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額面通りの神様転生  作者: 白波
第三章 異なる世界
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信仰は広く人々のために

 女神が立ち去ったあと、ボクは例の青年と二人きりで残され、なんとも気まずい気分になっていた。

 重い沈黙がその場を包む中、先に口を開いたのは青年だった。


「……あなたは女神様の使いなのですよね?」

「一応そうなるね」

「だったら、いろいろと話をお聞かせ願いませんか?」


 何の脈絡もないあまりにも唐突な青年の申し出にボクは一瞬、思考が停止してしまった。


 すっかりと固まってしまったボクを見て、青年は少し首を傾げた後に申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あぁいきなりこのようなことを聞くのは失礼でしたね……そうですね。どうしましょうか……」

「いや、あまりそういうことは気にしていないんだけど、さっき女神様が言ったとおり神様になったばかりで人に話せるような話はないんだよね……」

「そうですか……ですが、儀式にはしばらくかかるのでしょう?」

「まぁそうだね」


 ボクの返答を聞いた青年はあごに手を当ててしばらく考え込むようなそぶりを見せる。

 彼はその体勢で数分過ごしたあとに、何かを思いついたようで顔を上げた。


「……そうだ。せっかくですから私のこれまでの人生の話でも聞きますか? ご迷惑なら話しませんが……」


 これは思ってもみないチャンスだ。

 ボクの仕事は転生者候補から過去や得意なことを聞き出して、転生に必要な情報を引き出すことだ。


 ボクは笑顔を浮かべてうなづく。


「いや、迷惑じゃないですよ。どうぞ話してください」


 ボクはそう言って、青年の前に歩み出る。

 その対応に彼は満足したのか、喜古とした表情を浮かべて今にも飛び上がりそうなぐらい喜んでいる。


「それではお聞き願いたい。私がいかに神を信仰し、いかに教えを守ってきたのかを!」


 彼がそう言った瞬間、ボクは速攻で後悔した。

 彼のこれまでの発言からそういったたぐいの話をする可能性は十分にあったというか、彼の人生自体、常に信仰というモノがついてきていたのかもしれない。


「私が女神を信じはじめたのは私が子供のころの話です……」


 彼がそう語り始めるのと同時に真っ白な空間がぼんやりと光に包まれ始める。


「私は子供のころに女神に助けられたのです……」


 彼のその言葉とともに視界を覆うほどに白い光は強くなり、この空間すべてを飲み込んだ。




 *




 ボクが目を開けると、その視線に入ってきたのは険しい山の崖沿いを進む集団だった。

 天気はひどい嵐で激しい雨がその集団にたたきつけられ、空にはいくとどなく稲妻が走っている。


『私は行商である父とともに行商団に混じって全国の各地で商品を売り歩いていました。私は父のもとを訪れる客との会話が楽しく、それを楽しみに次の街を目指していました。しかし、その途中にある険しい山を越える峠で嵐に見舞われてしまいました』


 彼がそこまで話すと、誠斗はようやく行商団の中にいる彼の姿を見つけることができた。

 まだ、幼い彼は必死になって父親とみられる人物の腕につかまって歩いている。


 ボクは少し離れた上空からその様子を見守るような形になる。


『……しっかりしろよ。もうすぐこの山も抜ける。そうすれば休めるからな!』


 父親らしき人が彼に話しかける。

 ここにきて思い出したが、そういえば彼の名前を聞いていない。


 話を聞いている間はいいが、最後に彼を送るときになって、名前がわからないなんてことにはならないだろうか?

 いや、さすがに女神は名前を把握しているだろうからきっと大丈夫だ。


 ボクが一瞬、考え事をしている隙にも話は進んでいた。


 行商団はちょうど山頂に近いところを通っていた。ちょうど、その時である。


 行商団が通っていた道が足元から崩壊し始めたのだ。


『退避! 退避だ!』


 誰かの声が響くがすでに遅い。

 自然の前に行商団はなすすべなく谷底へと落下して行った。


 ボクの視界もそれに合わせて一気に降下し始める。


 下手なジェットコースターよりもはるかに怖いその光景を前にその場に自分がいるわけではないとわかっていながら声をあげそうになる。


『この時、私含めて皆はそう遠くない死を覚悟しました。しかし、その時奇跡が起きたのです』


 突然、行商団の皆が青白い光に包まれ落下の速度が急激に和らいだ。

 その一方でボクの落下速度はそのままで彼らを追い抜かし、地上寸前で止まる。


『本当に奇跡でした。光が消えて、地面に無事着地した後も自分たちが生きているという事実すら理解するのに時間がかかりました。ただただ、なにが起きたかわからない。それが皆の結論でした』


 一瞬、光に包まれたかと思うと風景がどこかの町の中に変わる。

 それは日本のそれとは違い、石造りの家と石畳が引かれた道が続く街並みだ。大通りと思われるその場所は馬車が行きかい、多くの露店が出ていてとてもにぎわっている。


『その後、町についたときにその話をすると、偶然その場に居合わせた教会の神父様がそれはその地に住む女神様のおかげだと教えてくれました。そして、私はその神父様から話を聞いているうちに女神様の存在を信じ、町に残って教会で女神様を信仰することにしました』


