次の仕事をするために
初仕事の次の日。
ボクの姿は当然ながら転生庁の例の部屋にあった。
女神はすでに準備に入っていて、部屋に残されているのはボクひとりである。
ボクは何もない真っ白な空間の中でなぜか、置いてあった椅子に座りながら昨日の出来事を思い出していた。
転生者候補に会ったとき、ボクの中で流れた映像は確かにその人物が現世で生きていた証拠とも言えるものだ。おそらく、ボクの中にかがれてきているのは、その人物の中で印象に残っている出来事なのだろう。
「まったく……こんなこと続けていられるかな……」
このことについて深く考えれば考えるほど思考は泥沼にはまっていく。
転生者候補が来るたびにその人物の人生の一部を覗き見て、記憶を整理させて新たな世界へ旅立たせる。
口に出すだけなら簡単かもしれないが、実際にそれをやるとなると意外と難しい。
これから先、見るだけでもつらい記憶にあたることもあるだろうし、状況がまったく理解できないということもあるかもしれない。
そう考えると何とも憂鬱だ。
女神はもっと気楽に構えていればいいなどと言っていたが、そんな問題なのだろうか?
なんだかよくわからなくなってくる。
「レイちゃん。お待たせしました。おっさっそく座ってくれたんですね。昨日、上に頼んで作ってもらったイスのすわり心地はどうですか?」
女神は笑顔を浮かべながらボクの方に歩み寄ってくる。
「えっうん。なかなかいいけれど……」
「そうですか? 思考もクリアになりましたか? 詳しい仕組みはわかりませんが、それ、今考えるべき問題とかをちゃんと考えられるようになっているそうなんですよ。たぶん、この仕事にどう向き合うべきかという疑問がたくさん出たと思いますけれど、それは時間をかけてゆっくりと解決しましょうか」
「そうなの?」
どうやら、先ほどまでの思考はこのイスが原因だったらしい。確かに心のどこかで二日目にしてこんなにいろいろ気づくのはおかしいと思っていたが、女神にそうなるように仕組まれたということだったようだ。
ボクはイスからすくっと立ち上がり、女神の前に立つ。
忘れがちではあるが、子供の背格好であるボクと背の高い女神では身長差がかなりあるのでボクは思い切り女神を見上げる形になって口を開く。
「あのさ、そういうことは事前に言ってくれないと困るんだけど」
「今回は事前に私が言う前にレイちゃんが座りました。なので私は悪くありません」
「はぁわかったよ……」
ボクとしては、できれば部屋に入った時点で何かしらの説明が欲しかったのだが、そんなことは追及しても仕方ないだろう。
何も聞かずに座ったこちらも悪いのだし、何よりも今はもっと大きな疑問がある。
「どうしてこんなモノ置いたの?」
「あぁこれですか? そうですね……特に深い理由はありません。ただ、ちょっと知り合いからもらったものですから」
彼女はそう言いながら、イスに手を置いた。
おそらく、神界であるからボクの理解を越えたモノが存在してもおかしくないのだが、どうして人からもらったものをこんなふうに放置しておけるのだろうか? というか、うっかり座ってしまったら意外と危ない代物の気もする。
しかし、女神が最初に“すわり心地はどうですか?”と聞いたことから、もしかしたら最初からボクをこのイスに座らせるつもりでいた可能性がある。それはそれで理由が読めないのだが……
ボクは小さくため息をつきながら女神から視線をずらした。
「まぁともかく、今度からはできる限り早く説明してくださいね。何か触っちゃいけないモノだったとかじゃ困るから」
ボクの言葉に女神は一瞬、驚いたような表情を見せてから口を開いた。
「あぁそれなら大丈夫です。そういう時はちゃんと事前に言うので」
それはつまり、今回はあえて言わなかったととってもいいのだろうか?
