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男たちの日曜日  作者: 中島 遼
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real#1 3

「では、君たちの考えを聞かせていただきましょうか」

 ペンギンはぎくりとした顔で村山を見つめ、そしてうつむいた。

「それなんですよ、その、産業廃棄物を回収したいと思ってはいて……」

「中に人がいるのに?」

「だから貴方に許可を頂きたかったのです。原住民の許可を得ずに回収してしまうと後で大事になってしまうので……」

「……俺と何についての交渉をすると?」

 声が思いきり低くなったためか、ペンギンが十センチほど跳び上がった。

「いえ、示談の内容についてはこの後で専門家が別途……」

「地球人をなめてるのか? 金を払えば友人の命を簡単に差し出すようなそんなもんだと思ってるのか?」

 強く睨むとペンギンは目を伏せた。

「そ、そういう訳ではありません。ただ、極めて難しい状況にあることを認識していただきたかっただけで……」

 そうしてとつとつと言葉を継ぐ。

「……せめてお入りになったのが二人なら、こっちで終了の仕方を学び、後から追っかけるという手もあったんですが……」

「他に本当に方法はないのかな?」

 強く言いすぎたことを反省し、村山は口調を変えた。

「文明の発達した生命体なら、きっといい考えを持っていると思う………頼む、君らだけが頼りなんだ」

「……まあ、一つ二つはないこともないのですが」

 ペンギンは憂いを帯びた表情で答える。

「一つはほとんど賭けみたいなものだし、もう一つははっきり言って、絶対に無理なことですし……」

 村山が無言で相手を見つめると、ペンギンは手を上下に振った。

「具体的に言いましょう。一つは祈るのです」

「……は?」

「ソフトから出るには、リセットする以外にもう一つ方法があります。と言うのは、ソフトはシナリオを全部クリアしたとき、自動的に終了するよう作られているため、中に入った彼らが無事に謎を解き、ボスキャラを倒せば出られるのです」

「そのケースで、俺に何を祈れと?」

「ここでさっき言った致命的なバグの話に戻るのですが」

 何故かペンギンは声をひそめた。

「普通、主人公は何度死んでもイベントで生き返ることができるのですが、このソフトでは一度死んだら復活しません」

「えっ!」

「自動セーブシステムがおかしくて、冒険の記録が残らないのです」

 村山は青くなった。まさに一刻を争う話だ。

「それだけではありません。どこかに大きなねじれがあり、死なないまでも必ず無限ループに捕まって、そのまま先のストーリーに進めないという話もあり、何事もなくゲームを終了するには相当の運が必要かと」

「そ、そんな商品をよく売りに出したな? 君らには倫理観というものがないのかっ?」

 首らしいものがないペンギンは、身体を左右に振った。

「間違わないでください。我々は不法投棄の取締りをやっているのであり、メーカーではありません。それから子供たちだって馬鹿ではありませんから、大抵は死にそうになったり、無限ループに入ったとわかった時点でリセットするなど工夫はします。今回のように、ゲームをやめる方法を知らないというのは極めて稀なんですよ」

「そんな……」

 ペンギンは偉そうに胸をそびやかした。

「だから現状は相当厳しいと当初から申し上げているんです。もう方法はありません」

「さっき、もう一つあるって言ってたじゃないか」

「いえ、これは貴方ががっかりするのが目に見えているのでもう、申し上げないことにします」

「しかし……」

「絶対にできないことなので、忘れてください」

 村山は考え込んだ。

 ソフトの仕組みも彼らの法律も何も知らない彼がこの件に対してできることなど正直ない。

 ならば、彼らに打開策を考えさせるのが今の彼に唯一やれることだ。

(……こういう場合にペンギンが最も嫌がるようなこと、か)