 今度は風景が教会に変わる。

 教会の聖堂では一番先頭に神父が立っていて、そのすぐ後ろに青年の姿があった。


 その教会はお世辞にもきれいとは言えず、あちらこちらにガタがきているように見えた。

 そんな教会の聖堂で神父は熱心に教えを説き、青年は常にその横に立っていた。


『しかし、どれだけ神父が丁寧に教えを説こうとも、それをまともに聞き入れる人はあまり現れませんでした。もちろん神父様の教えがおかしいとかそういうわけではなかったのですが、彼の教えはこの国の国教とはまた別のモノであり、その宗教の敬虔な信者が多い地域であるという事実があった以上は仕方ないと言えば仕方ないと言えるのかもしれません』


 聖堂の中や町の広場でどれだけ教えを説こうとも誰も近寄ってこない。

 そんな映像が展開される。


『それでも神父は教えを説き続けました。気づけば、神父様の話の中には私がいたあの行商の話も交わり、より内容が豊富になって行きました』


 聖堂にいる数人に向けて、神父は大きく両手を広げて語りかける。


『信仰は広く人々のためにあるのです! 女神は我々にとっての救いの神なのです!』


 国教が生けないモノとは言わない。自分のところに入信しろとも言わない。

 ボクが見る限り、神父はただただ、女神の教えを説くのみである。


 教会の聖堂の奥には石の彫刻で造られた女神像があり、長い髪の女神は両手を広げて慈悲のある笑みを浮かべている。

 来る日も来る日も神父はその前に立ち、時には町に出向いて教えを説き続けている。


 しかし、それに対してまともに耳を傾ける者は少ない。大半は国教である宗教の教会じゃないのかと残念がりながら、時には怒りさえ見せて帰って行く様子さえ見てとれた。


『なぜ、誰もわかってくれないのだろうか? 理解してくれないのだろうか? 私たちの胸中にはそんな思いがあふれていました』


 ボクの頭の中に自然と青年の声が入ってくるのと同時に目の前の風景が次々と変化していく。

 どうやら、彼のいた世界では、日本ほど四季がはっきりとしていないらしく外の風景はあまり変わらないがかなりの回数、昼と夜を繰り返しているのですでに一年ぐらいは経っているかもしれない。


『多くの人が帰っていく中、女神が見守るその足元で神父様は地道に教えを説き続けていました。そうしていると、少なからず耳を傾けてくれる人が出てきて、徐々に教会には人が集まるようになってきました』


 その言葉とともに風景が変化して、こぎれいになった教会に人々が集まる風景に切り替わる。


『しかし、人が集まるようになるにつれて徐々に神父の行動に変化が見られ始めたのです。最初こそ些細な変化だったでしたが、それはいつしか如実に現れるようになってきました』


 聖堂で神父は信者から何かを受け取るような動作を見せる。

 最初こそ、断っていたり、押し切られて結局深々と頭を下げながらであったが、それは少しずつ変化していく。


『神父は信者から寄せられる寄付金に目がくらんだらしく、徐々に金を要求するようになったのです。ある時は聖書を売るといい、ある時は女神の加護を受けやすくなる祈りをあげるからと言って、多くの信者から金を巻き上げました』


 最初はおとなしかった神父も気づけば、自ら金を請求するようなそぶりを見せ始めた。


 それを横に立つ青年が心苦しそうな表情で見ている。


『やがて彼の行動はエスカレートしていき、そこにかつての彼の面影はありませんでした』


 今、ボクの視界に映っているのはひたすら金を集めることだけを考えているまさに金の亡者と呼ぶのにふさわしい神父の姿だ。


 その神父の行動をいくとどなく止めようとするが、青年はそれを拒否され続けている。


『……そして、ある日。私は教会を出ることに決めたのです。私が思う正しい女神の教えを広めるために……』


 風景が再び最初のがけに変わる。

 今度は天気が穏やかでそこからは遠くの山々まで一望できた。


 その崖のちょうど崩れた地点に青年は立っていた。


『私は始まりの地と言っても過言ではないあの崖に立ち、決意を固めていました。今頃、父親たちはどこにいるのだろうかとか、もしかしたら旅をしているうちに会えるかもしれない。そんな思いが胸に広がっていました』


 青年は顔を上げて空を見上げた。


『私が崖から足を踏み外したのはその直後でした』


 青年の体が急降下を始め、ボクの視線もそれに合わせて落ちていく。


『何が起きたのかわかりませんでした。神父の暴走を止めなかったからなのか、それともこの地を離れることを許されなかったのか……今度は不思議な光などなく、そのまままっさかさまに崖の下へと落下していきました』


 彼のその言葉を最後に映像が途切れ、元の真っ白な部屋に戻る。


 話を終えた青年は複雑な表情でこちらを見ているが、ボクはどうすることもできずにただただ立っているだけだ。


 その場に一通りの手続きを終えた女神が戻ってきたのは十分ほど後のことである。

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