のど元あたりまでそんな疑問が出てきたが、それは口にせずに飲み込んだ。口に出してもよかったのかもしれないが、なんとなく答えは分かっているからだ。おそらく、また変な調子でごまかされるにきまっていると……
「さて、レイちゃん。今日も仕事に入りましょうか」
この人には何かありそうだ。明確な根拠などないが、なんだかそんな気がした。
ボクのそんな思考など気にする様子もなく、女神は笑顔でボクに話しかける。
「はい」
だから、ボクも笑顔でそれに答えて椅子から少し離れた場所に立つ。
女神はそれを確認すると、小さくうなづいてその場から離れた。
*
女神が居なくなってから数分後、彼女は新たな転生者候補と思われる青年を連れて戻ってきた。
昨日は目の前に突然、転生者候補が現れたりしていたからこれはこれで驚きだ。
まぁこれにはそれなりの理由があるのだろうが……
今、自分の前にいる青年は古代ローマ人を思わせるような服装をしていて、顔のほりも深い。
彼は左胸に手を当てるポーズでボクの前に立つ。
「あなたが女神様の使いですか?」
「はい?」
あまりにも唐突に突拍子もないことを言われたので思わず変な声が出てしまった。
確かに女神の助手であるから“女神の使い”という表現は間違っていないのかもしれないが、それよりも彼から普通に日本語が飛び出したことの方が衝撃的だった。
彼は彼でこちらの反応におどろいたようでおどおどと困惑した様子を見せている。
「いや、えっと……」
「申し訳ございません。彼の者はついこの前、私の使いになったばかりでまだ慣れていないのです。ご期待に沿えなかったのなら謝ります」
何かを言おうと口を開いたボクをさえぎって女神が青年の前に躍り出る。
青年は女神の説明を聞いて納得したのか、すぐに平静を取り戻した。
「こちらこそ、親愛なる女神の前でこのような無礼を……」
「いえいえ、私は気にしませんよ。少しその場で待っていてくださいますか?」
「はい。喜んで」
女神はボクを連れてその場から離れる。
最後の最後まで彼の熱心な視線が追いかけてきたのだが、それは気にしない方がいいだろう。
ある程度離れて、青年の姿が見えなくなると女神は大きく息を吐いた。
「どうかしたの?」
ボクが聞くと、彼女はボクの肩をがっしりとつかんで顔を近づけた。
「どうしたもこうしたもありませんよ! あの彼、地球世界以外の出身なんですけれど、そこが地球以上に神様信仰の強い世界でして、ちょっと困っているんですよ」
「別に信仰が強いんならいいんじゃないの?」
「良くありません! 信仰を持っていればいるほど、実際に神界に来てイメージが違うのだの、私の女神はあなたみたいな人じゃないだの言うことがあるんですよ! もちろん、素直に信じてくれる方もいますが……」
そう言って女神は頭を抱えた。
その一方でボクは一連の言動を見て、状況を九割がた理解することができた。
つまり、先ほどの青年は実際に神界に来ていろいろ勝手が違うと言い出しているということなのだろう。
そして、それをうまいことなだめながらボクの目の前に誘導してきて今に至るということなのかもしれない。
ボクはそこまで考えて小さく息を吐く。
神様というのは確かにこの神界にはたくさん存在するのかもしれないが、それぞれに個性がある以上、誰もが自分の思っている女神様に会えるとは限らない。むしろ、自分のイメージと違うことの方が多いだろう。
現に自分自身も宗教を信じているわけではないが、ライトノベルなどの影響でなんとなく自分の中にあった女神像はこの場所に来てから見事に打ち砕かれている。
しかし、だからと言って文句はほとんど言わないし、神様になってから少し経ったということもあって徐々に状況を受け入れつつある。(それはそれでどうかと思ってしまうのだが……)
それは置いておくとして、女神がわざわざ自分を呼び出して、こんな話をしたからには何かわけがあるのだろう。
ボクが状況を静観していると、女神はひととおりいいたいことをいって落ち着いたようで大きく深呼吸をした。
「とにかく! このまま手続きが滞るといろいろとまずいのでレイちゃんも頑張って彼に合わせてくださいね! ちゃんとやってくれたら今度何か買ってあげますので!」
今のところ、女神から何もかも買い与えられているような状態なのであまり新鮮味のない報酬だが、ボクは笑顔を見せてうなづいた。
「はい。よろしくお願いします」
「えぇ。頼んだわよ」
それなのになぜだろうか?
ボクの頭をなでながら笑顔を浮かべる女神に何か裏があるのではないかと感じてしまうのは……
ボクは迷子にならないようにと女神に手を引かれ、青年の方へと戻っていく。
そのころには女神はいつも通りの柔らかい笑みを浮かべていて、ボクの中での違和感も先ほどのが木のせいではないかと思えるほどなくなっていた。
「お待たせしました。さっそく始めましょうか」
青年のところに戻るなり、女神はそう言って転生のための手続きに入った。




