転生者候補と会うために
女神に続いて部屋の中に入ると、そこはどこまでも真っ白な空間だった。
背後の扉が閉じられると、そこは上も下も左も右もわからないような完全に真っ白な空間だ。
そして、ボクはこの空間に見覚えがあった。
初めて女神と出会った場所。
転生者候補を受け入れ、話をするための場所だ。
その空間にいるのは女神とボクの二人だけ。これは、前の時と変わらないがこの場にいる状況というか立場は百八十度違う。
この空間は転生庁の建物の中でちょうどドーム状になっている場所にあり、女神が言うには高さが五階建てのビルほど、面積でいえば東京ドームとほぼ一緒なのだという。
なぜ、この空間にそれほどの大きさが必要なのかという疑問が発生するのだが、それはあとで聞けばいいだろう。
女神はこの空間の中心とみられる方へ向けて歩いていく。
しばらく歩くと、入り口の場所は見えなくなり自分たちがどこへ向かって歩いているのかという方向感覚すら怪しくなってきた。
そんな中でも女神は迷うことなく、まっすぐと歩いていた。
おそらく、彼女は慣れているからそうできるのであろうが、目印も何もないのによく目的地を見失わずに歩けるモノだ。
「女神様。えっと、いつまでこんな調子で……」
「もう少しです。もう少しでいつもの定位置につく……はずです」
「そうですか」
なるほど。さすがに広大な場所だけあって定位置につくまでかなりの距離があるようだ。
しかし、女神がもう少しでつくといっているからには……もう少しというには少し引っかかることがある。
「あのさ、さっき“はずです”って言った?」
「言いましたよ。何か問題でも?」
「問題大ありだよ。何? ちゃんとわかってないってこと?」
女神は何も問題ないと笑顔で告げているのだ。
その様子を見て、ボクは大きくため息をついた。
「あぁえーと、ほら、この空間じゃないですか? どう考えても迷いますって……迷わない方がおかしいですよ」
「そうかもしれませんけれど、職場ですよね?」
「まぁそうだけどさ……いつも適当にあるているとそのうちに定位置につくというかなんというか……」
女神はそう言いながら周りを軽く見まわす。
「にしても、今日は少し定位置が遠いですね。いつもはもっとあっさりとつけるのに……」
「つまり、迷子になっているわけですか?」
「いえいえ。もともと場所なんてわかっていないんですから、迷子以前の問題です」
女神はどこか誇らしげな様子でそういった。言い切ってしまったのだ。
ボクは今日一日分の幸せがすべて吐き出されてしまうのではないのだろうかというぐらい大きくため息をつく。
しかし、ボクのそんな様子にも女神は全く動じる様子はなくむしろ、笑顔を浮かべていてとても楽しそうだ。
まったく、この状況でどうしてそのようにふるまっていられるのだろうか?
冷静になって考えてみれば、ここは彼女の職場であり、こんな状況ぐらい慣れていてもおかしくないという結論に達せれたのであろうが、残念ながらそのような精神状態にないため、そこにたどり着くことができない。
女神はこれまた楽しそうに鼻歌まで歌いだした。
そんな様子を見ていると若干の殺意すら覚えるが、それは心のうちに抑えておく。
今、何よりも重要なのは女神が定位置にちゃんとつけるかどうかであり、これに関してボクはすでに入口がどこだったかすらわからない状況に陥っているため、女神に頼るほかない。
そもそも、彼女がいう定位置というのはどこなのだろうか? この空間を見る限りは目印のようなものは一切見当たらない。ただただ、真っ白な空間が広がるだけだ。
その中を女神は左手を腰ぐらい高さに保ち、右手でボクの手を引いて当てもなくふらふらとあるているということになるのだ。
彼女の動きをよく観察してみると、まるで迷路の中でも歩いているかのように時々左右に進路を変えているということがうかがえた。
ボクとしてはそんな彼女の行動はどうにも理解に苦しむものだ。
そもそも、定位置を探すと言いながら彼女の視線は常に進行方向にしか向いておらず、おまけにあちらへこちらへと進路変更を繰り返す。
これではまるでわざと迷子になっているのも同然だ。
こんな調子で目的の場所へたどり着くことなどできるのだろうか?
