員が二十人ほどでほぼすべての席が埋まっている。


 ボクの後にもう一人乗客を乗せると、馬車はゆっくりと動き出した。


「本日も乗合馬車のご利用ありがとうございます。この馬車は三系統鉄道乗車場行きでございます。教会方面へお越しの方は次の乗車場で二系統の馬車にお乗り換え下さい」


 車両後方に乗っている車掌の声が室内によく響く。

 彼自身、あまり大きな声を出してるようには見えないのだが、これには何かしらの仕掛けがあるのかもしれない。


 馬車自体はあまり速度は出ていないのだが、通りの中央に設定された専用の軌道を通っているため、そこまで遅いという感想は持たなかった。

 むしろ、周りの人々は基本的に徒歩なのでむしろ早く感じるくらいである。


 それにしても、鉄道がとおっているような世界なのだから、古めかしい車の一つや二つあってもおかしくないはずなのだが、それが全く見当たらないというのはどういうことだろうか? これがこの世界の文明であるといってしまえばそこまでだが、ここである一つの可能性にぶち当たる。


 “もともと、馬車ぐらいしか交通手段がなかった世界に対する異世界の技術(鉄道)の流入”


 普通だったらそんなことはありえないと一蹴するような仮説だが、実際に人を転生させて、文化を交流させるなんて言う仕事をやっている以上、そんな風な目でこの世界を見てしまうのはある意味必然なのかもしれない。


「次は終点の鉄道乗車場前。鉄道乗車場前。どなたさまもお忘れ物ないようにお願いいたします。次は終点の鉄道乗車場でございます。乗り換えのご案内です。乗合馬車十系統南門行きはこの馬車到着三分後に参ります。大陸鉄道の寝台特別急行列車は十分後到着、三十分後発車の予定です。本日は乗合馬車のご利用ありがとうございました」


 乗合馬車に乗ってからわずか十数分。

 馬車は途中、二つの停車場に止まっただけで終点の停車場に向けて速度を落としている。


 それと同時に車内は降りる準備をする人たちで騒がしくなり始めたが、荷物のないボクはそのまま、目の前の町を見ていた。


 車掌の案内があってから一分もしないうちに馬車は速度を落とし、大きな広場で停車する。


「鉄道乗車場前でございます。終点です」


 そんな車掌の声を背に人々はせわしく馬車を降りていく。

 降りるときに運転士に運賃を払ったのだが、その値段は日本円にしてたったの三十円とかなり格安であった。


 ボクは馬車を降りた後、そのまま人の流れに押されるようにしてレンガ造りの大きな駅舎の中に入っていく。

 残念ながら駅名を見ることはできなかったが、そこはどことなく東京駅に似ている気がした。


 駅の中に入ると、大きな丸型ドームが出迎えてくれる。


 天井には壁画が描かれ、駅の構内を彩っている。


 その風景に見とれていると、唐突にカランカランと鐘の音が響いた。


「まもなく、大陸鉄道の夜行特別急行列車オーシャン岬行きが到着いたします。大変危ないので列車が完全に停車するまでお待ちください」


 ボクが入ってきた入口とは対極にある場所から聞こえてくるその声は紛れもなく、列車の到着を案内する駅員のモノだ。

 ボクははじかれた様に走り出して声の聞こえてきた方に向かう。


 そもそもの目的はこの世界の鉄道を見るためだ。


 一体どんな列車が来るのだろうか? 日本では馬車が走っているような時代でも蒸気機関車が走っていたのだから、蒸気機関車だろうか? はたまた、異世界らしく予想の斜め上……最新鋭の電車が来るかもしれない。


 そんな期待に胸を躍らせながら、ボクは列車が入線してくるであろうホームに躍り出た。


 東京駅みたいな見た目をしている割には二面三線……つまり、ホームが二つに線路が三つという小規模なモノであった。


 やがて、線路の向こうから黒い蒸気機関車がその姿を現した。


 これまでの風景からして不釣り合いなそれは、真っ黒な煙を吐きながらこちらへと近づいてくる。


「列車の到着でございます! 大変危険ですので白い線の内側までお下がりください!」


 蒸気機関車の接近とともに駅のホームに駅員の声が響く。

 その後、一本もしないうちに蒸気機関車は大きな音をたてながらボクの前を通過して、ホームの端に停車する。


 完全に停止した蒸気機関車は青色の客車を十両つなげていて、ボクの目の前に止まった車両には“三等寝台車”と書かれたプレートが掲げられている。


 旧型客車という見た目に反して、目の前の扉は自動で開き、続々と乗客が降りていく。


 さすがに“寝台”と関するだけあって長距離利用とみられる客が大半だ。


 なぜ、こんなちっぽけな駅に寝台列車が止まるのだろうかという疑問は生じるが、それにはこの世界独特の理由があるのだろう。


 乗合馬車内の案内によれば、列車はこのまましばらく止まっているようなのでボクはしばらく列車を観察してみることにした。


 蒸気機関車を先頭に一両目が荷物車で二両目から五両目が三等寝台車であり、六から八両目が二等寝台車、九両目に食堂車を挟んで十号車が展望室付きの一等寝台車となっている。


 ボクが十号車のあたりまで来ると、その展望車の前にあたる場所に置いてあるイスに座る一人の老人とその傍らに立つ少女の姿が見えた。

 見た目での年齢差だけでいえば、祖父と孫ぐらいなのだがその割には容姿が似通っていないのでそういう関係ではないのかもしれない。


 なんとなく、二人のことが気になって観察していると、老人がこちらに気づいたようで自分たちの方に来るようにと手招きをした。(もしくはあっちへ行けという意味なのかもしれないが……)

 もっとも、こちらの文化は知らないし、老人からは害意は感じなかったのでゆっくりと彼の方に向けて歩いていく。


「……お嬢ちゃんは鉄道に興味があるのかい?」


 老人が優しく声をかける。

 ボクは少し反応に困ったが、怪しまれないように見た目通りの幼女らしく振舞うことにする。


「うん! 大好き!」


 ボクの答えがうれしかったのか、老人はしわくちゃの顔で絵がを浮かべた。

 横に立つ女性も無表情ながら、なんとなく笑っているような気がする。


「そうかそうか……鉄道が好きなのか……うむ。その心は大切にしてもらいたいな……自分の好きは大切にした方がいい。それをしなくて後悔するぐらいなら、好きなことを懸命にするべきだ。私は好きなことに対して懸命に生きてきた。それは大切なことだよ?」


 老人は幼子(おさなご)に話しかけるように、いや、実際にボクの容姿がそうだからそうしているのだろう。とても優し口調で語り終えると、“今は分からないと思うけれどね”と一言付け加える。


 彼がこれまでの間、どんな人生を送ってきたのか知らないが、夢を追いかけ続けて成功した人間なのかもしれない。


「えっと、わかった」


 まぁもっとも彼の言う通り、この見た目年齢であの話をちゃんと理解するのは無理だろう。

 こんな風にして、幼女のふりをするのに慣れてしまったのはある意味悲しいが、これは仕方のないことだ。


 ボクは老人に手を振って走り去っていく。


 立ち止まって振り向いてみると彼は笑顔を浮かべてゆっくりと手を振っていて、今一度彼に手を振りかえす。


「レイちゃん!」


 列車に乗り降りする乗客の中に紛れていた女神がボクの名前を呼んだのはその直後であった。

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