 村山は顔を上げた。

 自分の身に置き換えても明白だ。

 治療方針が気に入らない、あるいは挨拶をした彼が主治医であることに納得いかない患者さんが必ず口にし、そしてそのたび冷や汗をかくような台詞とは……

「上司を呼べ」

「え?」

「君では話にならない。上司を呼ぶんだ。そうすれば何か良い提案が聴けるかも知れない」

 ペンギンはわさわさと身体を揺すった。

「恐らく答えは一緒です、我々は一枚岩で……」

「一緒かどうかは俺が判断する。君は何も言わずに言う通りにすればいい」

 大学病院で実際に言われた台詞を口にすると、効果はてきめんだった。

「ま、まず、さっきの絶対駄目な方法というのをお話しますね、それから改めてその件を検討してください」

 ペンギンは泣きそうな声を出した。

「我々がその箱をいじることは法律で禁止されているとお話ししました。だけどこの星の方は法の範疇に入っていません。だから貴方がバグを直すのです」

「……は?」

「少なくとも、無限ループだけでも直せば助かる確率はかなり高まります」

「そんなことできる訳ないだろ?」

 思わず声を荒げると、ペンギンがそれ見たことかと言う顔でこちらを見た。

 村山は恥ずかしくなって、わずかに首を振る。

「……というか、確かに難しそうだという気はする」

 彼は窮余の策が浮かばないかと頭を働かせた。

「そうだ、俺をサポートセンターとやらに連れて行ってくれ。そこで強制終了の方法を教わった方が手っ取り早いだろ?」

「さっきも申し上げましたが、この星の人間は外的ストレスに弱く、長距離ワープなんて危なくてとてもお連れすることはできませんよ。それに強制終了は特殊能力が必要なのです。ここにいながらソフトの中に入って終了コードを実行し、かつ中の生物を傷つけないようにするのはね」

 村山はいぶかしげにペンギンを見る。

「だが、バグを直すのだって同じだろ?」

「いえ、それはある程度の知識があれば可能です。私もよくは知りませんが、コマーシャルで『実行中でも書き換えOK! デバッグもここまで進化した!』っていうコピーを見たことがあります。私が思うには、終了するときは中に入っている者を実体化させますよね? その時に少しでもミスがあると三ツ目が五つになったりとか、大変なことになるでしょ? その点、プログラムの書き換えは、そのデータさえ保護されているなら基本的には安心じゃないですか。確か書き換えている最中には、書き換え前の仮プログラムというのが横に現れ、とりあえずはそれが走るそうです。そして頃合いを見計らって書き換えが終了したものと交換するはずです」

 村山は眉をひそめる。

「だけどそのシステムはセキュリティ的にどうだろう? 悪い奴がいたとして、中の人間が嫌いだという理由で勝手に書き換えたら怖いじゃないか」

「それは心配いりません。鍵はメーカーが持っていて、普通の人はその操作ができないようになっています」

 村山は頷いた。

「だけど、市販のソフトなんか、たくさんの人が分業して、やっとこさで一個のソフトを作ってるんだろ? つまりそれだけの時間をかけているものを果たしてそんな短時間で直せるものなのか? そもそも君たちが使っている言語がジャバスクリプトやCプラスだとは思えないし……」

「でしょ? だから無理だと申し上げたのですよ」

 相手の思うつぼの台詞を吐いてしまった村山は、しばらく考え込む振りをしてから大きく頷く。

 とりあえずは他に方法を思いつくまで、彼らを引き留めること、それが先決だ。

「わかった。では鍵を取ってきてもらえるか?」

「え? やるんですか? 本当に?」

「……そのつもりで言ったんじゃないのか?」

「いや、もちろんそうなんですけど、それをするにはまず、必要な体力や知力があるかを審査しなければならないし……」

 村山は少しむっとした。そんな風に言えば下等動物たる彼が引き下がるとペンギンに思われているのが悔しかったのだ。

「俺は構わない」

「でも……」

 村山は息を吸い込んだ。

「上司を呼べ」

 ペンギンはまた跳ねた。

「わかりましたよ、では少し待っていてください。用意をします」

 ペンギンが同時に二体とも動いたので、村山は目の前にいた方を掴んだ。

 もっと柔らかいと思っていたその手は、意外に硬質な触感である。

「二人ともいなくなる必要はないだろ? 一人はここで待っていればいい」

「しかし、荷物もあるし……」

「ここで逃げ出され、戻ってきた一ヶ月後に既成事実ですまされてたまるか」

 ペンギンは実に恨めしげな表情で村山を斜に見る。

「私も公務員です。絶対に逃げ出したりはしません。それにそのつもりなら、最初からこの小さい方を騙くらかして、とんずらこいてますよ」

 失礼な言葉を反省し、村山は頭を下げた。

「……申し訳ない、君の言うとおりだ」

 手の力を緩めると、ペンギンはほっとした顔をし、そして瞬時に消える。

 後にはどっと疲れた村山と、状況を把握しきれていない暁がぼおっとした顔で残っているだけだった。


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