そんなことを考え出したその時、女神が突然立ち止まった。
「やっと着いたみたいですね」
女神はまわりの状況を確認するように一通り首を動かして周りを見た後、ボクの方を向いた。
「さて、定位置についたところで説明から始めましょうか」
「その前に質問一つしてもいい?」
「何かしら?」
女神は不思議そうに首をかしげる。
「あのさ、定位置ってどうやって見分けているの?」
「……んーまぁそのあたりはまた、教えますよ。よっぽどかここに来るときは私と一緒なので問題はないと思いますが……」
女神の回答はボクの期待したようなモノではなく、あたりさわりのないモノだ。
「まぁ女神様がそういうならいいけどさ……」
「そうそう。あと、忘れているみたいですけれど、敬語。ちゃんと話してくださいね」
定位置のことをごまかすように女神がそういった。
どうやら、彼女としてはこの空間についての話はあまりしたくないようだ。
まぁいずれ話してくれるだろうし、一人で来るわけではないので問題はないだろう。
女神は左手を前に出して、そっと目をつぶる。
「さて、それでは始めましょうか」
彼女がそういうと、ボクと女神の目の前に巨大なモニターが出現した。
それを見て、ボクは思わず一歩、二歩と後ずさりしてしまった。
「なにこれ……」
「これは転生者候補リストです。ありとあらゆる世界でまもなく死を迎える人間が表示されています。その中から無作為で選ばれた人をそれぞれに合った世界、場所へと転生させるんです。これが私の……私たちの仕事です」
目の前に広がるリストは刻一刻と変化しているが、それはあまりにも早すぎて目で追うことはできない。
その中で突然、一つのデータが白く光った。
「さっそく来ましたね。異世界へ転生する権利を得た人が……」
彼女はとても楽しそうに笑顔を浮かべながらそう言った。
「まぁレイちゃんは今日一日私の挙動を見ているだけでいいので……本格的に仕事してもらうのは明日からです」
彼女がそう言い終わる頃には、二人の目の前に光の柱が出現し徐々に光を増し始めていた。
「すごい……」
あっという間に天井まで届いたその光は七色に輝いており、真っ白なその空間の中では神々しさすら感じる。
やがて、その光が終息すると中から十代後半ぐらいだと思われる少女が現れた。
「えっ? なにこれ? ここどこ?」
現れた少女はさっそく、混乱したような様子で周りを見回し始めた。
まぁもっともな反応だろう。こんな状況に陥って混乱しない方がおかしい。
女神はいつの間にか手に持っていた書類を見てから彼女に話しかけた。
「……地球世界日本国東京都○×区○○町にお住まいだった深山かなこさんですね」
「えっはい……あれ? 私って死んだはずじゃ……ここって死後の世界?」
声をかけられて初めて女神の存在を認識したらしいかなこは自身の疑問を女神にぶつける。
「ありていに言うとそうなります」
女神が冷たく言い放つと、かなこの顔が悲しみにゆがんだ。
ある意味予想通りの反応だが、これはオブラートに包まずはっきりと告げなければならないことなのだろう。
女神は柔らかい笑みを浮かべて少女の方へと近づいていく。
「大丈夫ですよ。ここからは私がちゃんと案内しますから」
「案内するって、なによ……私、死んじゃったんでしょ?」
「えぇ。でも、それは仕方ないことです。人間は脆いですから」
彼女はそう言いながら少女の頭をなでる。
「色々と説明したいのですけれど……大丈夫ですか?」
「えっあぁはい……」
最初よりも少し落ち着いたように見えるかなこは、弱弱しく顔を上げて女神の顔を見る。
「深山さん。あなたは元の世界ではない別世界へ転生する権利を得ました。なのであなたはこの場所にいます。残念ながら拒否権はありません。ここであなたに問います。あなたは新たな世界へ行くに向けてどのような場所を望みますか?」
彼女が話を聞く意識を見せた瞬間、いきなり本題に入る。
そのせいか、かなこはきょとんとした表情を浮かべていて、話を呑み込めていないようだ。
それを見た女神はやや間を置いてから、口を開いた。
「そうね。輪廻転生っていう言葉は知ってる?」
「はい。一応は……」
「だったら、話は早いわね。そもそも、この世界における転生というのは基本的にどこかを介さずに自動的に行われるの。それは、基本的にその世界のなかで処理されるのだけど、時に災害などで新しく産まれる命と死者数のバランスが大きく崩壊することがある。それをただすのが私の仕事なの。ここまではいいですか?」
女神の言葉にかなこは小さく首を縦に動かす。
「次にそのバランス調整の方法についてだけど、仮にある世界で死者数のわりに誕生数が多い……要は人工が爆発的に増えているとします。そうなると、どうしてもその世界の中でだけで、転生が成り立たなくなる。そこで、誕生数の割りに死者数が増えている人口減少が起こっている場所から魂を補充するっていえば分かりやすいかしら?」
「えっあぁはい……でも……」
「まぁあなたの疑問は理解できます。確かに地球世界では現在、人口が増加傾向にあります。今述べたルールだとあなたはそのまま地球世界で新しい生を受けることになる。しかし、異世界を経ての転生の意味というのはそれだけではありません。平たく言えば、文化交流とでもいえるでしょうか? 要するに先進文明から前世の記憶をある程度持った人間を後進文明に送ることにより、その文明の発達を後押しするというものです。地球世界ではそれがいわゆるオーパーツという形で残っています。まぁ要はそういうことですよ。ご納得いただけましたか?」
女神は一瞬、視線をかなこからボクに移す。
おそらく、これは彼女に対してだけではなくボクに対してこの仕事の意味を説明しようとしているのかもしれない。
かなこと同様にうなづくことで理解しているという意思を示すと、女神は満足げな表情を浮かべてかなこに手を差し伸べる。
「さて、そういうわけだから転生の準備に入らせてもらうわよ」
彼女がそういうと、かなこはかなり戸惑った様子を見せながらもゆっくりと手を伸ばし、女神の手を取った。